ただ逢いたくて
忙しいと気持ちが荒む。
穏やかで優しい気持ちはどこかへと遠ざかり、代わりに殺伐とした尖がった気持ちが胸を埋め尽くしてしまう。それも、予定調和が消え去って、不手際や不意の出来事に振り回されたりすればまたなおさら。
おかげで深夜、我ながら最悪の人相だろうと自覚しながら、へとへとになって場内の私室へと続く廊下を歩いていた。
夜半を過ぎれば場内の灯火は半分以上が消える。点々と間隔があいて続く壁面の洋灯の灯りを頼りに、ようよう私室へと就けば、多分そのまま寝台に倒れこんでしまうに違いない。
明日も明後日も、それどころかまだ暫くは続くだろうこの多忙振りを思えば、眠れる時に眠るべきだった。なにしろ、ざらりと顎に感じる髭の感触は、朝の身だしなみで何とか取り繕えるが、蓄積される疲労は日を追うごとに頬をこけさせていくのだ。
騎士として、身だしなみは礼節のひとつであるが、なんだか最近ではそうしたことも「やってられるか」と捨て鉢な気分になりそうだった。
それでも倒れずに済んでのはひとえに、団長位を二十代で拝命したが故の若さがあるからだ。こっちが若いからって何でもかんでも無茶やらせやがって、というのが本音だった。
だいいち、もう一人の年若い騎士団長ともこの数日というもの禄に顔も合わせていないし、声も聞けていないでいる。内密ではあるが、互いを生涯の唯一と認めた恋人という立場でもあるので、逢いたいという想いは忙しさが増すにつれて比例するように募っていくばかりだった。
ところが、そうして辿り着いた私室の扉の前、張り番の騎士が妙な顔をした。だが何も言わなかったので不審に思いながらも扉を開けば、直ぐにその理由が知れた。
明かりの灯った室内。広間の中ほどに置いてあるソファーに、その恋人が座り込んでいたのである。
「どうして」
「驚いたか? 明日も大変だと分かっているが……限界だ」
その素直な言葉に、ささくれ立っていた気持ちがみるみるうちに凪いでいく。そして入れ替わるように胸が高鳴りだし、身体の奥にぽつりと火が灯る。
「お互い様だな」
「だろう?」
「おまえが来なければ、たぶん明日あたり、こっちから行っていた」
にやりと笑ったのはどちらが先か。
伸ばした手が相手の身体に触れた途端、互いに引き寄せ合って唇を寄せた。
数歩先の扉を開ければ寝室があって、大きくて柔らかな寝台があると言うのに、マイクロトフがカミューを引き倒したのは、広間のソファーの上だった。扉の鍵をしておいてよかったと頭の片隅で思いながら、どちらも互いに止まれないでいる。
何度も口付けを交わしながらも、確りとした造りだが寝台に比べれば狭くて小さなソファーに背中から倒れ込みカミューは小さく呻く。しかし服の上からでも触れてくるマイクロトフの温かな手指の感触に、違う意味で声を零す。
その声を耳元で聞いて、マイクロトフは今にも引き裂いてしまいそうな衝動を抑え込んで、震えながらカミューのシャツの釦をひとつずつ外していった。
互いに無言で性急に事を運ぼうとしているのは明白だった。そしてそれに否やなどないようで、離れ難いとでもいうように口付けを繰り返しては、最低限だけ衣服を肌蹴ると急くように身体を押し付け合う。
だがいつもは寝台のそばに置いてある香油もなく、さりとてそれを取りに一度行為を中断する余裕もなく。ではどうすれば、となれば唾液で濡らすしかない。二人は漸く口付けを解くと、カミューはマイクロトフの指を口の中に出迎え熱心にしゃぶり始めた。
その傍ら、マイクロトフはカミューの下肢に手を伸ばすと直裁に触れて、揉み込むように刺激を与えて、滲む先走りの液を掌全体に擦り付けるようにする。
程なくたっぷりと濡れただろう指先を、カミューの尻の奥へと宛がい躊躇いもなくマイクロトフは突き入れた。
「…ぅあっ……」
痛みにカミューの身体が仰け反るが、マイクロトフはそれに構わず指で固い締め付けを綻ばそうと奥を掻き回す。その指の動きに翻弄されて、布張りのソファーに後頭部を押し付けてカミューはガクガクと震えた。
「や……あっ……ああっ…」
今にも涙が零れそうなほど琥珀の瞳を潤ませて、カミューが喘ぐ。そんな震える足を肩の上に持ち上げるとマイクロトフは無遠慮なほどに左右に割り開いた。
「そん……あっ…」
カミューの抗議の声は指が引き抜かれる動きに詰まる。そしてマイクロトフが前を寛げて唾液に濡れるそこに充分に高ぶった欲望を押し付けた時、肩の上の足にはまるで待ち構えるかのようにぐいと力が篭った。
マイクロトフは分かっているとでも言うかのようにそんなカミューの太ももを軽く撫で、短く息を吐くと、ぐっと腰を突き出しずぶずぶと熱い締め付けの中に自身を埋没させていった。
「あ……あああぁぁっ」
カミューの喉奥から細い悲鳴が零れる。しかしマイクロトフは一気に奥まで納めきると、そのきつさに顔を顰めながらも一息つく間も無く、抜き差しを始めた。
「あっ…んっ……やっ……ああっ……あっ」
激しく揺さぶられてカミューもまた欲望を腹につくほど反り返らせながら、マイクロトフをもっと奥まで誘い込むように腕を伸ばし、その黒い髪に覆われた頭を抱き寄せる。
「……カミュー……くっ…」
「ああっ……あ、んっ……あっ…ひっ……あっ…あああっ…」
無我夢中でお互いを求め合い、そして貪り合い。余裕のない結合は瞬く間に絶頂を迎えた。
どちらも溜まりきった熱情を放出して、半ば呆然としてソファーにぐったりと沈み込む。
先に呼吸を整えたのはどちらだったのか。
だがぴったりと寄せ合った身を僅かに離して、目が合った瞬間、どちらからともなく笑みが零れた。
「やりたい盛りの、ガキでもあるまいにね。くっくっくっ」
「まったくだ」
カミューは汗で濡れて額に張り付いた髪を掻き揚げ、我ながら呆れるといった様で苦笑する。マイクロトフも顎を引いて息を吐くと、やれやれと肩を竦めて笑みを滲ませた。
最初に身体を繋げた時でさえ、こんなに余裕のなかったことはない。
しかも今夜は互いに疲れきっているはずなのに、顔を見た途端に沸き起こった衝動にそんな疲労など構う暇もなかった。その上、場所はこんな狭苦しいソファーの上で、扉一枚隔てた先には張り番の騎士が立っているという。
さすがに声は漏れてはいないだろうが、落ち着いてみれば半端に脱がしあった衣服を纏わせたまま、性に飢え切った未熟な少年のような交わりをしてしまった自分たちの有様に、笑うしかなかった。
だが、まだ二人の身体は繋がったままである。マイクロトフが動いた拍子に吐精しても少しも萎えない中のものに擦られて、カミューがぴくりと震える。
「ん……っ」
小さく声をあげたカミューの涙の零れた目尻に、口付けを落としながらマイクロトフが問い掛ける。
「寝室に、移るか?」
「…もちろん、だけど」
「けど?」
「まだ……」
途端に締め付けられてマイクロトフがぐっと息を詰まらせる。
「カミュー」
「もっと……っ」
肩から滑り落ちたカミューの足が、マイクロトフの腰に回り再び誘い込むように揺れる。そうされて突き放せるほどすっかり落ち着いたわけでは、当然なく。
「ここでか?」
重ねて問いながらもマイクロトフの手は、今度こそ完全に衣服を取り払うべく動いている。カミューのシャツも自分の着ていた下衣も、すっかりソファーの下の絨毯に落として、漸く素肌で抱きしめあって充足の吐息をついた。
「カミュー……愛しているぞ…」
「うん、わたし…も…っ」
一度目よりはずっと穏やかで丁寧な動きで、マイクロトフはカミューの身体を愛撫し、突き入れたままの自身で中を擦りあげる。すると感じ入ったようなため息が震える唇から零れた。
「あぁ……おまえの、が…」
「うん?」
そしてカミューが目を閉じて囁くのに、マイクロトフが首を傾げる。だが返って来た言葉といったら。
「おまえの……出てくる……から、さっきよりも、楽だな…?」
うっすらと浮かべた微笑は熱で染まった肌の色味と相俟って、壮絶に色っぽく。絶句したマイクロトフは思わず固まると、腹の奥からかぁーっと熱くなるのを感じた。
「……カミュー、おまえ…それ、は……ちょっと…」
勘弁してくれ、と泣きそうになりながらも自分の最初からあってないような理性の楔が、ぼろぼろと崩れ落ちていく音を聞いていた。
「マイクロトフ……? え…、あっ……うそ…」
「煽ったおまえが悪い」
明日もあるからと今度は優しくしようと思っていたのに、またもや余裕を失いつつある自分に内心で悪態をつきながら、マイクロトフは口ではそうカミューを責めて、その身体を膝の上に抱き上げた。
カミューはといえば中でぐんと大きさを増したマイクロトフのものに、更に自分の体重で奥深くまでを抉られて、目の前の肩にしがみ付いて声にならない悲鳴を上げた。
「ああっ」
「朝までに止められるか分からんぞ」
「んっ……いい、さ……」
マイクロトフに突き上げられながら、カミューがとろりと笑う。望むところだとでも言うところだった。
肉体的な疲れは一日くらい乗り切ればなんとかなる。けれど精神的なそれは、一晩分の充足を得て漸く正常に満足できるくらいに疲れきっていたのだ。
それこそ朝まで抱き合っていたいのは、どちらにとっても正直な本音の気持ちだったのだ。
ソファーの上。座り込んだマイクロトフの膝の上で背を撓らせながらカミューは「そうだろう?」と笑みを浮かべる。
マイクロトフもその笑みを受けて、ならばと遠慮を捨てる事にした。
そして深夜の私室に、濡れた音が響き始めたのだった。
相手の部屋に向かう時は、ただ逢いたくて足を進めていただけだった。
仕事を終えて私室に帰る時は、ただ逢いたくて足を進めていただけだった。
けれど顔を合わせて、視線を絡めた瞬間に、そんな気持ちは甘いだけなのだと知った。
触れたくて、抱き合いたくて。
身体の重みと温もりとを、その存在を身をもって感じた時、泣きたいほどの幸福を知った。
END
初書きのラブラブエロですよー!
やったー!
ちなみに、どちらがどちらの部屋に訪ねに行ったのかは、
ご自由にご想像下さいませ〜。
2007/01/01