開封 §前編


 宵の口、ノックの後に顔を覗かせた青年は「いたな」と呟くと扉を開いて入ってきた。
 そして室内に入ってきた青年の、赤い騎士服の袖から覗く左手首に、ゆったりと結び付けられた桃色のレースのリボン。それを視界に収めるなりマイクロトフは固まった。
「カミュー……それは、なんだ?」
 指差すとカミューはにっこりと微笑んで左手を持ち上げる。
「カレン殿から頂いた」
 そしてカミューは自分が先ほどまでステージの在る広間にいたのだと言った。
 食後例の広間に行くと、丁度カレンの踊りが始まったところで、あまりに素晴らしかったので観ていたという。そしてダンスは終わったのだがその際に彼女の長い髪がその腕の装飾の輪と絡んでしまったというのだ。気の毒に思って直ぐ解くのに手を貸したらしい。
「一番前で拝見させて頂いていたし、ステージとの段差はそう高くなかったのでな」
「ステージに……上ったのか?」
「上らなければ手が届かないだろう」
 目に、浮かぶ。
 ひらりと舞台に上がったカミューがかの女性の絡んだ髪を解く様が―――。
 カミューは、女性に対してそう言う衆目をはばからぬ言動を平気でしてしまうのだ。常々から自分には無い彼のその神経感覚に、マイクロトフは目眩を覚えた。
「おまえは、また……」
 確かこの同盟軍のリーダーである少年の義姉ナナミとの出会いの時も、カミューはそう言うことをしていた。レディに礼節をはかるのは当然ながら、カミューのそれはやり過ぎと思うのは自分だけだろうか?
「まあそれで、お礼がしたいと舞台裏まで引っ張られてしまったのだが、困ってるのを助けるのは当然だから……それで、断ったらせめてこれを、と」
 カミューは左手首のリボンを右手で指し示した。
「………」
 何故、リボンなんだ。しかも何故手首に結びつける必要がある。
 だがしかしそれらは言葉にならない。むっつりと黙り込んでリボンを凝視するマイクロトフに、カミューは言葉を繋げて説明する。
「これはカレン殿のお気に入りのものらしくてな。こうふんわりと結んだ形が綺麗なのだと、結んで見せてくれた。それをその場で直ぐに解いては無粋だろう?」
「だがカミュー……騎士たるものがそんなヒラヒラと……」
「無論、ステージからここまで直行してきたよ。流石にわたしもこれをつけて出歩く度胸はないからね」
 確りこの部屋まで出歩いているじゃないかとマイクロトフは突っ込みたくなった。どうもこの美貌の恋人とはその辺りの感覚が違う。
「だが、綺麗だろう?」
「ああ……」
 実際そう言われてみれば、可憐なレースのリボンがふわりと華のように結ばれている様は綺麗だ。頷いてみせるとカミューは満足げに笑い、そしてリボンの先端に触れる。だが摘んだ指先はそれを引っ張るでもなく、レースの手触りを手袋越しに感じているのか表面を擦るように撫でている。
「なんだか、解くのが惜しい」
 ぽつりと呟かれた言葉に、マイクロトフは苦笑を漏らす。
「だが結んだままにもいかんだろう」
「しかし目の前で丁寧に結んで頂いたものだからな……」
 気が引けるとでも言うのか、首を傾けてそれを見下ろしながら、少し残念そうな色を浮かべるカミュー。そんな青年の様子にマイクロトフは緩く首を振るう。
「全くおまえは……そんなに言うなら俺が解いてやろうか」
 するとカミューはパッと顔を上げて瞬いた。
「あ、うん。頼む」
 ホッとしたような顔をして左手をマイクロトフに差し出す。
 そんなカミューの様子にまたも苦笑を漏らし、マイクロトフはその手首に飾られたリボンの端を摘んだ。
 シルクのそれは軽く引っ張っただけで、するりと滑って解け、巻き付いていた手首を解放した。ところが、その感覚がまるでプレゼントの封を開けたかのようで、マイクロトフを妙な気分に陥らせた。
 マイクロトフは一瞬の思考停止の後、自分は何を考えているんだと、リボンを青年の手に返しながら、意思に反してドキドキと胸を打つ鼓動を自ら叱咤する。
 しかし聡い青年はその異変に気が付いたようだ。
「どうかしたか?」
 顔を近づけて、様子を窺ってくる。
「いや……」
 目を逸らして口許を手で覆う。
 まさか、リボンを解いた瞬間のプレゼントの封を開けた感覚を、カミューそのものをどうにかするのと錯覚したなどと言えない。
 だがいったん思考がその方向を向いてしまうと、容易に軌道修正が出来ない。
「マイクロトフ?」
 首を傾げるカミューの仕草に益々煽られてしまう。
 顎を上げて僅かの自制を試みようとしたが、直ぐに無理だと悟ると、小さく息を吐き出した。
 そしてマイクロトフは胸のうちであらん限りの反省をしつつ、リボンを持つ青年の手を握った。
「カミュー……済まん、今直ぐおまえを抱きたいんだ」
「は?」
 間の抜けた声で返す青年の背を抱き寄せた。
「済まん……」
「え? マイクロトフ?」
「―――済まん」
 だが恨むなら自分のフェミニストぶりを恨んでくれ。
 ちらりとそんな事を思いながらマイクロトフは青年を押し倒したのだった。


END



シルクのレースのピンクのリボン……をつけた27才の男……ぶぶぶ
可愛らしくごまかすために背景をつけてみたりして

2000/04/01


次はその続きです
自分でもここで終わりはあんまりだと思ったので……でも根性は無かった(笑)



開封 §後編


 リボン片手に押し倒されたカミューは、突然の展開にわけも分からず当初男の行為をぼんやりと見ていた。だがその無骨な大きな手が服の下に忍んでくるに及んで、慌ててその手を留める。
「まっ……待て! マイクロトフ! おまえ、いきなり何をっ……」
 一体何が男をその気にさせたのか、カミューには見当もつかない。とにかく必死で腕を突っ張る。するとマイクロトフはムクリと上体を起こした。
 カミューはホッと息をついて、半ば脱がされかけた衣服を寄せて体勢を立て直した。
「いきなりおまえは……」
 まさかリボンを解いただけでその気になったと言うのでもあるまい。
 だがそのまさかで、マイクロトフは「駄目か?」と迫る。
「駄目かって……そんな、どうして」
 混乱しているので上手く言葉が繋がらないカミューは、はだけた胸元を隠すように肩に手をかけ、もう一方の手でこめかみを押さえて困惑する。そんな仕草が既にその気のマイクロトフを益々そそらせるものだとは知ってか知らずか―――。
「カミュー……」
 欲情の色を含んだ声で、うっとりと名を呼ばれつつ腰に伸びた手で抱き寄せられる。
「待ってくれ、わたしにその気はないぞマイクロトフ!」
「俺にはある」
 律儀に応答せずとも、そんな事はもう良く分かっていると、肩口に顔を埋めようとする男の耳に指をかけて引き剥がしながら、カミューは何度も「待て」と繰り返した。
「マイクロトフ〜〜〜」
「嫌なのか?」
「こっ、こんなわけの分からないのは嫌だ」
 突発性発情男かおまえはっ! と叫んでカミューはぐいぐいと男を蹴り押す。
 まだ宵の口である上に、情緒も何も無い。常から雰囲気や場面を気にするカミューにしてみればこんな展開は存外であった。
 別に求められるのが嫌なわけではないし、愛の言葉を囁かれても赤面ものではある。しかし突然、何の予兆も無く押し倒されるのはやはりいただけない。一言断りを入れたからと言って、はいそうですか、ともいかない。
 それに、昨日も一昨日もその前もやった。流石に連日では身体が辛かった。
「とにかく退け」
「嫌だ」
「………」
 でかい図体で圧し掛かる男を冷たい目で見上げた。しかしマイクロトフに怯む様子は見られない。
「今直ぐカミューが欲しい」
 低い声で熱っぽく囁かれて、不覚にも背が粟立つ。このままでは流される、とカミューは唇を噛んだ。
「昨日しただろう?」
「ああ、済まん……」
 どうやらそこは解っているらしい。しかし殊勝に謝っていても手は動く。するりと肩にかかったその大きな手が服を引っ掻けて脱がせる。それをパシっと弾いてカミューは油断のならない手の主を睨みつけた。
「どうしていきなりそんな気分になるんだ」
 するとマイクロトフの視線がちらりと有るか無しか動いた。何気に辿ると未だ手に握られたままの例のリボンがそこにある。瞳を眇めてカミューは桃色のそれを持ち上げた。
「これがどうかしたのか……」
 そう言えばこれを解いた後、マイクロトフの様子が変わった。
 まさか―――これなのか!?
 信じられない気持ちでカミューはリボンとマイクロトフを交互に見比べた。
「マイクロトフ……おまえ、何を考えたんだ?」
 心底から謎に思って聞く。時々この不器用で口下手な恋人の考える事が分からない。人の内面に敏いと自負するカミューでさえ、マイクロトフの思考回路は時に飛び抜けていて掴み所が無いと思うのだ。
 するとマイクロトフは顎を引いて言い淀む。
「答えられないような事を考えたのか?」
 挑発するような言葉を投げ掛けて言葉を促してやると、案の定マイクロトフは眉を寄せて唸った。
「いや……そう言うわけでは……ないぞ」
 のろりとカミューの上から退くと、マイクロトフは手を伸ばしてカミューの手からリボンを取った。
「つまり……だな。こういった華やかなものは、大概贈呈品を飾るものに使われるのではないか?」
 カレンのそれは髪を飾る為のものではあるが、まあそう言えなくもない。カミューは黙って頷いた。それを確かめてマイクロトフは言葉を繋げる。
「そして、贈られた品の包みを解く時と言うのは、こう……楽しくはないか? こんな華やかなリボンが巻かれていれば尚更……どきどきと……」
「マイクロトフ……何が言いたいのか分からない」
 要点だけ掻い摘んで言って欲しい。ばっさりと切り捨てるとまたマイクロトフは唸った。
「だから―――リボンを解いた時の感覚が、そう言ったものの包装を解く時の感覚に似ていたんだ。それでカミューの服を……」
 脱がしたく……なった……、と低い声で言った。

 呆れると言うかなんと言うか。あまりに予測の範囲外の解答に、驚きやら怒りやらを通り越して落ち着いてしまったカミューは、何度か瞬いて男の瞳を覗き込む。
「マイクロトフ―――それではわたしは贈呈品か?」
「いや決してそう言うわけではない」
 感覚が似ていただけだ、と言う。しかしそれだけでそんな気分になれるものだろうか。
「どうなっているんだ、おまえの思考は……?」
 なんだか脱力してしまったカミューは苦笑を漏らした。それを憮然とした表情でマイクロトフは見ているが、それがなんだか子供っぽくてカミューは更に笑みを漏らす。それに贈呈品云々でどきどきするなどの下りが益々子供っぽくて堪らない。
「全く……敵わんなおまえには」
 呟いてマイクロトフの手からリボンを取り戻す。そしてやおら男の手を取って手際良く飾るように結び付けた。
「カミュー?」
 不審な目を向ける男を無視してカミューは結んだそれを呆気なく解いた。しゅるっと微かな音を立てて桃色のリボンは男の無骨な手から離れる。
「ああ……なるほど、確かにな」
 頷いて、マイクロトフを見た。そして、人の服は散々脱がしているくせに本人はきっちりと服を着込んだままなのが不本意で、カミューは男の服に手を伸ばした。
「確かに開封しているような気分になるな」
 そしてマイクロトフの上着を脱がせつつ、その襟元を引っ張って顔を寄せた。
「いつも言っているだろう。わたしばかり先に脱がせるな」
「あ……済ま……」
 口癖のような謝辞を唇で封じた。不意を突かれたようで顎を引きかけたマイクロトフだったが、直ぐに応じてカミューの口腔を味わい始める。そして唇が離れると、自ら服を脱ぎながらカミューに圧し掛かってきた。
「いい、か?」
「今更良いも悪いもないだろう」
 諦めたような口調で、だが決して嫌がってはいない態度でカミューは答えた。



 そして、マイクロトフはカミューの服だけでなく心も無事に開封する事に成功したのであった。


END



更にシルクのレースのピンクのリボンを(一瞬でも)つけられた26才の男……ぐぐぐ

2000/04/03