剣の名前
ダンスニーという銘の剣を、カミューはよく知らない。
その大体の長さや柄の色を覚えていても、その重さは知らないし細かな意匠も間近で見た事が無いから分からない。ただマイクロトフがそれを振う姿を何度も見た事がある程度だった。
けれど今、その剣はカミューの手にあった。
片手で持てばずっしりと重い。
カミューのユーライアという銘の剣よりも重みのあるそれは、比べてみれば幅も長さも違った。剣に人格があるとすれば並べてみた二振りの剣はまったくの別人だった。
使い古された鞘を引き抜くと鈍い鋼色が光を弾く。
美しく真っ直ぐに鍛えられた毅いと思われた剣身は、しかし息がかかるほどの距離で見詰めれば細かな傷や刃こぼれだらけだった。
細身の片手剣として標準的な形のユーライアと違って、ダンスニーは両手剣に近い大きさと重さだった。それを片手で軽々と振り回す男の剣筋を思い出せば、あれは斬るというよりは叩き潰すといった方が近いのだと随所に刻まれた傷と刃こぼれの所以を納得させた。
しかし磨きこまれた刃はやはり触れれば静かにカミューの皮膚を裂きそうな鋭さを持っている。目を瞑れば過ぎ去った日々の中で丁寧に手入れをしていた姿が思い浮かんだ。
大勢の血を吸った罪深い武器ではあったけれど、男はこの剣をまるで我が身の一部のように大切に扱っていた。
元から名のある鍛冶師が鍛えた業物の剣である。そこらに転がっているなまくらとは鋼の密度も毅さもまるで違うダンスニーは、騎士団を離反して同盟軍入りしてからテッサイという高名な鍛冶職人の手に委ねられて更に鍛え上げられ、おかげで手入れさえ怠らなければ一生ものの名剣となった。
確かにこの剣には男の人生が染み込んでいた。
剣の柄に巻かれた革は男の掌の形に沈み込んでいる。カミューが握ってみてもその微妙なおうとつはどうしてもしっくりはこない。それに身の丈にはまず合わない剣の長さが試しに振り回してみれば危なっかしく壁や床を傷つけそうになる。
この剣は、確かにあの男のものであるのだ。
だからこれまでカミューはこんなにも間近にダンスニーという銘の剣を観察することなどなかったのだ。
当たり前だった。
剣士がそう容易く己の剣を手放したり、他人の手に預けたりはしないものだ。常に剣帯によって腰に佩いて、寝るときですら手を伸ばせば届く距離に置かれる。それはいっそ恋人よりも親密な肉体の一部そのものなのだ。
持ち主と同じように戦場を潜り抜け、死地を切り抜け、そして勝利の喜びを分かち合う。
ダンスニーはだから、マイクロトフの人生に添ってきたもう一人の相棒なのだ。
今、カミューの手にあるダンスニーは相変わらず美しく光を弾いている。ユラユラと揺らせば細かな傷が乱反射をして眩しく、カミューの目を細めさせた。
刃の縁にすと掌を当てればひやりとした冷たさが伝わるが、みょうにしっとりと濡れたような感触がカミューの肌から体温を吸い取ってまるで鼓動を刻むようだった。
カミューはそしてダンスニーを平らに持つとそれを目の高さまで持ち上げて覗き込んだ。
「………よく…頑張ってくれた」
まるで一個の人格に語りかけるように、カミューは柔らかな声音でそう囁いた。
「…これまで、よく……頑張ってくれたな」
そして剣の平らな部分にそっと唇を押し当てた。
それから静かに目を伏せた。
と、その弾みで瞼に押し出された雫がぼつりと刃に落ちた。カミューはそれを慌てて指先で拭ったが、次々に落ちた雫がぱたぱたと剣に弾かれて滑り落ちていった。
「……マイクロトフの、ために…」
涙は止まらなかった。
仕方なくカミューはダンスニーを横に振り払って雫を飛ばすと、懐から取り出した布でそれを拭って鞘に収めて胸に抱き締めた。
これは大切な剣だから。
涙などで錆びさせてはならない、大切なとても大切な剣だから。
「ダンスニー」
囁いてカミューは小さく笑った。
「これからも、頼む。今回も生き足掻いたあの男のために―――」
つい先ほど、峠を越したと報を受けたあの頑丈な男のために、戦場から持ち帰って手入れをし続けた祈りを受けて。
次の戦場でも主を守ってくれと。
end
分かりにくい代物と思われます。
しかも今回もとても短くて。
でもダンスニーを抱き締める赤さんに萌えましたっ!
2005/07/31