年下扱い


 カミューの白手袋を脱いだ手が、ぽんぽんと二度ほどマイクロトフの髪を柔らかく撫でた。
「おい」
 憮然とした声で下から見上げると、露台の手摺に行儀悪くも腰掛けたカミューはにやりと笑ってマイクロトフを見下ろした。今、青年のその姿は手袋を脱いだだけではなく、マントも上着も取っ払った薄着でなんとも気軽な状態である。
「こうして上から見下ろすとおまえも案外可愛いものだね」
「なんだそれは」
「年の差と言うものを実感しているだけだよ」
 そうしてたった一つしか違わぬ年上の青年は、もう一度マイクロトフの髪に手を置いてまたぽんぽんと撫でた。常ならば少々の背丈の差でこうした視点の逆転は有り得ない。
「普段のおまえときたら、いつでも人を見下ろして可愛げの欠片もない」
「俺はもう二十六だぞ、そんなものあってたまるか」
「わたしにとっておまえは永遠に年下なんだよ。可愛げがあってもおかしくない」
「……どういう理屈だ」
 唸るマイクロトフにカミューは、今度はそのしなやかな指を黒い短髪に差し込みくしゃりと掻き混ぜる。
「まぁ、その融通のきかないところとか、素直なところとか、単純なところとかは可愛げがなくもないのだが」
 言ってカミューはそのまま指先でマイクロトフの髪を摘んではクルクルと丸めたりして弄繰り回した。
「……俺に可愛げがないと言うより先に、カミューの方が年相応になるべきではないか?」
「ん?」
 暫くはそうしてカミューの指先が遊ぶままに任せていたマイクロトフであったが、不意にその手首を掴んで乱れた黒髪から引き離すと目の前に引き寄せた。
「二十七の男が服を着崩して、手摺に乗り掛かって人の髪で遊ぶな」
 言い様、マイクロトフは一瞬の隙をついてカミューの手首を引きながら、手摺の上の腰を抱えてそこから引きずり下ろした。
「うわっ」
 無理矢理に体勢を崩されて慌てるカミューを、だがマイクロトフはその胸で確りと抱きとめてしまう。
「マイクロトフ!危ないだろう」
「……そもそもそんな場所に座る方が危ない。子供かおまえは」
 そして胸の中から抗議の声を上げて振り向く青年の髪を抑えてマイクロトフは逃がさないようにその身体に腕を回して抱き込んだ。
「マイクロトフ」
「ほら、落ち着け」
 宥めるようにその髪を撫でる。
 すると、ぼそりと小さな声が聞こえた。

「本当に、可愛くない年下だ」

 マイクロトフはただ苦笑して、その髪を何度も撫でてやるのだった。


おわり



2002/02/19

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