good student

 小型宇宙艇ユーライアは、小型とはいっても宇宙艇として充分な設備を整えたものである。だから最低でも十名くらいの乗員が過ごせるだけのスペースがあるし、最先端のシステムを搭載しているので何ヶ月でも宇宙空間を航行していられる。
 だからもちろんシャワールームもある。
 実際、宇宙空間のほうが惑星の大気圏内よりも水素も酸素も溢れかえっているので、水は無尽蔵にあるといって言い。
 そんなシャワールームで、マイクロトフは非常に気まずい思いをしていた。

 目の前にはカミューのサイバノイドボディ。
 彼がこの身体を手に入れてもうかなりの日数が経っている。最初はぎこちなく身動きしていたが、リハビリを重ねるにつれて随分と慣れてきたようだった。今では自然に宇宙艇内を歩き回って、マイクロトフと共に生活が出来るようになっていた。
 そんなカミューが唐突に、マイクロトフのいるシャワールームに入ってきたのが数分前。服を着たままの彼と、素っ裸の自分と。

「……どうか、したか?」
 マイクロトフの問い掛けももっともだと思う。しかしカミューは何故だか足元のタイル地を見下ろして何も言わない。
「カミュー?」
「うん……」
「何かあったのか」
「うん…ちょっと、お願いがあるんだけど」
 と、カミューはマイクロトフを上目遣いで見た。その眼差しに思わずくらりと来る自分はよっぽどこの目前の青年が好きなのだなと遠くに飛びかけた意識で考える。
「マイクロトフ、あのな?」
「あ、ああ。なんだ」
 しかしカミューは酷く言い辛そうに口ごもるばかりだった。それでも何とか決意したのか、顔を上げると真っ直ぐにマイクロトフを見つめた。
 その瞳はどこかウズウズとしたようなきらめきが見える。そういえばこんなカミューの瞳をどこかで見た覚えがあるなとマイクロトフが思い出そうとした時。

「見せてくれないか、な?」

 カミューの声がシャワールームに響く。
「……ちなみに聞くが、何をだ」
 問い掛けながら、そうだこの瞳はカミューがたまらない好奇心に捉われた時に浮かべる表情と同じだと、マイクロトフは思い出していた。





 実のところ、マイクロトフはまだカミューを押し倒していない。
 そのサイバノイドボディが、セクサノイドタイプのものではなかったのと、やはりカミューがこのヒューマンタイプのボディに慣れるのが最優先だったからだ。
 だいいち、セクサロイドのボディは宇宙連邦法で厳しく制限がされている。造るのも所持するのも審査が必要で、今のところ第一級のテロリストと同等の犯罪者であるマイクロトフには、入手する術がかなり限られる。
 だがいつか必ず手に入れてやる、とは心に決めている。それまでは口付けたり、抱き締めたりするだけでも充分だと思っていた。既にカミュー自身はこの腕の中にあるのだから、と。
 夢にまで見たカミューの身体がそこにあって、抱き返してくれるだけで嬉しくてたまらない。尤もマイクロトフとて正常な男子だから、欲望が全くないとは言えない。だからトイレの中とか、このシャワールームなどで一人で処理したりしていたのだ。結構健気だと自分でも思う。
 それに対してカミューが今まで何かを言ってきた事はない。だからカミューもその点に関しては、今はまだその時期ではないと分かっているのだろうと、思っていた。
 それが。
 否やはない。ないが。気まずい。

「カミュー……」
 目の前でカミューはシャワールームの床に膝をついて、マイクロトフの腰の辺り―――おもに中心を重点的に―――をまじまじと見詰めている。

 ―――うっ…まるで変質者になった気分だ。

 カミューに性的な知識が全くないとは思わない。何しろ国家の中枢を担っていたスーパーコンピューターそのものだったカミューである。その知識は人間のそれとは比較にならないほどに膨大で正確だ。
 だが、自分のそれを見つめるカミューの眼差しに含まれているものは、どうしても色気などの類が皆無である。それは珍しい生き物でも凝視する子供のようなものなのだ。
「カミュー…もう良いか」
「えっ」
 タオルで隠そうとすると、カミューは驚いたように声を上げた。それからマイクロトフの顔色を覗うように小首を傾げる。
「もうちょっと、駄目かい?」
「だめ、と言うかなんと言うか、な―――」

 ―――頼むからそんな顔をしないでくれ。

 甘えるような拗ねるような。マイクロトフにとっては愛しくて可愛くてたまらないカミューの表情なのだ。

「あ」
「………」
「え、興奮しているのかマイクロトフ」

 ―――だって仕方ないだろう!?

「触っても良い?」
「さわっ……」
「だめ?」

 マイクロトフ、万事休すだ。

「マイクロトフ…?」

 しかしマイクロトフが迷ったのは一瞬だった。

「良いぞ。その代わりカミュー、ちゃんと触ってくれ」
「ちゃんと…って」
「気持ち良くしてくれたら、俺も嬉しいんだがな」
「……う、分かった」

 途端に恥じ入るような表情を見せたカミューに、マイクロトフは今更だろうと思いながらも、やっぱり「なんて可愛いんだ!」と内心でガッツポーズをしていた。

「えっと、擦ると快感を得られるんだよな」
「……そうだ」
「両手使う?」
「好きにしてみろ」
「な、舐めたりとか……」
「そっ、それはまだしなくて良い」

 ―――くっ。……もっと変質者の気分だ。いや、それよりも性教育か?

「わ、すごい」
「……」
「本当に大きくなるんだなぁ」
「………」
「あ、なんかヌルってしてきた」


 頑張れマイクロトフ。幸せは直ぐそこだ。

2005/05/03

ごごごごごめんなさいぃぃぃ。



sex

 マイクロトフはよくカミューに触れたがる。
 テディ・ベア扱いか? とすら思ったくらいにマイクロトフは、その機会さえあればカミューの身体を抱き寄せて、その腕の中に閉じ込めようとする。今だって狭い操縦席で足の間に挟むようにして背中から抱きかかえられている。

「マイクロトフ…」
「どうした」
 カミューの困惑げな声に対してマイクロトフの声は腹が立つくらいに平静だ。抱きかかえた身体が邪魔にはならないのか、斜めに向いた端末に向かって忙しなく右手を動かしている。左手は人の腹にぐるりと回して支えたままだ。
「ずっと疑問に思っていたんだが」
「ああ」
「わたしの身体、男のままで良いのか?」
 くるりと肩越しに振り返って見たマイクロトフの顔は、驚きに固まっていた。
「………」
「疑問はそれだけじゃないんだよマイクロトフ。おまえは……ノーマルじゃないのか? それともゲイか?」
「一応、ノーマルだ」
 何故だかそう答えるマイクロトフの声は小さい。
「だったらどうしてFタイプのボディにしなかったんだ?」
 それはカミューにとって純粋な疑問だった。
 確かにカミューの造った自分の立体ホログラフィの身体は、ずっと男性だった。しかしそれは情報源とした『死んだカミュー』が男子だったからだ。ただそれだけの理由だった。
 実際のAIとしてのカミューには性別などない。だからマイクロトフが望むのなら、女性の身体でも構わなかったのだ。しかし。
「カミューは、男だろう」
「いや、でも私はAIだし……」
 するとマイクロトフはカミューの腰を抱え上げて、よいしょと足を動かすと、カミューの身体を膝の上に持ち上げてくるりと反転させた。
 気がつくとカミューはマイクロトフの膝の上で横抱きに抱えられていた。
「カミュー。俺の出会ったおまえは、最初から男だった。その姿も言動も表情も」
「でもそれは」
「分かっている。だが今更女性としておまえに向き合えというのも俺には無理な話だ。何しろ、今のおまえに俺は惚れてしまったのだからな」
 腕の中に囲い込まれて、真っ直ぐに見詰められてそんな事を言う。カミューは途端に居たたまれなくなってきた。面と向かって好意を告げられるのは嬉しいが、少し戸惑う。これが『照れる』という感情なのだろう。
「それは、どうも……ありがとう」
「ああ。だから男のままでいい。いや、今のままで居てくれなければ俺が困る」
「それなら、良いんだけど」
 とりあえずの納得をしてカミューはマイクロトフの膝の上、こくんと頷いた。だが。
「ん? まだ何かあるのか」
「うん、だって。男同士って最初は大変だって言うじゃないか」
「………」
「おまえの、平均以上に大きいようだし」
「…………カミュー」
「でも癖になるとかも言うしなぁ」
「おまえは一体なにを調べて」
 カミューを抱きしめたまま、マイクロトフはがっくりと肩を落とす。しかしカミューはその首に腕を回しながら、これからは男女のそれではなく、男同士のものを積極的に検索して集積していこうと決めたのだった。
 マイクロトフの意見も聞けたし、多分これで問題がないだろう。
 さて。セクサノイドボディにチューンアップできるのはいつの事だろう。

2005/05/04

sex=性別ですからね〜〜(笑)



再掲載 2006/02/22


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