にらめっこ


 琥珀の瞳が、不意に緩んだ。
 途端に弾けた笑い声に、ずっと生真面目に固まっていたマイクロトフも笑みに目許を綻ばせる。そして目の前で機嫌良く声を上げて笑うカミューに問い掛けた。
「もう良いのか?」
「あぁ、やはり無理だな、どうしても」
 正面に向かい合い座りこんだまま、くつくつと未だおさまらない笑いを堪えてカミューは頷く。
「直ぐに笑いが込みあげてくる。どうしてかな、まったく―――」
 首を傾げつつカミューは目前にあるマイクロトフの額をぐい、と親指の腹で押しやった。
「―――可愛気のない」
「こら」
 後ろに仰け反りながら額を押したカミューの手を取って、マイクロトフは苦笑する。
「おまえが付き合えと言ったのだろうに、なんだ」
「うーん。どうにもね、わたしはおまえを相手にすると表情が緩むらしくて」
 先程盟主の義姉ナナミに指摘されたから、確認をしてみたのだとカミューは言う。
「それで?」
「にらめっこをして試してみたんだけど」
「なんだ、じっとして黙って目を見ろとは、そういうつもりか」
 実はそうなんだと笑うカミューに、マイクロトフはなんだそうかと納得する。だが―――。
「…俺はだがこうしてよく笑うおまえが好きだ。それで良いと思うがな」
 そしてカミューの手を引き、空いた手でその頬をやんわりととらえると無防備な唇に軽く口付けた。するとカミューは笑みを引っ込め驚いてマイクロトフを見る。その顔がみるみると赤くなっていった。
「マイクロトフ……」
 気まずげに睨み付けるが、不意をつかれた故の照れ隠しだろう。
 本当に、元青騎士団長を相手にする場合に限り、常に穏かな笑みを浮かべて崩さない元赤騎士団長の表情は、脆くも崩れるのであった。





 ビクトールは同盟軍内で流行し始めた、とある遊びに顔を顰めていた。
 子供がするのならともかく、いいの大人までが真剣になって遊んでいるのである。それが酒場で飲んでいる最中だろうと相手をしろと挑まれるものだからたまったものではない。
「いったい何なんだよ…」
 不貞腐れてビクトールはぼやいた。
 その横でフリックが笑う。
「気にすんなよ、付き合ってやれよ」
「ふざけんな。何が悲しくてむさ苦しい男と顔つき合わせてよ……。おまえは良いだろうよ、挑んでくる相手は女ばっかりだ」
「ははは、確かにオレもおまえの相手は願い下げだ」
 言ってフリックは笑いを堪えてビクトールから顔を逸らせた。
 そんな相棒の態度にますます不貞腐れてビクトールは唸る。
「誰が始めたんだ、こんな遊びをよ!」
「あー…オレそれ知ってるけど、知らないでおいた方が良いと思うぞ」
「んだ、言えコラ」
「…カミューと、マイクロトフ」
 ここまで広めたのはナナミだけどな、とフリックは乾いた笑みを浮かべる。その目前でビクトールが酒のグラスを握り締めてテーブルに突っ伏した。
 同盟軍の平和な夜のことだった。



おわれ



ペーパーにくっつけた小話と、ブロックノートに走り書きした後日談。
いちゃいちゃしてますな。

2002/10/06
ネット公開 2003/10/06