嘆きの花

もうずっと探していたのかもしれない。
私だけを愛でてくれる人の手を。

妖花の精と青

野に咲く花の群生に、ある一人の乙女が毎日のように花々を摘みに訪れていた。
村娘にしては、白く透き通るような肌の持ち主で、小柄ながらも細い肢体は年頃の娘らしく魅力に溢れている。何よりも印象的なのは、ゆったりと腰まで伸びた豊かな赤みがかった茶の髪。
今は後ろでひとつに括られてはいるが、時折ほどいては花畑の風で洗う娘の笑顔は、村の男たちの憧れだった。
娘はいつも花を摘むとき、その小さく慎ましい赤い唇で唄を歌った。
花を愛でながら、花を慈しみながら、摘む花に許しを乞いながら唄を歌い、そして大きな紫紺の瞳に穏やかな色を浮かべて、町へ出て売るための花を摘んでいたのだ。
娘は、そんな誰からも愛される花売りだった。
もしも花に意志があったなら、そんな娘の役に立てるならと、喜んで身を捧げたに違いない。毎日今日はこの辺り、明日はあの辺りをと娘が花々の間を巡るのを、花たちは嬉しがっていたに違いない。

ところがある日、この娘に恋人が出来た。恋人である男は町に住む商人の息子で、花を売る娘に目をかけたらしい。村の男たちとは違う、黒い髪と目の色をした清潔な風貌のこの男に、娘もたちまち夢中になった。
ところが、村と町は歩いて行けぬ距離でもないが、さりとて近いわけでもない。
毎日会いたがる娘は男にどうか一緒に暮らさせて欲しいと願った。ところが、この男には親の定めた婚約者がいた。そしてそのうちに、花売りの娘が煩わしくなった。

娘はそして恋人に裏切られた。

月明かりさえない夜の闇の中、泣き疲れた娘はふらふらと花畑の中へと足を踏み入れると、片っ端から花を摘んでは投げ捨てた。
男の不実を罵り、何故自分一人だけを愛してくれなかったのかと恨み言を繰り返した。
悔しさに噛み締めた唇からは血が滴り、その痛みに娘は更に泣いた。
泣いて、泣いて、そしてそれでも愛してやまない男への愛情を持て余して、花畑の中で自ら喉を切り裂き安楽な死を選んだ。

そしてどんな呪いがかかったのか、娘が愛した花畑の花々は翌日から次々に枯れ果てて行き、最後に血のように赤い色の花だけが残った。そして不思議な事に、その花は村の男がどれほど引きぬこうと力を尽くしても、決して抜けず、どれほど季節が変わろうと枯れることがなくなった。
娘の怨みが宿った花と思った村人たちは、そしてその地に足を踏み入れる事をしなくなった。
いつしか、かつての花畑は荒地と成り果て、小さな妖花を育む呪いの地と成り果てたのだった。


END



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