口説きの技術
部屋のソファでうたた寝をしていると、いつの間に入ってきたのかマイクロトフが空いた隙間に腰掛けて飽きずに人を眺めていた。
「なに…してるんだ」
「いや」
薄目を開けたカミューが寝起きの憮然とした声で問うと、マイクロトフは口篭もってそっぽを向いた。どうせいつものように人の寝顔を見るなんて悪趣味な真似をしていたんだろうと呟きながら起き上がると、悪趣味じゃないぞ、と小さな反論があった。
カミューは肩を竦めて苦笑した。
「暇人め」
ところがマイクロトフは以外にも真面目な顔をしてカミューをじっと見詰めてきた。
「カミューの事に限っては、全て優先させることにしている。だから暇だろうと忙しかろうと、俺はカミューを見ていたいし傍にいたいんだ」
「馬鹿なことを…」
言うな、と言おうとしてカミューはマイクロトフに肩を掴まれ振り向かされた。
「疑っているのか?」
「何をだ」
「俺の言葉だ」
真剣に問われカミューは顎を引く。
誰が疑うものか。
「それこそ、馬鹿を言うものじゃない」
くすりと笑ってカミューは肩を掴むマイクロトフの手に自分の掌を重ねる。
「おまえの言葉を疑ったことなどただの一度も無いよ」
「だったらどうして、馬鹿な事だと片付けようとする」
「…別に、言葉を疑ったわけじゃない。わたしを優先させると言う言葉が、馬鹿な事だと言ったんだ」
カミューはそして片手でマイクロトフの胸に触れた。
「元青騎士団長殿……おまえはわたしよりも、おまえを慕って同盟軍までついて来てくれた多くの部下を優先させるのが筋だろう?」
「建前はな」
素早く返答してマイクロトフはカミューの両手首を握り込んで封じた。
「だが俺は元騎士団長であると同時に、カミューの恋人だろう」
掴まれた手首からマイクロトフの熱いくらいの体温が伝わってくる。なんだかその温度がやけに羞恥を煽ってカミューは微かに身じろいだ。しかしマイクロトフは強い力でカミューを押さえる。
「言った筈だ。騎士である前に人間だ」
「マイクロトフ」
目の前でニヤリと笑って、そんな言葉を吐くマイクロトフを、カミューは叱る様に睨み上げる。しかしその頬が赤く染まって行くのは自分でもどうしようもなく。
「だから…おまえを優先させる」
耳元に唇を寄せられて、優しい声音などで囁かれてはもう陥落するしかない。
「馬鹿もの―――」
同盟軍に来てからそれまでの肩の力を抜いてしまったのか…マイクロトフは妙な余裕を身につけ始めた。こんな風に態度と言葉でカミューを追い詰めるなど日常茶飯事である。
「もう……良いから離せ。いい加減手首が痛い」
「それはすまない」
しかし手首を掴む力は緩められても、解放される事は無く、それどころか気が付けばぴったりと密着するように寄せられたマイクロトフの身体が、いつの間にかカミューの全身を押さえつけていた。
「マイクロトフ!」
「カミュー…、いつも俺ばかりがおまえを優先させる。たまにはおまえも俺を優先させてくれないか」
「何を言っているんだ馬鹿」
「いいだろう?」
「良くないっ」
しかしカミューの背後には先程までうたた寝していたソファがある。
「カミュー」
耳元で痺れるような声が請うように響く。
「…カミュー……」
軽く耳朶に歯を立てられて、背筋にぞくりと快感が走る。
「……マイクロトフ…この馬鹿」
項垂れてカミューはとうとうマイクロトフへと重心を預けた。
騎士団にいたころはもっと可愛げのある奴だったのに、と内心でカミューは呟く。それでも、こんな強引な展開も決して悪くないと思っていたりもするのだった。
「なんてのはどうだ?」
「カ…ミュー……」
「やはり無理か」
ふむ、と呟いてカミューは目の前で顔を真っ赤にしているマイクロトフを見た。
マイクロトフは両手でグラスを挟んだまま銅像のように固まっている。カミューは手元のグラスを傾けて、ワインを口内に流し込むと苦笑した。
「おまえに口説けと言う方が無理なんだろうなぁ」
「いや…カミュー……」
マイクロトフは絶え入るように小さな声で、俯いていた顔を益々項垂れさせてがっくりと卓上に肘を突いた。ところが、そのまま崩れるかと思っていた黒い頭が、ひょいと起き上がった。
「カミュー…その、な? やはりそういう方が…良いのだろうか?」
「そういう方?」
カミューは瞬いて首を傾げた。するとマイクロトフは言い難そうに口をパクパクさせた。
「く、口説いたりとか…」
した方がいいのか? と恐る恐る訊ねてくる。
カミューは驚いてマイクロトフを見た。
美味いワインを就寝前に酌み交わす、その肴に例え話で冗談を言ったらこんな展開になってしまった。最初はただマイクロトフをからかってやろう思っただけで、そんな深い意味はなかった。だがこうして改めて問われると、少し考えてしまう。
「そうだな…」
顎に指をかけカミューは考え込む。その間、視界に映るマイクロトフは不安そうな上目遣いでじっとこちらを見詰めていた。そんな姿を見て、つい笑みが零れる。
「うん、あった方がやはり良いな」
「…そう…なのか……」
「わたしも無感動の朴念仁ではないしな」
「う……」
そうだな、そうだよな、とマイクロトフの呟きが漏れる。
「で、マイクロトフ。口説いてくれるのか?」
「あ……いや、ちが…えっと」
しどろもどろになりながらも、額を片手で押さえてマイクロトフは何とかカミューと目を合わせた。
「口説くなんてとても俺には出来んのだが…」
「うん?」
「俺はカミューをとても愛している」
「…うん」
「だからカミューが望むなら努力する。その…口説き文句が出るくらいになれるよう努める」
「いい」
「え?」
「努力…しなくて良い……」
真っ直ぐに瞳を見詰めて「愛している」などと恥ずかしげも無く言う男にこれ以上努力されたらどうなってしまうと言うのか。
どこか遠くへ意識が飛びそうになるのを自ら叱咤してカミューは首を振った。
「マイクロトフはそのままで良いよ。いや…本当にそのままでいてくれ」
「いいのか?」
「あぁ…」
最前の作り話よりも現実のマイクロトフの方がたちが悪いと思うカミューだった。
END
格好良い青開発中(笑)
途中まではなんとか我慢していたのですが
こんなのはウチの青氏でも赤さんでもないっす〜、と逃亡
やはり後半の方がウチの青氏と赤さんらしいです
2001/06/13