路面も溶ける日
「死ぬ」
隣を歩いていたカミューが突然そう呟いて道端の木陰にばったりと倒れ込んだ。
「おい、カミュー」
「たまらん。昨日まで雨が降っていたかと思えば今日のこの暑苦しさはなんだ」
「夏だからな。暑いのは当たり前だ」
芝の上に伏したカミューの腕を取って引き上げる。唸り声を上げながらも起き上がったカミューはそれでもマイクロトフに全体重を預けるような具合だ。
「頼む…少しだけこの木陰で……」
「ならん」
「いーやーだー」
子供のように駄々をこねる青年に、マイクロトフは苦笑を浮かべる。確かにこのまま同盟軍の城にある部屋に戻るのはたまらない。石造りの城は涼しいのは涼しいが、増設途中であまりに狭苦しい。風通りが悪くて暑苦しい事この上なかった。
「なら少しだけだ」
そう言ってマイクロトフはカミュー共々木陰の芝に腰を下ろした。
「あー…助かる。本当に暑さでくたばりそうだ」
途端にだらっと姿勢を崩して再び芝の上に寝転がろうとするのを、マイクロトフは慌てて引き止めた。
「待て、寝転がるな。おまえは寝転がると直ぐ寝入るからな。ここで休憩するのは少しだけだ」
「だが、本当に暑くて……」
そんなカミューのこめかみを汗が一筋伝った。そこへ微風が吹いてその細く淡い髪がふわりと舞う。
「あ…涼しい……」
ぼうっとした眼差しで気怠く言う。その少し呂律が怪しい様子は、本当にカミューが暑さに参っているのだと気付かせる。
「全く、何故そこまで暑さに弱い」
「さぁ…おまえこそどうしてそこまで暑苦しいのに平気なんだ」
見ているだけで汗を掻くぞ、と言われて放っておけと返した。
「こら、しっかり座らんか」
「無理」
マイクロトフに掴まれた腕だけが一番高く、それ以外の身体は地面すれすれまで倒れ込んでいる。
「カミュー」
「わたしは……寝る」
「お、おい!」
起き上がらせようと腕を引っ張り上げると、力を失ったカミューの身体はマイクロトフの方へと凭れ掛かって来た。
「うあ〜…暑苦しい…」
頬をマイクロトフの肩に預けた態勢でカミューはそんな文句を言う。
「おまえな…」
溜め息を落したところで、不意にカミューが跳ね起きた。
「あ…駄目だ。おまえの服が汗で汚れる」
マイクロトフの肩から離れて「すまない」と微笑む。が、そのままやはりぱたりと後ろに倒れた。
「やはりあつい…」
心なしかカミューの髪が濡れているような気がする。汗で濡れているのだろうか。
「カミュー寝るなと言うんだ。服が芝まみれになるぞ」
「構わない」
「だらしがないだろう」
また腕を引いて起きあがらせると、案の定背中についた芝を払い落とした。そして今にも崩れ落ちそうなカミューを肩で支えると、間近から琥珀の瞳が見上げてきた。
「頼むよマイクロトフ…少しで良いから寝かせてくれ――― ここのところ熱帯夜で眠れていないんだ」
汗に濡れた肌…暑さで上気した頬…眠たげに細められた瞳……そんな全てに、ここ暫く暑さを理由に跳ねつけられている夜を喚起させられてマイクロトフは窮した。
「カミュー…まずい」
「ん…? なにが」
「色々と」
「………?」
じっと、肩にカミューを凭れさせたまま固まってしまうマイクロトフに、漸く暑さに溶けていたカミューも不審な視線を向けた。
「な……マイクロトフ?」
ごくりとマイクロトフの喉が鳴った。ぴくりとカミューが身じろぐ。
「え?」
恐る恐るカミューが目を瞠る。
「真昼間だぞ…?」
「あぁ」
分かっている、とマイクロトフは顔を逸らす。
「外、だぞ?」
「うむ」
そうだな、と深く項垂れた。
カミューはひく、と不自然な微笑を浮かべると背に暑さのせいではない汗が滲むのを感じた。
「…さ、行こう…か。うん、こんな場所で休んでいる場合ではないしな」
起き上がって立とうとした。が、がっちりと腕を掴んでそれを阻む力がある。
「マイクロトフっ?」
「このままではやばい」
「だっ…だから離れよう。な、マイクロトフ」
低く押し殺した単調なマイクロトフの声に、カミューの身が竦む。
「ほら仕事だ仕事」
「良い」
「良くない、離せっ」
「無理だ」
ぐいっと抱き寄せられてカミューは本気で抵抗をしようとした。しかし暑さで汗にまみれた身体ではそこまでの力がわかなかった。
「マイクロトフ〜」
「カミュー、さっき寝たいと言っていたろう」
言い様、マイクロトフは一息で立ち上がり肩にカミューを担ぎ上げた。
「言ったがそういう意味じゃないっ」
「安心しろ。明日の仕事は俺が全部やる」
「え、本当か? ……ではなくてっ」
この連日の暑さで些かバテ気味だったカミューである。たった一日と言えど休暇を貰えるのは有り難い。しかしその代償にこの暑苦しい体力馬鹿に付き合わされてはたまったものではなかった。本気で暴れて抵抗するが、歩き出したマイクロトフによって炎天下に引きずり出され、途端に吹き出す汗と熱にぐったりと脱力する。
「…マイ…クロトフ……やめ……」
小さな訴えは聞き入れられる事はなかった。
ずんずん歩くマイクロトフに、担がれたカミュー。
その奇異な組み合せに、同盟軍の面々はその暑苦しさに当てられたと言う―――。
END
ある意味鬼畜青(笑)
連日の暑さにはやバテ気味のわたくしでございます
脳も溶けていますね〜…
(七夕なのに…ねぇ…)
2001/07/07