目を塞いで
マイクロトフがいない?
わたしは知らないよ、どうしてわたしに聞きに来るかな。
え? 何? まぁ良いさ。
だから知らないって。
分かった、分かったよ。全くあいつに似てたちの悪い連中だな。
カミューが俺を探している?
何? 怒っているのか?
どう言う事だ。青騎士がどうかしたのか。
俺が悪いのか? おい、待て! なんだと言うのだ!
…全くあいつに似て意味深な言い方をする……。
同盟軍の、朗らかな気風の居城は今日も今日とて雑多な人種が行き交う賑やかな場所だった。
大人も子供も、老いも若きも、男も女も。燦燦と陽光が降り注ぐ芝の上は、晴れた日には簡易の憩いの場と化していて、木々の茂る木陰に至っては恋人同士や屋外での読書を楽しむ若者や、色々だ。
そんな中、長身を包む鮮やかな青い騎士服は、どうしてあれで見つけられないんだと疑問に思うほど、目立つ。遠目に、見れば無風を良い事に芝の上に何やら書類を並べて考え事をしているらしい。木陰で胡座を組み、片手で顎を掴んで俯く顔は真剣だ。
さて、直ぐに見つけて実は面白くない。
折角仕事の手が空いて、優雅にお茶をして過ごしていたのに。上司によく似た気質の青騎士たちに頼まれると何故こうも捨て置けないのだろう。
と、そこへヒックスがいつもの柔和な空気を全身に醸しながら歩いてきた。
「あ、カミューさん」
にこっと微笑みかけられて、ついカミューもにこりと微笑を返す。するとヒックスは安心したように目を細めると、両手を上げて背伸びした。
「今日も良い天気ですね。気持ち良いや」
「そうですね」
「カミューさんも日向ぼっこですか?」
「…はい?」
「あ、いえ。あの僕日向ぼっこしに出てきたから。あはは、すみません。違いますよね」
カミューさんがそんな、とヒックスは言葉を取り消すかのように両手をぶんぶんと振った。
「あ、それじゃ僕、これで」
慌ててヒックスはぺこりと頭を下げると歩き出す。ところが。
「だーれだっ!」
一歩踏み出しかけたヒックスの背中に、どかーんと猛烈な勢いでぶつかって、その両目を背後から羽交い締めの如き乱暴な動作で覆い隠した手があった。
「テ、テンガアールッ 危ないよっ」
しかしそんな奇襲攻撃も、どうやら日常茶飯事らしい。勢いに任せて背中に飛び乗ってきた少女の身体をおんぶするように受け止めつつ、ヒックスは前に転ばないように必死で踏み止まって叫んだ。
「いつも言ってるのに、どうして君は……」
困ったような顔はして見せても、本心から嫌がってはいないヒックスの声に、テンガアールも明るい笑い声を返す。
「だからいつも気付いて避けてってボクは言ってるのにさ」
「避けたら君が転ぶじゃないか」
「そんなドジじゃないよ」
「ああ、もうテンガアール。君ってもう……」
ほとほと困り果てたらしいヒックスの声音に、ついカミューは苦笑を漏らした。
「元気が良くて何よりですね」
「ほ、ほらぁカミューさんだって呆れてるじゃないかテンガアール」
背に負ぶさったままのテンガアールを、首を捻じ曲げて見やりながらヒックスは元気の良すぎる彼女を何とか嗜めようとする。が。
「そんな事ないよ。カミューさん『何より』って言ってるだろ」
効果はまるでない。ヒックスはテンガアールを背負ったままがっくりと項垂れると、大きく溜め息をついた。流石にその姿が少し憐れみを誘って、カミューはそれ以上の干渉は無用と一歩後ずさる。
「はは、それではわたしはこれで失礼」
とっとと撤退を決め込むと素早く若い二人を後にした。
が。
「そうだった忘れてた」
マイクロトフに青騎士が探しているぞと伝えなければならなかったのである。
ぴたりと立ち止まって振り返ると、ヒックスがテンガアールに背中からあれこれ指図を受けつつ何処かへと歩いて行くのが見えた。その向こう。木陰に相変わらずマイクロトフのくそ真面目な顔が見える。
そこでカミューは「あ」と小さく声を出し、途端ににやりとした笑みを浮かべて一人機嫌良く頷いた。
かさ、という草を踏み分ける小さな足音に、マイクロトフははっとして顔を上げた、その瞬間。
素早く背後から手が伸びて、白い手袋に覆われたそれがマイクロトフの両目を塞いだ。
「だーれだ」
「………」
「…………」
「……………カミュー…」
手を覆う両手をそっと取ると、背に凭れかかってくる重みがあった。
「なんだつまらない。もっと驚くかと思ったのに」
くすくす笑いながらマイクロトフの背中に覆い被さってくるカミューは、肩越しにだらりと顔を覗かせると機嫌の良い表情を見せた。その細められた琥珀の瞳にマイクロトフは苦笑した。
「こんな真似をするのはおまえくらいだ。驚くよりも呆れるぞ」
「それはますますつまらないな」
だがカミューの表情は実に機嫌良く、マイクロトフの背中に懐いてずっとくすくす笑っている。
「カミュー、俺はおまえが怒っていると聞いたが」
「誰がそんなでたらめを」
怒ってなどいないよ、と笑うカミューにマイクロトフも「あぁ、そうだな」と頷いた。そして赤騎士たちの勘違いだろうと自分の中で結論付ける。
「それよりもマイクロトフ。ここで何をしていたんだ?」
「ん? あぁ、編成の見直しをな」
「こんな外でか」
「この陽気につい誘われてな」
「そうか」
背中にひっついたまま、マイクロトフの肩から身を乗り出してにっこり頷くカミューに、「あぁ」と頷き散らばっていた編成書をかき集めて問い返す。
「おまえは? カミュー」
すると青年はまたもくすくすと笑った。その振動が背中越しに伝わってどうにもくすぐったくて、振り返ろうとすると、肩越しに赤い騎士服の袖が伸びてマイクロトフの首に絡んだ。
「日向ぼっこも良いかなと思ったんだ」
「なに?」
「いやあ、ちょっとこう、ね」
「なんだ」
わけがわからず首を傾げると、カミューの瞳が悪戯っぽく煌いて背後から覗きこんできた。
「直ぐにわたしだと気付いたのか?」
「ああ、それは直ぐわかったぞ」
「そうか」
そしてまたくすくすと笑うカミューに、マイクロトフはわけが分からないまま首をまた傾げたのだった。
そんな、木陰で仲良さそうにしている元マチルダ騎士団の二人の団長を、遠目にじっと見つめる者たちがいた。青騎士たちである。
「どうする」
一人が唸った。
「どうするもこうするも」
「だいたい誰がカミュー様まで引っ張り出したんだ」
「お、俺ではないぞ」
「それよりも赤騎士の連中はどうして見つけたといってそこで連れてきてくれんのだ」
「……赤騎士だからな」
嫌な沈黙が下りる。
「と、ともかくマイクロトフ様から編成書をいただかんとだなぁ」
「ならおまえ行って受け取って来い」
「嫌だ」
「即答か」
「………」
一斉に重い吐息が漏れ、明るい陽光の中でそこだけがやけに暗かったのだった。
END
なんて恥ずかしい内容
書いてる途中で「やっぱりやるんですかカミューさん…そうですか(がっくり)…」と(笑)
くっ、27歳の男が『だーれだ』って可愛くねえよぅ
でも今回も例によってまさにその場面が浮かんでしまったので書きましたんですよ
2000/11/08