教 え て く だ さ い
教えてください。
あなたの夢はなんですか?
あなたはどんな未来を望んでいますか?
そんな夢見る未来のあなたの傍に、わたしはいますか?
教えてください
夜半になって雨は勢いを増した。
風も強くなり同盟軍居城の安普請な窓枠がガタガタと揺れ、雨が石畳を叩く音が間断なく聞こえて来る。
カミューは額を付けんばかりに寄っていた窓から身を離して室内を振り返った。目の中にはまだ窓硝子を幾筋も流れる雫の残像があるが、そこにいた男の気配にはそんな湿気など微塵もなかった。いつだってこの男は晴れやかで気持ちが良い。
振り返って微笑むカミューに、男は「なんだ?」と首を傾げる。
「なぁマイクロトフ」
カミューは微笑を湛えたまま窓から離れてマイクロトフの腰掛けている寝台へと歩み寄った。黒い瞳はそんなカミューが何を言うのか予測をつけようと少しだけ揺らいでいる。
マイクロトフの目の前で立ち止まり、座る男を見下ろす格好でカミューは立ち止まり、口を開いた。
「聞いても良いかい?」
「何をだ」
首を傾げたままマイクロトフは眉を僅かだけ顰める。それに答えずカミューは更に問うた。
「必ず答えてくれると、約束してくれるかな」
「何を聞いてくるかによる」
「約束、してくれ。無茶な質問では無いから」
じっと見詰め下ろすカミューと暫く目を合わせたままマイクロトフは口を真一文字に引き結び何も言わない。だがややあって、そっと息を吐き出した。
「約束しよう」
「ありがとう」
ふわりと笑ってカミューはマイクロトフの前に膝をついた。するとそれまで見下ろしていたものが見上げる格好となる。その姿勢のままカミューは両手を伸ばしてマイクロトフの膝に触れた。
「お前の幸せとは、なんだろうか」
笑みはいつの間にか真面目な表情に取って変わり、琥珀の瞳が真直ぐにマイクロトフを射抜いている。だがマイクロトフの瞳も決して逸らされることは無い。
「俺の幸せだと?」
「そう。お前の夢にみるような幸せな未来を教えてくれ」
「何故、そんな事を聞く」
「答えると約束をしたはずだ。質問で返すのは良く無いよマイクロトフ」
整然と返されてマイクロトフは口ごもる。恐らく唐突に問われた内容に戸惑っているのだろう。まぁ、突然幸せとはなにかと聞かれて即答出来るほうが怪しい。だからカミューは導くように言葉を重ねた。
「簡単な事だよマイクロトフ。こうであれば良いと望む未来を言えば、それが答えだ」
「俺の望む未来か? だが、それは答えてもあまり意味が無いようだぞ」
「どうして」
「今とそう変わらないからだ」
目を瞬かせてマイクロトフは答える。その顔は少し困惑に彩られている。
「今がそのまま俺の幸せなんだ。上手く言えないが、今がそのまま続いていればそれが望む幸せな未来なのだと思う」
「それは……変化を望まないと言う意味かい?」
「そうではないな。変化は歓迎する。今だってそうだから、未来においても歓迎する。だからなんと言えば良いのだろう。つまり、今と同じく俺が息をして正しく生活をして、騎士の名に恥じぬ暮らしをしていれば良いのだ」
額に手を当ててマイクロトフは言葉を探るようにして話す。そんな様子をぼんやりと見上げながらカミューは「そうか」と頷いた。
「ならば、ここからが質問だ」
「何? さっきのは質問では無いのか」
「前振りの質問だよ」
「何だそれは」
眉を寄せてマイクロトフはカミューを見下ろしてくる。それにくすくすと笑って応え、カミューは男の膝に触れていた指先にそっと力を込めた。
「お前の望む未来に……」
言いかけてカミューの喉が詰まる。
「カミュー?」
案じる声につばを飲み込みカミューは続けた。
「お前の、そうやって望む幸せな未来に、わたしが添う事を許してくれるか」
「…………」
見上げた先の黒い瞳は、一瞬その表情が伺えないような色に染まった。刹那カミューの胸が糸で締め付けられるように痛んだ。聞いた途端に後悔するよう質問ならば、はじめから聞かなければ良いものを、どうして己と言う人間は愚かなのだろう。
だが黙って答えを待つしかできず、カミューは瞬きもせずにマイクロトフを見上げていた。しかし、不意にそんなマイクロトフの膝に置いていた両手に温もりが重なる。ハッとして見下ろすと大きな手が覆うように被さっていた。
「マイクロトフ……」
「なにを、聞いているんだカミュー」
「………」
「俺は言っただろう。今がそのまま俺の幸せだ。それなのに、今こうして俺の傍にいるお前がいなくてどうする」
カミューには分かっていた答えだ。マイクロトフが必ずそう言ってくれるだろう事は。だが問わずにはいられなかったのだ。
「許すも許さないも無い。俺が望んで、今がこうある」
確かめずにはいられない不安が。
「なにを妙な顔をしているんだ。変な質問だったが、気は済んだか?」
弱い心が時に強い支えを求めて。
「雨の音で感傷的にでもなったか」
笑ってマイクロトフの力強い手が、カミューの腕を掴んで引き上げる。
「ほら、もう遅いんだ。そろそろ寝よう」
そして背を抱いて優しく撫でる。
カミューは小さく頷いて目を閉じた。
恐らくマイクロトフも分かっているに違いない。
カミューの質問の意図が、不安に寄るものなのだと。問うまでも無い事実をあえて問うその出所の知れ無い不安を理解した上での態度なのだろう。だがそれを暴いて晒すことはしない。ただこうして問うまでも無い質問の、分かりきった答えを違わず返してくれる。そして、何も無かったように振舞う。
切なさに先程痛んだ胸がまたしくりと痛み出した気がしてカミューは強く目を瞑った。
だが不意にそうして強く閉じた瞼を温もりが触れた。何が、と思って目を薄っすらと開けると怪訝な表情のマイクロトフが覗きこんできていた。
「カミュー」
「……なんだい」
「俺からもひとつ、聞いても良いか」
怪訝に口元を歪めたままマイクロトフが問うのに、僅かだけ逡巡してカミューはこくりと頷いた。
「良いよ」
するとマイクロトフはカミューの瞼に触れていたらしい指先をそのままこめかみに移し、更に髪に差し込んだ。そして問うた。
「あまり妙な事ばかり考えすぎて、頭痛にならんのか」
「……え?」
「大体傍にいても良いかなどと、お前がそんな殊勝な事を聞く奴か?」
「な……」
「問答無用で同盟軍までついてきたくせをして、今更だなカミュー」
にやりと笑う黒い瞳。
瞬間、カミューの中から切なさが吹き飛んだ。
「……わたしがエンブレムを捨てた時、馬鹿みたいに嬉しそうな顔をしたのはどこの誰だ」
「俺だな」
余裕ぶって自信満々で応える声に被さるようにカミューは唸る。
「勝手に先走って熱くなって無茶をして」
「だがお前は喜んでそんな俺についてきてくれたろう」
「調子に乗るなこの馬鹿」
ごつんと拳を作ってマイクロトフの黒髪に覆われた頭を殴ると「痛い」と痛がってもいない声が返る。
「俺を調子に乗らせているのはカミューだろう。さぁほら、寝るぞ」
肩を押されてそのまま寝台へどさっと押し倒された。のみならずそのまま衣服を暴く手にカミューが目を見開いた。
「なっ、どこを触っている」
「だから、寝ようカミュー」
「意味が違うだろう」
叫びはだが、夜も遅いので囁きに近い。しかしそれはすぐにマイクロトフの唇によって吸い込まれてしまった。
不覚を取ったと内心で悔やみ、カミューは性急な求めに諦め半ば応じ始める。
マイクロトフの言葉どおり、どうやら雨の音にらしくも無く感傷的になっていたらしい。全くもって、不覚である。
「カミュー」
そしていつの間にか、低く熱を孕んだ声へと変じたマイクロトフの呼び掛けに、軽く溜息を落としてカミューもその背を抱いて返す。まぁ良いだろう。夜は長い。殊更、雨の夜は。
いつの間にか、風は止んでただしとしとと空気を濡らすばかりの静かな雨音へと変わっていた。
END
昨年行ったアンケートのご協力御礼SSです
おかげさまでご訪問者の傾向が良く分かって運営の助けになりました。
メールアドレスを教えて下さった方のみにお送りしたものです。
あれから一年経ったのでお披露目。
梅雨時期ちょっとばかりセンチメンタルな赤さんでございます(笑)
でも青の晴れやかさに救われておりますね〜
2002/06/21