玩具細工


 節張った男の指先が、磨きのかかった木目を滑るように撫でていく。
 コツ、と音を立ててその爪が木目の一部を押しやると、コトンと音を立てて、掌の中の木材の塊が微妙に形を変えた。
「ここか」
 低い呟きを聞いて、カミューはくすりと笑う。よほど夢中なのか、視線の先、男の黒い瞳は掌の中の玩具細工に集中していてカミューなど眼中にない。

 コトリ。

 木の素材、それ自体が密度の濃い重いものなのか。
 剣だこのある指が細工の一部を動かすたびに、音を立てる。

 カタン。

 一度、細工を開く一端を掴めば、男は順調に木の部品を叩いたり滑らせたりして、少しずつ細工の形を変えていく。一見して何処に境目があって、何処がくっついているのかすら分からない、見事な寄木細工なのだが、指先で触れて見えるものがあるのだろう。

 コトン。

「ああ、なるほどな」

 トン。

 カタ、コン。

 大きな掌で覆うようにして、太く節張っているけれど意外に繊細な動きを見せる指先が、木を動かしていく。

 カコン。

 玩具の細工は、もはや最初の形から大きく輪郭を変えていて、それなのにその部品のひとつさえ零れ落ちていない。細工職人が粋を窮めて設計し木材を削り出し、木目を揃えて作り上げた精緻で高級な玩具。
 不得手な者に与えれば、その形を崩すことも出来ずに癇癪を起こして投げ捨てかねないほど、難解な謎解きにも似た、その玩具を、しかし男の手はするすると解いていくのだ。

 コン。

 コト、トン。

 そして暫く、木の滑る音とぶつかる音が室内に小さく響いていた。
 ところが。



「……これだ」

 不意に吐息交じりの声が零れて、黒い瞳がそのときになって漸く、掌の細工からカミューへと向けられた。

「どうしたんだい?」
 優しく問いかけると、男は掌のそれを軽く持ち上げた。
「解けた」
「うん?」
「楔を漸く見つけたのだ。だが、これを抜くと全てばらばらになってしまう」
「良いよ、それが目的だ」
「……しかし、これを外してしまうと、俺は元に戻す自信がない」
「良いんだ。ばらばらにしてごらん、マイクロトフ」
 頷いて見せると、マイクロトフは「それならば」とやにわに立ち上がるとカミューの目の前に来て掌を差し出した。
「見ていろよ」
「うん」
 目の前で、マイクロトフの指先が細工の中の一本の部品を摘んだ。それを、斜めに捻りながら引き出していく。驚くべきことに細長い四角錐の部品に見えたそれは、引き抜かれていくと錐の辺が途中から螺旋を描いていた。
「あ」

 ―――カ、タン。

 カミューが小さく声を上げたときだった。
 するりとその部品が細工から完全に抜けて、途端にマイクロトフの広い掌の上で、塊がばらばらの幾つもの部品に分かれてしまった。

「これで、良かったのか?」

 窺うように問うてくる声に、カミューはうんと頷いてマイクロトフの掌から木材の部品を幾つか選ってつまみあげた。

「見てごらん」
「うん?」
「文字が書いてある。これは、分解しなければ読めないようになっていてね」
「なんと書いてある」



「この秘めたる想い 暴きしからには もう隠せはしない」

 読み上げたカミューにマイクロトフは首を傾げている。
 カミューは笑ってその頬に手を伸ばして触れた。

「これは、細工職人が身分違いの貴族の令嬢の婚約祝いに送った品だ。『私をなんとも思っていないのなら、決して触れずにいて下さい』と告げて」
「なんだと?」
「さて、この最後のパーツに書いてある、言葉。何だと思う?」
「………」
 沈黙した男に、カミューは琥珀の瞳に笑みを滲ませてその頬を掌で撫でた。
「細工職人と令嬢はどうなったと思う」
「どうなった」
「二人で幸せに暮らした。一度ばらばらにした細工は、だから再び細工職人の手で元通りに戻されて、その想いと共に大切に令嬢の手元に仕舞われた」
「ふむ」
「ほらマイクロトフ。お前が引き抜いた最後の部品、そこに書いてあるはずだ」
「………」
 硬い指の腹に挟まれたままの細い部品。それをちらりと見下ろしてマイクロトフは口を真一文字に結んだ。
「カミュー」
「うん?」
「……それを言いたいがために、俺にこれを解かせたのか?」
「そうだと言ったら?」
「回りくどい真似をする」
「たまには趣向を凝らせても、いいじゃないか」
「そんなものか」
「うん。だから、ほら。読んでごらんマイクロトフ」

 最後のパーツに書かれた最後の一言。



「カミュー………」

 耳元に寄せられた唇は、違わぬ言葉をカミューに伝えた。



 そしてカミューがふわりと笑ったとき。
 マイクロトフの掌から零れた細工が、―――カタン、と鳴った。



end



何十万円もする超高級寄木細工をご想像ください。
いっそ芸術品です。

2006/03/28