酒の濃度


 暑い日が続く。
 夜も湖から湖面を吹き抜ける風があればまだしも、無風の夜は寝苦しくてかなわない。それでもアダリーがつい先日画期的な発明をしてくれたおかげで同盟軍の人々は少しは救われた。
 なんと製氷機である。
 あのはた迷惑な発明家もたまには人の役立つ事をしてくれると名誉挽回のアダリーである。
 おかげで真夏の夜に、氷で割った酒が飲める。

 原酒はとろりとした琥珀色のそれは、氷と冷水で割ると綺麗な金色の飴色になる。喉越しは涼やかで香りも爽やかだ。
 湖からではない地下水路から汲み上げた水も美味いのだ。

「本当におまえは美味そうに飲む」
 ふと正面から零れた声にカミューはグラスから顔を上げた。すると笑いを噛み殺したようなマイクロトフの顔があった。
「実際美味しいからさ」
 当たり前の事を答えると、同じものを飲んでいるはずのマイクロトフはグラスから一口煽ると妙に顔を顰めた。
「俺はここまで薄めてしまうとあんまりな」
「おまえは原酒を湯で割るほうが好きだったかな」
「ああ、よく覚えているな」
「それはね……」
 好きな男のことならね、とカミューは内心で呟いてにこりと笑った。マイクロトフは首を傾げたがカミューが覚えていたのが嬉しかったか微かに口元を綻ばせた。
「だが流石にこの暑さでは湯で割ったものも美味くはないか」
「そうさ。この冷たさこそが今は良いんだろう」
 そしてグラスを傾けると氷がカランと澄んだ音を立てた。なんとも心地良い音だと思った。
「贅沢だね。ロックアックスでも氷はあったけれど貴重品だったから」
「ああ冬場はともかくな」
 一応『水の紋章』を利用しての製氷機はあったのだが、氷を作り出すのに時間が掛かるし半永久的に動かせるものでもなかった。氷はあくまで食料品の保存のために必要だった程度のものなのだ。
 それをあのアダリーが偶さか軍主の少年に『流水の紋章』を投げつけられて後頭部を強打した際に閃いたのだというから、世の中はどう転ぶか分からないものだ。どうも聞くところによればまた難解な注文をしてあの少年を怒らせたらしい。仲間入りの際にも紋章をぶつけられたと聞くからよくよく紋章当たりの良い男なのかもしれない。
 だがおかげで今では毎日のように子供たちが氷を削ったものに果物を混ぜて食べたりしている。
「これだけでも、ハイランドと同盟軍との士気が違ってくるとは思わないかい?」
 くすくすと笑いながらカミューはグラスの中の冷たい酒を飲む。ゴクリと喉を滑り落ちるそれは本当に暑気をさっぱりと払ってくれるから嬉しい。
「確かにな」
 小さく頷いてマイクロトフも手の中でグラスを傾けて氷を鳴らした。だがやはり冷たさにユラユラと揺れる薄い金色の酒を見下ろす瞳はどことなく不服そうだった。
 カミューは首を傾げる。
「おまえ、そんなにこの酒の味が好きだったか?」
 確かに好きな味が氷水で薄くなればつまらないかもしれない。けれどこの暑い盛りに原酒に近い酒を煽ればそれこそ身体が火を吹くように暑くなるだろうに。
 するとマイクロトフは「いや…」と微かに首を振った。
「これも充分に美味いぞ。冷たくて気持ちが良いし。だが……」
「だが、なんだ」
 問い詰めるとマイクロトフはグラスから顔を上げて何故だかカミューの顔をじっと見た。
「俺はこの酒の色が好きなのだがな」
「は?」
「こんなに薄められてしまってはつまらない」
「色だって?」
 言われてカミューはちらりとキャビネットの上に置かれてあるこの酒のボトルを見た。色つきのボトルの中身の色は生憎見えないが、それでも薄める前の色は知っている。
 とろりと、溶けるような琥珀色。
 思い浮かべた途端にマイクロトフが残念そうに呟いた。

「おまえの目の色と同じで、おまえの目を舐めているみたいなのに」



 冷たい酒は涼やかなはずなのに、カミューは一瞬で身体中が火照るのを感じたのだった。



end



うちの赤さんの目の色は琥珀色です。ちょっと濃いめ。
そして二人が飲んでいるのはブランデーの氷水割りですが、
私が最近飲んでいるのは焼酎のレモン水割です。
氷をこれでもかと入れて飲むと冷たくて気持ち良いのです。

2005/07/26