収穫祭


 その日、ハイ・ヨーのレストランではとある特別メニューがずらりと並んでいた。

「……何事だ…」
 メニューを眺めてマイクロトフが憮然と呟くと、カミューは店内を見回していた目を向けて、ある場所を指差した。
「あれが理由じゃないかい?」
 店内の端にある、小さな棚には常ならば燭台が置かれているはずだ。ところが今日はいつもの陶製のそれではなく、馴染みのある野菜がどんと置いてあるのだ。
「カボチャではないか……?」
「中を刳り貫いているんだね。あれは面白いな、笑っているじゃないか」
 カボチャはへたの部分を切り取られ、そこからごっそり中身が抜けている。どうやらメニューに並ぶ数々の特別料理の材料がそれらしい。ちらりとメニューを見下ろせば、シチューやパイや、サラダやフライや、とにかくあらゆる料理に今日は「カボチャの」と付いているのだ。
 確かにレストラン中に据え置かれているそれらの量を考えただけで、充分料理の材料になりそうではある。
「あれが今日の燭台なんだね。愉快な趣向じゃないか、誰が考えたんだろう」
 ぽっかりと刳り貫かれた両目と湾曲に笑む口から、蝋燭の灯火がちらちらと見える。マイクロトフはそれを見て不審げに眉根を寄せたが、カミューはすっかり気に入ってしまった。
「あれ、欲しいなぁ」
「なんだと?」
 目を剥くマイクロトフにカミューは笑いを噛み殺して続ける。
「だって部屋に置いたら楽しい気分になれそうじゃないか? よし、食事を終えたらハイ・ヨー殿に聞いてみよう」
「本気かカミュー」
「うん」
 と、そこへ給仕姿の少女が通りがかったので、カミューはさっそくカボチャのスープとパンとサラダとを頼んだ。オレンジ色尽くしのそれらはほんのりと甘く、とても美味しかった。
 ついでにカボチャのパイも食べたが、これもクリームがたっぷり入っていて濃厚な味わいでとても満足できたのだった。
「さて、厨房に行ってみよう」
 口元を拭いて立ち上がるカミューに、マイクロトフも不承不承といった具合で立ち上がる。そのマイクロトフはといえば、ステーキに添えられていたカボチャのスライスされたフライを食べたくらいだ。

 どちらかといえば、こうした普段と少し違う趣向に好んで乗っかるのがカミューであり、マイクロトフの方は日常の繰り返しを変化させるのを嫌う傾向にある。
 堅実な男らしいといえばそうなのだが、たまには違うものを楽しめば良いのにと主張するカミューに振り回されている。また逆にマイクロトフも、放っておくと羽目を外し過ぎそうになる親友を止める役割を担っているので、結果的にはどちらも似たようなものかもしれない。
 この時もマイクロトフは言葉少なくハイ・ヨーは仕事中なのだから邪魔をしてはならないのではないか、と訴えたが、カミューは笑顔でそれを黙殺した。
 実際ハイ・ヨーは快く答えてくれた。
 鉄鍋の上で景気良く具材と調味料を躍らせながらだったが、あれは軍主の少年とその義姉が持ってきたものだと言った。ついでに大量のカボチャの中身も持ち込んでくれたおかげで、今日のメニューが出来たのだとも。
 それを聞いてカミューは顎に指をかける。
 それでは今頃レストラン以外にも出回っている可能性がある。
 カミューはふむと頷きマイクロトフと共にレストランを出ると、廊下の端々に良く見ればカボチャランタンが置いてあるのを見つけてにんまりと笑う。そしてカボチャは置いてある通路とそうでない通路があり、必然、置いてある方へと進んでいく。すると。
「もう手が疲れたよ〜」
 ナナミの泣き言が聞こえ、ひょいと覗き込むと洗濯場のある芝の上で、ごろごろと大量のカボチャを前に少年少女が二人、座り込んでいた。
「どうかなさいましたか?」
 堪えきれない笑みを浮かべつつカミューが出て行くと、振り返ったナナミが泣きそうな顔で飛びついてきた。
「うわぁ〜ん、カミューさん!」
 がしっとしがみつき、カミューの胸元にぐりぐりと頭を擦り付けてくる、そのナナミの頭をぽんと撫でてやると、その後ろから笑みを貼り付けた少年が追ってくる。
「ナナミ、カミューさんが困ってるよ」
 そして少年の手がナナミの襟首を後ろからぐいっと引いて、カミューから引き離す。しかもその時カミューもまた背後から伸びた腕に腰を浚われてナナミから離された。
「く、苦しいじゃない!」
「あ、そ。ごめんね」
 けほけほと咳き込むナナミに、少年は悪びれずに襟首から手を離すとふんとそっぽを向く。カミューも背後から自分を抱え込むようにしているマイクロトフを振り返り見たのだが、あらぬ方を向く男の横顔しか見えない。
「マイクロトフ」
 突然抱え込まれ、わけが分からないままカミューが怒ったように名を呼ぶと、呆気なく腰は開放される。
「なんなんだ、おまえは」
 しかしマイクロトフは何も言わず、すっと横を通り過ぎるとカボチャの山の前で屈み込み、そのうちのひとつを拾い上げた。
「……お二人でこれを全て、ランタンに?」
 マイクロトフが片手に持ったそれをくるりと見回すと、ナナミががばりと顔を上げる。
「そうなの! もう五つくらい作ったところでへとへとなのに、まだこんなにもあるんだもん!」
「ナナミ。最初に作ろうって言い出したのはナナミでしょ」
「でもでも、こんなに大変だなんて思ってなかったんだもん!」
 拳を握り締めて反論するナナミに、少年はがっくりと肩を落としている。そこで事の次第が分かったカミューは、極自然に微笑を浮かべて提案した。
「お手伝いしましょうか?」
「え!?」
 ナナミが喜色満面で期待に満ちた目でカミューたちを見上げてきたのは言うまでもない。軍主の少年も、二人でやるには無理があると思っていたのか、すんなりと提案を受け入れた。
「それは助かるな。ナナミったら意地を張って、皆を驚かせるためにやるんだから手伝ってもらったら意味が無いって言い張るんだから」
「ううー。だってだって」
「なるほど、そうした趣向でしたか。我々も充分驚かされましたよ」
 カミューの言葉にマイクロトフも頷くが、橙色のカボチャを目の前に持ち上げて「だが」と首を傾げた。
「いったい、これはなんなのですか。カボチャをあんな風に刳り貫いたものを、俺は初めて見ました」
 するとナナミが既に作り上げた小さなカボチャを持ち上げて、そうでしょ、と嬉しげに笑う。
「私も知らなかったの。でもね、スタリオンさんが教えてくれたの」
「スタリオン殿が…?」
 駿足を誇るエルフの青年が脳裏に浮かぶ。
「あのね、スタリオンさんの故郷ってトランの向こうのすっごく大きい森の向こうなんだって。そのエルフの村で毎年収穫祭っていうのをやっていたんだって。これはそのお祭りで必ず作られていたものだって」
 トランのエルフの森はカミューも聞いた事がある。
 道案内が無ければ必ず迷うという大森林だ。それを聞いた時、カミューはグラスランドの、アルマ・キナンという隠れ里があるというクプトの森のようにまじないがかけてあるのかもしれないと考えたものだった。
 ともかくもその森には人間は入り込めず、コボルトとエルフがひっそりと、更に奥地にはドワーフが住んでいるという。なるほどスタリオンはそこの出身だったのか。
 だが先のトラン解放戦争の際、その村は大火に焼けたと聞いたが、今はどうなっているのだろう。そんな事を思い出すカミューの前で、ナナミは何も知らないのだろう、純粋にカボチャを眺めて喜んでいる。
 スタリオンもあえてその事は言わなかったのだろう。だから、カミューも口を噤むことにした。
「なるほど、そんな村の祭りなら皆が知らなくとも頷けますね」
 カミューでさえ知らなかったのだ。カボチャをこうして刳り貫いて蝋燭を置くなど想像すら出来まい。
「うん。でもこれすごく可愛いし楽しいでしょう? 城中に置いたら皆喜ぶだろうなぁと思うの」
 幸いカボチャはトニーの畑で沢山採れたし、中身はハイ・ヨーがレストランで調理してくれるし。ふむ、とカミューもマイクロトフの手からカボチャを受け取ると、固い皮のそれをコンコンと叩いた。
「やっぱりお手伝いしましょう。沢山出来ると良いですね」
 そしてカミューはマイクロトフを無理やりに巻き込んで、カボチャを刳り貫く作業に着手した。
 ナナミよりはナイフの扱いに慣れている二人は、それなりに手際良くカボチャの中身を刳り貫いていった。スパスパとナイフを刺し込み手首の微妙な捻りで中を掻き出していく。
 そして中がすっぽりと抜けたものをナナミたちに渡すと、彼らは喜んで多様な表情をカボチャに刻み込んでいった。
 笑った顔が多い中、泣き笑いのようなものや恐ろしく目を吊り上げているものや、猫か何か動物のような顔もあった。それらを見て器用なものだとマイクロトフが呟いている。
 そこでカミューは今刳り貫いたばかりのカボチャをしげしげと見やると、おもむろにナイフの切っ先を突き立てた。
 ザクザクザク。
 そして。
「できた」
 ふふふ、と満悦顔で笑うとカミューは掌でさらりとそのカボチャを撫でて、一心にナイフを動かしているマイクロトフをちらりと見た。
「マイクロトフ」
「ん?」
 顔を上げるところを見計らって、出来上がったカボチャをひょいと投げる。
「おい」
 驚きに目を瞠りつつも、マイクロトフの片手は危なげなくカボチャを受け取りそれを目前に掲げると、むっと眉間に皺を寄せた。
「何だこれは」
 それにカミューはくすくすと笑って言ってやった。
「マイクロトフ。似てないかい?」
「……む」
 黒い瞳がじっと見やるのは、自分と良く似た顔をしたカボチャ。空洞であるが何処となくキリっとして見えるような目と、真一文字に引き結ばれた口。単純なのだがうまく特徴を捉えている。
 それをいつの間に側に来たのやら、マイクロトフの横から覗き込んだナナミが歓声をあげる。
「うわぁ〜すごい! マイクロトフさんだよ!」
「わ、本当。似てますね」
 義姉の更に横から顔を突き出す少年も、こくこくと頷く。そこでマイクロトフも感心したようにしみじみと言った。
「器用だな」
 カミューはその言葉に得意げに笑ったが、「でも」と首を傾げた。
「でも、おまえの顔だからだよ。毎日間近で見ているからな」
 目を瞑ってもマイクロトフの顔なら思い出せると、にっこりと微笑んだカミューに、マイクロトフは成る程と頷いた。しかし、その傍らでは微妙な笑みで目を逸らす少年と少女がいた。
「……の、のろけなの?」
「ううん、きっと無意識なんだよ」
 だってマイクロトフさん普通に受け流してるもん、と少年が妙に冷静な意見を小声で述べると、少女は乾いた笑みながらもそうだね、とマイクロトフの顔を見る。
「……ま、まぁ良いや。数も随分作れたし、もうそろそろ城の皆に配りに行こっか、ね!」
 皆きっと喜んでくれるよ、とナナミが気を取り直すように手を叩き立ち上がる。それに合わせて少年もそうだそうだと地面に転がったカボチャたちを木箱に納め始める。
「あ、マイクロトフさんもカミューさんも有難うございました。おかげですごく沢山作れましたよ」
 確り者の軍主らしく騎士二人を労う少年の言葉に、マイクロトフはハッと気付いたように手にしていた自分似のカボチャランタンを差し出した。
 だがそれを少年はすかさず掌を押し出して拒む。
「いや、それは流石に貰えませんから。お二人の部屋にでも飾って下さい。あ、これ蝋燭です」
 代わりに、さっと差し出されたのはオレンジ色の短めのずんぐりとした蝋燭である。
「ちょっと奮発して蜜蝋です。純度が高いんで、溶けちゃった後でもこのカボチャの皮、ちゃんと食べれますから!」
 そしてカミューの手に蜜蝋を押し付けると、少年は義姉を連れてとっとと行ってしまったのだった。

「……行ってしまったな」
 見やれば転がっていたカボチャも、刳り貫いた中身の方も無くなっている。どうやら二人だけで運び出して行ってしまったらしい。
「じゃあ、部屋に帰るかい?」
 言いつけどおりに。
 そしてカミューが笑うと、マイクロトフは自分似のカボチャを持ったままこっくりと頷いたのだった。



 その夜、同盟軍の本拠地は、オレンジ色の暖かな灯火に囲まれたのであった。



end



ハロウィン前のお話でした。うーん、良く分からない話になりました。
単に、青の顔をしたパンプキンランタンがあると面白いな、と思っただけで(笑)
しかし、やはりこの時期になるとあちこちでハロウィン雑貨があって、
見ているだけで楽しくなってきますね。
どうしてハロウィン雑貨ってあんなに可愛いのでしょう。

2004/10/25