噂の人
荘厳なる石の城、ロックアックス城。
マチルダの中枢を担う騎士団の拠点である。そしてそこにあって常に緊張感を持って対峙せねばならないハイランドへ、鉄壁の守りを示し続けている騎士たち。
白、赤、青の三色からなるマチルダ騎士団。
そのひとつ、赤騎士団では今ひとつの噂が従騎士たちの間から密かに蔓延りはじめていた。
赤騎士の誰かが、赤騎士の誰かに熱っぽく愛を語られていたと―――。
ちなみにマチルダ騎士は全員が例外なく男ばかりである。噂している従騎士たちも勿論男ばかり。そもそもからおかしな噂であるのだが、それだけに興味をそそるのだろう。噂は実に事細かく虚実を交えて、赤騎士団を飛び出して青騎士団にまで飛び火する勢いだった。
「……赤騎士団所有の書物庫でな、愛を交し合った赤騎士同士がひしと抱き合い、互いの剣に心を誓い合っていたそうだ。その理由と言うのが、その片割れが赤騎士隊長の某に横恋慕されていて、その求愛を蹴った逆恨みを受けて恋人の方が前線送りになるからだそうだぞ」
酷い話だな。
最後にそう締め括った青騎士隊長は、その噂の赤騎士の某隊長と目されている親友を見た。そして、見詰められた方はと言えばにこりと口の端を持ち上げつつ、冷ややかな眼差しでもってそれを見返していた。
「ザガ、わざわざそんな噂を教えに来たのか」
「おまえならもう知っていると思うがな、ノエル」
その通りだと頷くザガに、ノエルは笑みを深めるとついと視線を逸らして部屋の隅にいた己の部下に目を向けた。
「すごいなカミュー。たった二日でこんなにも話が大きくなったぞ」
「誰の所為ですか」
すかさず簡潔に返したカミューに、ノエルはにやと目を細める。
「ふふん、まさか私まで登場人物にされるとは思わなかったよ」
「当然ですね。何しろわたしはあなたの腹心のようですから」
「従騎士の頃からの仲だからねぇ。だったらどうして私がおまえに横恋慕して振られるんだろう……どうせならおまえと熱っぽく見詰め合うのが私だと言う方がそれっぽくないか?」
「知りませんよ……」
カミューは溜息混じりにこめかみを押さえながら首を振った。
騎士の位を得てまだ一年。
叙位から直ぐに、精鋭揃いで且つ紋章使いの多い第二中隊に配属されたのは嬉しかったが、その隊長が従騎士の頃に仕えていたノエルであったのは故意か偶然か。
何処までもこの不可解な言動に振り回され続けるのが運命かと、常々悲観的になりがちなカミューであった。
そもそもが、この鬱陶しい話題の発端がカミュー自身であった。
そんなカミューがこのノエルという男の部下であった事が噂の広まってしまった原因であり、事情を知らないザガに大雑把な説明をしてから、また溜息混じりに零す。
「他言無用と申し上げた筈ですのに」
ちらと上司を睨み上げるが、白々しい鼻歌で誤魔化された。
大体、根のところからこの噂は間違っている。書物庫で愛を語られていたのではなく、押し付けられそうになったのだ。しかも力づくで無理やりに、願い下げな一方的な愛と言う奴を。
少々不本意ながら渾身の一撃でその愛とやらを退けて、のびた相手を残して書物庫を出たところでこの上司とばったり出くわしてしまったのが運の尽きと言おうか。
乱れた髪と服の皺に目敏く気付かれて、何があったのだと煩く問い詰められて、白状した翌朝にはノエルと年の近い別の隊長から大変だったなと肩を叩かれた―――。どうして話してしまうのだと憤ったものの、その昼過ぎにはカミューに撃退された例の赤騎士が前線送りの辞令を受けたのを知って口を噤んだ。
ノエルの計らいだったのであろうが、そんな前線送りとなった赤騎士の上司が独り言を呟く癖の持ち主だったのは、更なるカミューの不運だったのだろうか。
こんな馬鹿げた噂が広まってしまうくらいなら、何もしてくれなかった方が良かったと思わないでもなかったのだが。
「下衆と同じ空気なんか吸いたくないね」
ノエルはケッと吐き捨てるようにそう言うのだ。それを聞いて彼の親友は顔を顰めた。
「……おまえ、カミューをダシにして自分の溜飲を下げるためだけに、無駄に権力を行使しとらんだろうな」
どういう意味だろう。
ふとカミューが首を傾げると、ザガと目が合う。するとザガの瞳がにやりと意地悪げに歪んだ。
「カミューは知らんか。ノエルもな、昔おまえと似たような目に合っているんだ」
「ザガ!」
鋭い叫びも無視してザガは続ける。
「今はこんな風にふんぞり返っているが、当時はこれも一介の騎士だったからな。碌な仕返しも出来んと良く八つ当たりをされたんだ、俺は」
「そうでしたか」
だとしたら今は充分な仕返しが出来るわけである。無駄な感謝をする前に聞いて良かった、と内心で思いつつカミューは一転して不機嫌な表情を浮かべるノエルを見詰めた。
すっきりとした目鼻立ちに柔らかな印象のある眉や目許が、彼の若い頃、今のカミューのように見掛けからの誤解を周囲に植えつけていたのだろうか。
まったく外見だけで同性を襲うような輩の気持ちが知れない。実を言えばノエルの言葉にはカミューも同感で、いつあの下衆とすれ違うか分からない環境など、忍耐力を鍛えるばかりで気が休まらないではないか。
何しろ、再びあの顔を目にしようならば、今度はたった一撃で済ます気がないカミューであった。それを思えば、相手が前線送りになったのは感謝せねばなるまい。騎士団内では私闘は禁じられているのだ。拳骨一発だけでも処分の対象なのだから、あんな屑のために自分が罰を受けるのは間違っている。
「ま、そんな事情がおありなら噂への登場も自業自得でしょうか。人の口に戸は立てられませんし、後は噂が廃れるのを願うしか出来ませんね」
「可愛くないぞカミュー」
「馬鹿を言いなさい」
「うう、ザガぁ〜」
部下にぴしゃりと叱られて、今度は親友の方に助けを求めたらしい。だがその親友も難しい顔をしてそんなノエルを見据えた。
「ともあれ、そんな事情があるのならおまえは自業自得というやつだ。せいぜい、カミューの信奉者から闇討ちにあわんように気をつけろ」
だがその言葉に驚いたのはカミューだ。
「は?」
目を瞠ってザガの言葉に聞き慣れない、と言うよりも意味の分からない単語があったからだ。ザガは重みのある低音の声音をしているが、その声の通りは良い。だからカミューの聞き間違いの可能性はあるまい。ならば。
「信奉者って、なんです」
するとザガはきょとんとし、ノエルと顔を見合わせて首を傾げた。
「おい、ノエル」
「うん。なんだい?」
「これは、冗談ではなく本気なのか」
「そりゃそうさ。この子はそんな面倒なことはしないよ。これはね、本当に本気なんだよ」
言ってノエルはくるりと立てた人差し指を回すと、にやりと笑みを浮かべた。その悪戯な瞳がザガを見詰め、それからゆっくりとカミューへと定められる。
「君は常に何かしら否定的だからなぁ」
ノエルは肘を突いて両手を組み合わせて喉奥で笑った。そんな上司の言葉にカミューはまだ驚きを含んだままの顔で首を傾げている。しかしザガは「そうなのか」と低く呟いて微かに眉をひそめていた。
「あんなあからさまな態度の奴がいつも傍に居るというのになぁ」
「あぁ、そうだね。まぁ彼の場合もあれはきっと天然だろう? 意図のない感情にはとことん鈍感なんだよ、この子は」
ノエルはそして実に愉快そうに瞳を笑みに細めると、ふと立ち上がった。
「だがまぁ、本人の意識がどうであれさ、この厄介な噂は困るね。今後に支障をきたすじゃないか」
「どうするんだ」
「決まってる。打ち消すのさ」
この赤騎士隊長は何を考えたのやら、ひっそりと口元に笑みを貼り付けたままくるりと踵を返すと突っ立っているザガとカミューの横を通り抜けて「じゃあ行って来る」と言い置いて何処かへと去って行った。
取り残されてカミューは、閉じられた扉から青騎士隊長に眼差しを向ける。
「ザガ様」
「なんだ」
「今の会話の意味が分かりません」
するとザガは武骨な男にしては優しげな微笑を浮かべて、そんなカミューの肩をぽんと叩いた。
「そのうち分かる。お前はもっと、友人を作れ」
そしてザガもそんなカミューの横を過ぎて、出て行ってしまう。
カミューはその秀麗な面差しを不満に顰めて黙り込んだ。
遥かな大人たちの思惑は、まだ若い騎士にとって不可解極まりなかった。
さてノエルである。
彼は新しい噂を流すべく、のんびりと歩きながら知略をめぐらせていた。こうした大した実益にもならない事に喜々として動きたがるのが赤騎士のノエルという男である。
ここはひとつ単純に、当の噂を撒き散らした隊長にまた別の話題を提供してやるのも手だろう。だがそれでは今ある噂が益々混迷を極める可能性が高い。
ではどうするか。
にやにやと笑みを浮かべながら歩くノエルを、擦れ違う騎士達は恐れながら道を譲って通す。別に全員が噂を耳にしているわけでもあるまいが、この赤騎士隊長の貼り付いた笑顔は縁起が悪いというのは、誰もが知っている赤騎士団の噂だ。
常から機嫌の良い柔らかな表情を浮かべている男ではあるのだが、笑みが深まれば深まるほど、性質が悪くなるのだ。触らぬが吉というものである。
されど、そんな厄介な赤騎士団長に敢えて突撃するような者もいる。
噂などに耳を傾ける甲斐性はなく、しかし友を貶める風聞には居ても立ってもいられなくなる。そんな者が―――。
「ノエル様……!」
押し殺したような声に、軽快だったノエルの足が止まる。
くるりと振り向けば、一年前に騎士に叙位されたばかりの青騎士がきつく見詰めていた。ノエルの眉が片方ひょいと持ち上がる。
「おや、マイクロトフじゃないか。どうしたんだ、そんな息せき切って―――」
ノエルの言葉は途中で遮られた。
睨みつける瞳のあまりの強さにだ。
思わず軽く目を瞠り、ノエルは内心で感嘆する。
―――これは驚いた。いつの間にこんな目をするようになったんだ。
親友のザガは己の部下のことをあまり話してくれないから、たまにこうした驚きとめぐり合う。若者の成長は時として目を瞠るほどに急速だからだ。
―――しかし動機がいまいち、情けないな。
ノエルがくすりと笑みをこぼした。
するとマイクロトフは不快げに眉根を寄せてむっとする。しかし今にも怒鳴りつけたいのを我慢するかのように口を閉じ、大股に歩み寄ってくると間近から改めてノエルを睨みあげてきた。
それを面白そうに見下ろしてノエルは首を傾げる。
「何か用かい?」
「カミューが」
「うん?」
しかし勢い込んで来たわりには、何を言うべきか纏めてこなかったらしいマイクロトフは口ごもる。眼差しだけは強く多弁にあらゆる感情を語っているのだが、口の動きは鈍いのだ。
堪らず吹き出しそうになりながらノエルは我慢しつつ、若者が言葉を吐きだすのを待った。するとマイクロトフは戸惑いつつも感情を言葉に載せはじめた。
「俺は何も知らなくて、だから本当は何も言えるような立場ではないのだと思う。だが、もしそれが事実なら俺はノエル様が、許せない」
「マイクロトフマイクロトフ」
やっぱり堪え切れずに吹き出すと、ノエルはマイクロトフの憤りに震える肩をぽんと叩いた。
「落ち着きなさい。それじゃあ何を言っているのか全然分からないよ」
まぁ流布した噂が彼の耳に入ったのだと考えれば、言いたいことが分からないでもない。そもそも、この若い青騎士がこんな廊下のど真ん中で他団の隊長であるノエルを不躾にも呼び止める理由など、それ以外には考えられないのだが。
いやはや若いって良いな、などと見当違いの感想を抱きながら、ノエルは叩いたマイクロトフの肩をそのまま離さず掌で揉んでやる。
「それに、なあマイクロトフ」
「はい」
間を一歩で詰めて、ノエルは若い青騎士の耳元に顔を寄せる。
「君、隊長に対する口の聞き方を知らないのかい?」
途端に掌の下の肩がびくんと震えた。
これは顔色を青くして慄くかと思いつつ、ノエルはにいっと笑顔を深くするとちらりと間近に迫ったマイクロトフの顔を見た。ところが。
―――おやおやおやおや。
不器用ながらも信念だけは突き通す勢いで、マイクロトフはじいっとノエルを見返していた。普通なら、叙位して一年目のひよっこ騎士など隊長格の騎士に凄まれたら目も合わせられないようなものだが。
これは本当に面白い。
ノエルはそう思って更に笑みを深めた。そして顔を離すと肩からも手を退けてまた首を傾げる。
「まぁ今更の話だがね。ザガや私に対するような口調で慣れていてはいけないよ?」
「……申し訳ありません」
「うんうん。それでさマイクロトフ、おまえはもっと友人を作りなさい。カミュー以外にね」
「は…?」
「その猪突猛進ぶりは見ていて面白いが、あの子にしてみたら気苦労の元にしかならないよきっと。だからね、たとえば今日おまえにその噂を耳打ちした相手と、もっと落ち着いて話ができるくらいにはなりなさい」
「ノエル様?」
先程までの強い眼光はいつの間にか消え失せ、今はキョトンとした顔でノエルの不可解だろう言葉を必死で聞いている。
「ま、常にあの子の味方でいてくれるのは嬉しいけど。早合点は良くない良くない。それよりも考えたら何かな、私はそんなに疑いすら持たれないほどのろくでもない印象なのかな。それはそれで問題だな」
「あの、ノエル様……俺、なにか…」
目の前でぶつぶつと呟き出した赤騎士隊長に、マイクロトフは益々混迷を極めている。そんな青騎士の動揺に、直ぐに気付いてノエルは微かに苦笑した。
「君は、素直で良いなぁ」
「はい。え?」
そしてノエルは、じいっと友人の部下を見下ろして、その友人の怒った顔を少しばかり想像してから、にやりと笑った。
「少々、気が咎めないでもないが……―――なぁマイクロトフ。カミューの嫌な噂なんてこれ以上聞きたくないだろう?」
「は? あ、はい」
咄嗟にこくりと頷いた青騎士に、ノエルは「そう」とこの男にしては優しく微笑んだ。
「いい友人だ。じゃあ、そんなカミューのために一肌脱いでやろうという気は、勿論あるよな?」
「それは、俺にできることがあるのなら」
ある、と。
そう頷いたマイクロトフに、ノエルはこれ以上はないというくらいの極上の笑みを浮かべた。
「合格だマイクロトフ。では私のためにも一肌脱いでくれ」
「は…? え、う………っ!!!!!」
マイクロトフが驚いたのも無理はない。
ノエルは極上の笑みのまま両手を差し伸べると、かなりの強い力でマイクロトフの顎を捉えると確りと仰向けさせ、黒い瞳が驚愕に見開かれるのも構わず、―――口づけたのだ。
場所は、ロックアックス城内の廊下である。
実は先程から、そんなノエルとマイクロトフの遣り取りをはらはらと見守っている他の騎士たちの姿もちらほらとあった。
そんな場所で。
ノエルは逃げられないようにマイクロトフの顎を抑え込みながら、たっぷりと数秒間深すぎるほどの口づけを施してやったのである。
緊迫し凍りついたそんな状況が、漸く口づけが解かれた時に緩み、同時にマイクロトフが茫然自失の状態でノエルの手から放り出される。
「うーん微妙」
ノエルはそんな感想を述べて、己の唇を拭うと固まったままのマイクロトフをびしりと指差した。
「前言に追加だ。友人と一緒に恋人も作りなさい」
「………」
「それじゃあね」
何も答えない。否、答えられないマイクロトフを置いてノエルは再び軽快な足取りで廊下を進んでいく。去り際、手間が省けたと呟いた彼の声がマイクロトフの耳に入ったが、そんなものは聞いちゃいなかった。
ただただ、今自分に起きた出来事が理解できずにマイクロトフは固まったままである。
そしてそんな若い青騎士を、凝視していた周囲の騎士たちが、何かを思い出したかのようにその場を慌しく立ち去ったのは、それから直ぐ後の事である。
「…で、なにがどうなってこうなるんだ」
静かなザガの声がノエルの頭上に降る。
場所は騎士団内の兵舎にある、ノエルの私室だ。夜になって突然に訪れた親友を迎え入れた部屋の主は、むっつりと不機嫌顔のザガに苦笑いを返した。
「やり過ぎたみたいだなぁ」
あははと笑うその頭を、ザガが取り敢えずといった具合で殴る。
「痛い」
「マイクロトフの方がもっと痛い」
「なんで、別に乱暴は働いていないぞ」
「充分乱暴だ。無茶な真似をしやがっておかげで午後は全く使い物にならなかった」
「そうなのか? いやいや思っていたよりも奥手だったのか」
「しかも、今朝以上にろくでもない噂を作りやがって……」
「ああ、そうなんだよな。本当に、噂の調整って難しいよなぁ」
ちょっと失敗、と笑うノエルに、再びザガの拳骨が飛ぶ。ごつんと痛い音がしてノエルは「止せよ」と苦笑しながら逃げ出した。
「私だって思ってもいなかったんだって。まさかマイクロトフがあそこまで注目を集めているなんて知らなかったんだから」
「知らなかったで済むか。あいつは青騎士団の中では有望株なんだぞ。今回の事であいつの将来になにかあったらおまえは責任を取れるのか」
「ええ〜、そんな大袈裟に言うなよ。噂なんてものは直ぐ消えるんだからさ」
「それが待てなくて余計な真似をしたのは誰だ」
大人しく部下に横恋慕した某赤騎士隊長で収まっていれば良いものを、とザガは拳骨から逃れて部屋の隅で降参の手を挙げる友人を睨み据えた。
噂。
この日の昼から、突然に城中をかけ巡った噂の主は、某赤騎士隊長と某青騎士だった。
ちなみにノエルの役どころは、若い青騎士というれっきとした恋人がありながら、部下の赤騎士にも横恋慕した気の多い隊長である。
更に噂の内容が酷くなったのは、もう言うまでもない。
「それにしたって酷すぎる。私はとても優しく口づけてやったはずなのに、どうしてこの誠意が伝わらなかったんだ。あれを見ていた奴らの目は節穴か」
「おまえの誠意なんぞ糞食らえだ」
「ああ、酷い」
そして哀れなマイクロトフの役どころは、そんな某赤騎士隊長に弄ばれる純真な前途ある青騎士なのだが、これが朝までの噂と微妙に入り組んでくるのである。
「そもそも、あいつらが親友同士なのを忘れるやつがあるか」
「……だって赤と青に離れているんだから、大した事はないと思うじゃないか。私はもっと別の噂が流れるのを期待していたのに」
「あいつらはあれでも有名なんだ」
「思い知ったよ」
がっくりと項垂れて、もうザガからの拳骨から逃れるのも諦めたノエルがぶつぶつと呟いた。
「だけど、どうして私がまた捨てられるんだよ。横恋慕の次は失恋か」
噂の締め括りはこうである。
気の多い赤騎士隊長への想いを断ち切った青騎士は、その足で親友である赤騎士の元へと走った。
出迎えた赤騎士は、しかし実は前線送りになった赤騎士の恋人ではなかった。
実は彼らは以前から想い合っていたにもかかわらず、執拗な赤騎士隊長の求愛を恐れて、片方は別れられず、片方は偽りの恋人を仕立てて密かな恋を交わしていたのだ。
だが、もう心を偽る必要もない。
かくして強く結ばれた赤騎士と青騎士を前にして、赤騎士隊長もこれ以上は出す手もなく結局ついには諦めたとか。そしてここにひとつの幸福な恋人同士が生まれたのである。
めでたしめでたし。
「って、本当にマチルダは平和だなぁ」
「何よりおまえの頭がな」
「本当に酷い……」
項垂れるノエルの頭をガツガツと殴りながらザガは夜が更けるまで説教を繰り返し続けた。
だがその夜が明けてから、カミューからは冷ややかな眼差しで応対され、マイクロトフからはお化けのように恐れられることになるのをノエルはまだ知らない。
そしてそれが向こう一ヵ月以上続く羽目となるばかりか、赤騎士からも青騎士からも、時折殺気立った気配をぶつけられることになるのも、この赤騎士隊長はまだまだ知らないのである。
END
ノエルが主人公になってしまいました(笑)
100000HITキリリクになります。リクエスト内容は、
『マイクロトフとカミューと、その先輩騎士ノエルとザガ(オリキャラ)の四人のお話』
このノエル様とザガ様は開設一周年企画で登場しております。
その時は青赤が見習い騎士一年目の少年時代の話です。
今回は正式な騎士になって一年目くらい。
まだカミューもマイクロトフも若くて、信頼のできる友人が少なそうな時期ですよ。
彼らがまだ、自分たちが噂の的になるくらい目立ち注目されているという自覚がない頃です。
若いって良いなぁ。
2003/11/03