暗い炎
火の爆ぜる音が耳奥をくすぐる……。
音を聞いただけで目を瞑ると瞼の裏に燃え盛る炎が見える。
―――そういえば、いつも炎だったな。
顔を上げるとそのおもてに、炎の熱気が照り付ける。
ぼんやりと小さな焚き火を見つめ続けていると、昔のことを何となく思い出した。
シャラザードが炎に包まれたとき……軍師の流す血の臭いと裏切られた怒りが蘇る。
そして驚き当惑したあの男の馬鹿面も浮かぶ。
次はグレッグミンスターが落ちた時。
とっさに剣ではなく足が動いてしまって、リーダーの代わりに矢を受けてしまった。
城は今にも崩れ落ちそうなのにどこからかわいて出る敵兵。
リーダーを先に行かせて敵兵を食い止めていた。
城の外は野営の炎で真っ赤だった。
このまま死んでもいいかなと、あの時確かにそう思った。
だけど敵兵を切り倒しながら廊下を駆けて来たあの男…。
負けていられるかと剣を構えなおした。
何とか脱出を果たした後、所詮剣の腕しか能のない自分たちに出来る事はもうないと、姿を消した。
故郷に帰ろうかとうそぶく奴と何となく一緒にいた。
―――他に行くあても何もすることがなかったからなぁ…。
「何笑ってんだ?」
背後から急に降ってきた声にフリックは驚いて振り返った。
「驚かせちまったか?」
そう言って歯を見せて笑うとビクトールはフリックの横に腰を下ろした。
ビクトールはおもむろに落ちている小枝を拾い上げると、焚き火に投げ込んだ。
木が火に爆ぜる。
「燃えちまったなぁ」
「ああ」
燃えてしまった傭兵砦。
「強かったなぁ。あいつ」
「ああ」
あのルカ・ブライトとまみえて無事でいられたことを感謝すべきなのか。
炎に包まれた傭兵砦を惜しむべきなのか。
剣士としても傭兵としても今回のことは後悔が残る。
「んまあ生きてて良かったけどなぁ」
「お互いしぶといからな」
「違いねぇ」
「皆…無事だろうか」
「どうかな。あのガキどもはちょっと心配だが」
活発な弟思いの少女。
大人びた寂しい目をした少年。
まだあどけない幼子。
そして寡黙だが誰かを思い出させる雰囲気の少年の…四人組。
「そういやぁ」
呟く男の顔を見た。
髪が横顔にかかって表情が見えなかった。
「元気にやってっかな。噂じゃグレミオとどっかいっちまったらしいが」
「リーダーか?」
分かった。
解放軍のリーダーだった少年だ。
同じだ。
あの物静かな少年はリーダーと同じものを持っている。
不意にフリックの胸を冷たい何かが去来した。
時に運命とも言う強大な目に見えない力がある。
それは人を集め、時代の大きなうねりの中へと突入させる。
その強大な運命に見入られた少年をかつて知っていた。
飛来した予兆は、かつての少年とかの少年とを重ならせる。
これは―――また大きなうねりを迎えるやも知れぬという予兆か。
―――また?。
『ドクン』と鼓動がフリックの身体を揺さぶった。
去来した冷たさと相反して指先から身体が熱を帯びてくる。
これは興奮
「フリック?」
ビクトールの声が遠い。
興奮が身体と心を支配し始める。
代わりに胸の奥に沈み込んで消えない冷たい塊が際立つ。
この冷たい塊はいつからあるのだろう。
そう―――彼女の死を知ったとき。
オデッサ
何故死んだ。
彼女だけじゃない。
たくさん死んだ。
無血の戦など有り得ない。
敵味方合わせて、多くの血が流れた。
―――今、俺は血だまりの中を―――死体の山の上を生きている。
多くの犠牲の上に何故自分はのうのうと生きているんだ。
何故あの時。
戦の決着がついた時彼女の後を追わなかったんだ。
どうして―――
「フリック!」
気が付くと目前にビクトールの顔があった。
必死な顔でフリックの肩を掴んで覗き込んでいた。
「あ……」
ふっとビクトールの表情が和らいだ。
「大丈夫か?」
「ああ……俺は……?」
「話しかけても返事しねえからよ。そしたら真っ青な顔で焚き火睨みつけてたから」
大きな手がフリックの髪を撫でた。
「また何か、思い出しちまったかよ?」
どうして―――とフリックはビクトールの顔を見た。
ビクトールは頷いて、少し照れたように目を逸らした。
「そりゃあ、俺でも少しは気が付く。お前がここに――なんか抱えこんじまってるってのはよ」
とビクトールは自分の胸を親指で叩いた。
「夜うなされてる事も少なかねぇし。それにあんまり火に近づかねぇところとかな」
「そういや、オデッサの髪は燃えるような赤だったなぁ」
びくっとフリックの肩がはねた。
それを押さえこんでビクトールは、この男にしては珍しい戦いの時ぐらいにしか見せない鋭い目でフリックを見つめた。
「何を怖がってる。何に、怯えてんだお前」
「……俺は」
「このままずっとそいつを抱えこんで生きてくつもりか」
ビクトールの手の甲が、フリックの冷たい塊が沈むあたりを叩いた。
―――このままずっと……。
「俺は……どうして」
「どうしてあの日……」
「あの時に……」
「死んでしまわなかっ……」
それ以上は言葉が続かなかった。
ビクトールの両手がフリックの頭を強く挟み込んだからだ。
「んの―――馬鹿野郎!」
怒号が鼓膜をビリビリと震わせた。
力強い指が、フリックの髪を絡みとってがむしゃらに握りこむ。
「てめえ、ずっとそんなこと考えてやがったのか!」
「い…痛い」
「うるせえ! 俺あ怒ってんだよ!」
「ビクトール」
「なんで死んでしまわなかっただと? ふざけたこと抜かしやがって」
掴まれた髪が痛かったが、これでも怒りを押さえているのだろう。
この男が本気で力を出したらもっと痛いはずだ。
「当たり前だ。死なれてたまるか! 俺が許さねえ!」
「どうして」
ふっと髪を掴む手の力が緩んだ。
途端に火花が散って、上体が揺らいだ。
殴られたのだ。
「おおかたオデッサの死や、仲間の死のこと考えてんだろう。なんでおめおめ生き残ってんだとかよ」
口の中に血の味が広がった。
「そんなもん、俺にしちゃあクソ食らえってもんだ!」
瞬間的に怒りが沸騰する。
「貴様っ!」
気が付くとビクトールを殴り返していた。
「やりやがったな」
ぺっとビクトールが吐いた唾は血で赤く染まっていた。
「死んだ者を侮辱するな……」
「侮辱だぁ?」
ビクトールはせせら笑った。
だが、次の瞬間その拳がフリックの鳩尾を深く抉っていた。
「侮辱してんのは手前の方だろうが!」
ビクトールの重い拳はフリックから素早い動きを奪った。
膝を突いて起き上がれないフリックを見下ろし、ビクトールは怒りもあらわに畳み掛ける。
「誰もが命かけて戦ったんだ。だがみんな死ぬつもりでいたんじゃねえ。出来るなら生き残って、平和な世界で暮らしてえと望んでいたはずだ。それを平和になった後、生き残った奴が死にたがる!」
思考が停止する
―――ああ、この男は……。
フリックは苦笑を漏らす。
この男には敵わない。
いつだって前を向いているのだ。
どんな目に遭おうとも、この男は真っ直ぐ前を向いて、そして導く。
その大きな手で。
「分かったかよ……」
呟くとビクトールは立ち上がらせるためにその手を差し伸べる。
「生き残ったからには這いつくばってでも生き延びろ。それが死んでいった奴らに対する礼儀だ」
男の手に重ねた己の手。
力強く引っ張り上げられてフリックは立ち上がった。
「ビクトール」
「なんだ」
「筋肉馬鹿かと思っていたが見直した」
「おまえそりゃ誉めてんのか? けなしてんのか?」
もう、ビクトールから怒りの波動は伝わってこない。
いつものとぼけた男に戻っている。
フリックは自分の口許が笑みにほころぶのを感じた。
胸の冷たい塊が、氷のように溶けて行くも感じる。
「当然、けなしてるのさ」
「この野郎」
END
ぎゃあああ〜〜〜。めっちゃ不完全……。
こんなのはオンラインに載せられないかも。でも載せるっ
2000/02/19