お掃除レディは見た


 ○日 担当:サリナ

 本日は兵舎二階の清掃をしました。騎士の方たちは皆様普段から整理整頓を心掛けていらっしゃるので、あの辺りのお掃除はとても楽でした。それでも男の方々ではやはり手の行き届かぬ場所もあり、それなりにお掃除のやり甲斐のある場所ですね。
 さて、気になったことを書いておきますね。
 あのカミューさんのお部屋のことなんです。カミューさんのお部屋は一番奥だったはずですよね? で、その手前がマイクロトフさんのお部屋のはずですよね? でもおかしいんですよ。ここ何日間ですけど、いつも朝、眠たげなカミューさんが出てこられるのが、奥じゃなくてその手前の部屋からで、私こんがらがっちゃって。奥がカミューさんの部屋のはずですよね?
 ○日 担当:キリエ

 サリナさん。カミューさんの部屋は間違いなく一番奥だよ。
 あの二人って親友だって聞くじゃないの。仲良いんでしょ。夜にどちらかの部屋でワインを飲んでるの見るわよアタシ。
 今日はアタシカミューさんの部屋掃除したんだけど。あの人って物少ないわよね〜。質素って言うか、でもすごく“らしい”部屋なのよね。必要なものはあるんだけど要らない物は全然置いてないのよ。それがさ、棚の隅になーんでか飴玉が三つ転がってんのよ。それがすっごく浮いててさ。実はこれ三日前から置きっぱなしなのよね。食べないのかなぁ。カミューさん甘いの嫌いだっけ?
 ○月◎日 担当:カヤ

 サリナちゃん、キリエちゃん。私はこの城にかなり最初の頃からいるんだけど、マチルダの騎士様方が城にいらっしゃった頃も当然知っているのよ。その頃ってまだ部屋数が足りなくてね、マイクロトフさんとカミューさんは実は同室だったのよ。その頃からお二人は仲が良くてね〜。
 あ、カミューさんの部屋の飴玉はね、四日前にマイクロトフさんがあげたものらしいわよ。甘いのお嫌いじゃないでしょうけど、大事に置いてあるんだと思うわよ。それに飴だけじゃないの。カミューさんの部屋にある石のペーパーウェイトあるでしょう? あれもマイクロトフさん絡みらしいわよ。
 あの兵舎の二階をお掃除するの私大好きよ。他の騎士さんたちもカミューさんとマイクロトフさんのことになると口が軽い親しげに話してくれるものね。
 ○日 担当:サリナ

 そうなんですか。有難うございますカヤさんキリエさん。
 あのお二人ってそんなに仲が良かったんですね。そう言えばお二人っていつも一緒ですね。良くマイクロトフさんがカミューさんの髪を触ってたりして、そんな時はカミューさんもマイクロトフさんにとても綺麗なお顔で微笑み返してらっしゃいますもんね。
 そうそう。お部屋のお掃除なんかはゴミを回収したり、埃を払ったりなんて程度ですけど、今日マイクロトフさんのお部屋を掃除する時に、近くにいた赤騎士さんが手伝ってくれたんです。カヤさんのおっしゃる通り、騎士さん達って案外お話しし易くて、進んでお手伝いしてくれました。でも埃を払う時にすごく熱心で、まるで親の敵みたいな感じでバンバン払ってくれました。
 そんなに力を入れなくて良いんですよ、って言ったらその赤騎士さんたら「つい」ですって。お力が強いんですものね、仕方ないかもしれませんけど可笑しくて。わたしったら失礼にも笑ってしまいました。
 ○日 担当:キリエ

 髪触ってんの? マジで? へぇ〜……
 そーいやアタシねぇ。マイクロトフさんの部屋でリボン発見しちゃった。ピンクのレースのシルクのリボン! すっごくそぐわないよね。暫らく悩んじゃったけど、悩んでもそこにあるのは確かだから元の場所に戻しといた。なんか大事にしまってたけど、どんな経緯でそこにあるのか気になるよね。飴と似たような理由かな。
 でも騎士さん達さ、アタシも何度か「手伝いましょうか」って言われたことあるわ。特にカミューさんの部屋掃除する時が多いよ。わかんなくも無いんだけど…綺麗だもんねあの人…。
 ○月◎日 担当:カヤ

 マイクロトフさんの部屋にあるリボンは元々、踊り子のカレンさんがカミューさんに差し上げたものよ、キリエちゃん。うまくいった良いことがあった記念にマイクロトフさんが貰ったらしいわ。
 それからねぇ、マイクロトフさんってカミューさんの髪を触るどころじゃないのよ。よーく見てたら分かるんだけど、あちこち触ってるわよ。手なんか、わざわざ手袋を脱がして撫でているのを見た時はもうたまら…//
 ともかくね。あの二人は見ていると厭きないわよ。特に揃って部屋にいる時がポイントよ! 扉が開いてたら拭き掃除をするふりをしてつい覗き見てしまうのよ私ってば…でもこれって掃除してる者の特権じゃない? それにそれぐらいの役得が無いと掃除って言っても大変だし……
 ○月日 担当:サリナ

 なんだか最近、ついマイクロトフさんとカミューさんの姿を追いかけてしまいます。
 でも今日は朝からマイクロトフさんがリーダーさんと一緒に出かけられたでしょう? なのにカミューさんずっとマイクロトフさんのお部屋にいらっしゃったんです。それでわたしもカヤさんみたいについ、扉の隙間から覗いてしまったんです。そうしたらカミューさんベッドですやすや寝てらっしゃいました。そこにいた騎士さんに聞いたら、なんだか朝から具合が悪くてらっしゃるようで、だからわたし、起こさないように今日は静かに廊下のお掃除しました。
 ○日 担当:キリエ

 今日もカミューさん、マイクロトフさんの部屋にいたわよ。もう体調は良いみたいだけど、暇になったら戻ってきてたみたい。自分の部屋より居心地良いみたいね。
 で、良く見たらカミューさんの服がマイクロトフさんの部屋に当たり前に置いて(当然その逆も)あったりするのよね。なんて言うか親友というよりも家族みたいね、あの二人。
 それから、またカミューさんの部屋で変な物見つけちゃったわ。
 なんだか元は綺麗な紙なのよね。それがぐちゃぐちゃに折れて丸まってるのよ。すごく大事なものみたいに仕舞われてて、捨てるもんじゃないんだろうけど、その辺においてあったらゴミと勘違いして捨てちゃうわよあれ。いったいなんなのかな。
 ○月◎日 担当:カヤ

 キリエちゃん。その綺麗な紙で出来たゴミみたいな物は、絶対に捨ててはいけないわよ。それは多分、マイクロトフさんが一生懸命折ってカミューさんにプレゼントした折り鶴なんだから。
 それはそうと今日はマイクロトフさんが帰って来たのよね。カミューさんがマイクロトフさんの部屋で待っていたのを知ってたのかしら、部屋まで一目散に駆け足で向かってたわ。
 残念ながら扉はしっかりと閉められてしまったんだけど、声は聞こえるのよね。明日もカミューさん寝たきりかしら……今日中にマイクロトフさんの部屋を掃除しておいて良かったわ。多分明日は出来ないだろうからね。
 ○日 担当:サリナ

 すごいです。どうしてカヤさん今日マイクロトフさんのお部屋のお掃除出来ないって知ってたんですか? 今日もまたカミューさん具合悪いらしくてマイクロトフさんのお部屋で寝てらっしゃったんですよ。
 それにしてもカミューさんってつくづく思いますけど、綺麗な方ですね。気だるげに眠ってらっしゃる姿につい見惚れてしまって、おかげで床の一部がとてもツルツルになってしまって、マイクロトフさんがそこで足を滑らせてしまったのを見て、申し訳無い気持ちでいっぱいになってしまいました。
 でもカミューさんに「大丈夫か?」なんて心配されて、逆に嬉しそうにしてらっしゃったけど、マイクロトフさんて、カミューさん相手だととても可愛く笑うんですね。
 ○日 担当:キリエ

 見たよツルツルの床。サリナさんいったいどのぐらい磨き続けてたのよあれ。
 でね。なんて言うの? そろそろ本音でいきたいんだよねアタシ。
 あの二人ってさぁ、つまりそう言う関係でしょ? 違う? アタシの考え過ぎなのかな。でもどう考えたってあの二人は怪し過ぎるって。
 だってさぁ「カミュー」「なんだ? マイクロトフ」「いや、なんでもない」「そうか」にっこり、なんて親友同士のやりとりじゃないと思うんだけどね。
 でも、あれ……折り鶴だったんだ…。悪いけど全然そうは見えなかったよ。
 ○月◎日 担当:カヤ

 気だるげに寝てらしたのね…あぁ見たかった
 キリエちゃんのは考え過ぎではないわ。私の見るところ、間違いなくあの二人はそう言う関係よ。マイクロトフさんがカミューさんを見る時のあの眼差し…! カミューさんがマイクロトフさんに微笑む時のあのお顔…! 互いしか見えていないようなあの甘やかな空気……!! 見ているこちらが照れてしまうほどなのよ! あれで親友なわけないわよ!
 今日だってあの二人いちゃつい仲良さそうに語らい合っていたもの。そこで私つい盗み聞きしてしまったのだけど、カミューさんの部屋にある飴玉は、甘いものが苦手なマイクロトフさんがカミューさんにどうか、ってあげたものらしいのだけど、それをずっと食べずに置いてある理由が判明したのよ。
 つまり飴玉を食べると口の中が甘くなってしまうから食べないみたい。だからと言って他の人に譲る気もないみたい。カミューさんて……常にマイクロトフさんの事を考えて生活しているのね。
 ○日 担当:サリナ

 そう言う関係とは、もしかして恋人同士なんですか? それでは、以前見てしまったのは見間違いでは無かったんですね。あぁ驚いたわ。とっても驚きました。でも逆にとても納得してしまいました。あのお二人、以前に木蔭でその……キスしてましたから…。
 友愛のキスにしてはとても親密だったから、わたしったら一人で混乱してました。でも、それなら本当に…あぁ…そうなんですね。
 でもキリエさんもカヤさんも、良く見ていらっしゃるんですね。
 あら? でもそれでは他の騎士さんたちはお二人がそんな仲だって知ってらっしゃるのかしら。この同盟軍にいらっしゃる前からの仲なら、やっぱり皆さん知ってらっしゃるんでしょうね。
 今日はいつも通り拭き掃除に励みました。以前ツルツルに磨いてしまった辺りがとても目立つので、その周囲も磨いてみました。すると、余計に滑りやすくなってしまって…マイクロトフさんがまた滑ってしまいました。流石に今度はカミューさんも苦笑を漏らすだけでしたよ。
 ○日 担当:キリエ

 飴玉1個無くなったよ! 見た見た! あたしもキスしてんの今日ばっちり見たよ!
 扉が少しだけ開いてたんだけどさ、マイクロトフさんが飴玉が手付かずなのに気付いてね、食べないのか? って甘いのは嫌いではないだろうって聞いてさ。そんな事を言われてカミューさんも困ったように微笑を浮かべてさ、貰った手前素直に食べたんだよ。
 そのちょっと後かな、キスして、マイクロトフさん「甘い」って呟いてたよ〜〜。見てるこっちの方が甘いってんだよね。
 ○月◎日 担当:カヤ

 二人とも良く目撃するのね…私は一度もそんな場面に出くわした事が無いわ。巡り合わせが悪いのね。でも諦めないで、いつか必ずキスシーン以上のものを目撃してやるんだから! それを励みに今日だって頑張ってお掃除したわよ。
 埃も払って、拭き掃除も掃き掃除も完璧にこなしているわ。だからいつかその努力が報われますように。
 戦争が始まったときは不安でいっぱいだったけれど、この城は賑やかだし、どんどん大きくなってくるし、魅力的な方は多いし、マイクロトフさんとカミューさんは美味しいし。最近はとてもやり甲斐があって日々楽しいわ。頑張ってお掃除しましょうね。キリエちゃんサリナちゃん。

 日が落ちて、同盟軍での多忙な一日を終えた青年は、最後に軍師への報告を終えると、いつものように恋人の部屋へと足を向けた。
 ―――?
 ふと、妙な違和を感じとって、青年は立ち止まり首を傾げた。そこに居た見張りの騎士が「どうかしたんですか」と声をかけてくる。それに「いや……」と手を振って応えると、ゆっくりと歩き出した。
 恋人の部屋が近くなってきた辺りで、その違和感は益々大きくなる。と、そこで恋人の部屋の戸がキィと音を立てて開いた。蝶番の部分が緩んでいるのか、やや傾いだ木の扉は、しっかり閉めないと重みで隙間が開いてしまう。そのうちに直すように手配しなければ、と思っているのだが、同盟軍では日々が多忙過ぎてそれもなかなかかなわない。
 その戸を開けて中から出てきた恋人は、そこに立ち止まって首を傾げる青年を見つけて、普段の生真面目な表情を和らげた。
「どうかしたのか、カミュー」
「ん? いや、マイクロトフ……今、軍師殿の部屋からここへ歩いてきたのだが、何か違和感があるんだ」
「違和感?」
「ああ、どうもあの辺と兵舎のこの辺りでは微妙に雰囲気が違うんだ」
 言われて、大柄な男はゆっくりと周囲を見回した。
「何か妙なところでもあるか? 見たところ、とても綺麗だが…」
「…綺麗?」
 はたと青年は目を見開いた。
「あぁ……そうだ。分かったよマイクロトフ。綺麗なんだよ」
 ぱっと顔を輝かせた青年に、恋人は「どう言う事だ?」と首を傾げた。
「うん。あの辺りの階段などに比べると、この一帯がとても綺麗に掃除されているんだよ。見ろ、壁も床もぴかぴかだ」
「あぁ、そうだな。―――床など滑るくらい綺麗だな」
 恋人の頷きに、青年はにこりと微笑んだ。
「普段忘れがちだが、この城を掃除してくださっているレディたちに感謝の心を忘れてはいけないな。区域の分担があるのだろうが、この辺りを掃除してくださっている彼女達に今度、礼でも言わねばならないね」
「あぁ、そうだな。こんなに綺麗にしてくれているのだからな」
 今度見かけたらお礼を言おうか―――そんな事を言う青年に、恋人は「あぁ」と頷いたのだった。


END



題名は『家政婦は見た』から
同盟軍居城を清掃する彼女達の交換担当日誌です
でも書いてみたら観察日記じゃないかこれ……(笑)

2000/06/01