「こんにちは。前回登場したキニスンです」
「……そして今回登場するクラウスです」
「あの。あれ本気にしないで下さいね。ツァイさんとは確かに同じ山に住んでいたけど、ぼ、僕は…っ」
「勿論です。あれは管理人のただの妄想ですから」
「うん…だけどあれ以来みんなの僕らを見る目が違うみたいなんだけど、気のせいかな」
「…どうして、どうして今回は僕なんですか!」
「仕方がないよ。僕だってどうしてだか分からなかったんだから。あでも今回僕とても驚いたんだけど、キバ将軍とマチルダのゴルドーとタイ・ホーさんが皆同じ年だなんて知らなかったよ」
「あ、ええ。僕も本当に驚きました。父上とタイ・ホーさんが……」
「でもタイ・ホーさんて若いですよね。親子ほど年が離れているなんて全く思えないよ」
「でも知っていますか? ツァイさんもやっぱり同じ年なんだそうですよ」
「え」
「……ちなみに僕は19歳。キニスンくんは18歳。管理人は年の差にはまっているのでしょうか。傍迷惑ですね」






















面影を重ねて


 激しい雨の中、漸くの思いで桟橋向こうの小屋に辿り着いたタイ・ホーは力任せに小屋の戸を叩いた。すると中から直ぐに声がして、湿気で重みを増した戸が開かれる。

「兄貴……?」

 顔を覗かせたヤム・クーに構わず、タイ・ホーは濡れそぼった二人分の身体を小屋の中に入れた。ヤム・クーがそこではっとしたように奥から乾いた布を大量に持ってくる。だがそれを受け取るとタイ・ホーは自分には構わず、まずは腕の中の冷えた身体を包み込んだ。

「兄貴、ホウアン先生を呼んできましょうか」

 心配そうな声で弟分がそう進言してくる。だがタイ・ホーはいいやと首を振った。

「それよりこの狭っ苦しい小屋には三人は無理だ。悪いがヤム……」
「分かりました。どっかに出ときますよ」
「ああ、すまねえな」
「それじゃ」

 立ち上がったヤム・クーが草履をつっかけ再び戸を開けると、凄まじい雨の音が耳を打つ。だが戸は直ぐに閉じられ、バシャバシャと駆けて行く足音も直ぐに消えて聞こえなくなった。

 そしてしんと静まり返った小屋の中。囲炉裏の灰の中で炭火がパチリと爆ぜる。その囲炉裏端に細い身体を横たえてタイ・ホーは痛ましげに眉根を寄せた。
 すっかり雨に身体の熱を奪われて、今は意識も朦朧としているのだろう。青褪めた頬は小刻みに震えている。

 何の因果か、二度も続けて大戦に巻き込まれた自身をタイ・ホーは何気なく省みる。トランの湖岸でお世辞にも堅気とは呼べない暮らしぶりをしていた。それが星の一人だなんて言われて気がついたら手を貸していた。
 トランの戦が終わった後に、そのままでいたら新しい共和国の何か重役につかされそうだったところを、タイ・ホーは慌てて姿をくらましてデュナン方面までやってきたのだ。聞けば湖賊や山賊の連中は警備職に任じられているらしい。
 さっさと逃げ出して正解だと思っていたら、今度はうっかりこの同盟軍で同じように星の一人に据えられていた。
 どうにも、性分らしい。

 溜息混じりに項垂れて、そしてまた目の前で寒さに震える白い顔を見詰めた。

「将軍の息子ってな、皆こんなもんかね」

 思い出す。
 彼の父親も偉大な帝国の将軍だった。そして、戦によって命を落とした。だが。

「あいつと、こいつは……ちょっと違うか」

 クラウスの父であるキバ将軍が亡くなったのは戦が終局に向かう頃だった。同時期に軍主の義姉ナナミも命を落とし、二人の宿星を失った同盟軍は暫く悲しみに暮れた。
 だがそんな中、この年若い少年は毅然とし続け、副軍師として軍師シュウの手助けをしていた。決して涙など見せず、その強さにタイ・ホーは密かな感心を抱いていたほどだ。
 しかしやはり押し隠しきれない悲しみがあったのだろう。景色を鼠色に塗り替えるほどの雨の中、立ち尽くすこの細い身体を見つけた時には見間違いかと思った。それが近寄っていくと唐突に糸が切れたようにぐらりと傾ぎ、慌てて両手で抱き止めていた。
 そして聞こえた「父上」という小さな声と、タイ・ホーの服の生地をぎゅうっと掴んだ震える指先に、放っておいてはいけないと悟った。

「…どうにも性分なんだよなぁ」

 つい手を出してしまう。その最たるものがヤム・クーである。おかげでずっと側にいる。ひと一人抱え込むほどの懐の広さが自分にあるとは思えないが、考える前に手が出るのだから始末が悪い。
 それでも放っておけない。今のクラウスは失ったもののあまりの大きさに、心の中に虚空を抱えてしまっているのだろう。かつてハイランド側に属していた彼には戦が終わった後も安らぐ暇もなく
 そして濡れた髪の水気を拭いながら、その肩や背を何度も撫でてやりながら、タイ・ホーは「大丈夫だ」と繰り返した。

「大丈夫だ、クラウス」

 するとクラウスの指がすうっと伸びて、タイ・ホーの手を掴んだ。

「ん…? どうした……?」
「行かな……で…」
「ああ、行かねぇよ。ここにいる」
「ここに、居て下さ…い……」
「大丈夫だ。おまえが眠るまで傍にいて、こうしててやるから」

 薄っすらと開いたその瞳が見ているのは父の面影なのだろうか、それとも―――。
 どちらにせよ、掴んでしまった手を振り解く真似など、もう出来ないタイ・ホーだった。



END


2005/06/09