初ビクフリ

 ほどけかかったバンダナを乱暴に振り解き、フリックは頬を二の腕でごしごしと擦った。
「野郎、好き勝手ベタベタしやがって、ああ気持ち悪い!」
「ははは、随分機嫌悪いなフリック」
 ビクトールはそれを手を叩いて笑っているではないか。それにフリックは歯を剥いて唸る。
「当たり前だ馬鹿野郎! おまえも見ていたんなら助けろよ! 思い出しただけで鳥肌もんだぞ」
「そうか? こうしっかと手を取られて『運命の人よ』なんつって調子よく口説かれてたじゃねえか。知ってるか? あの男、かなりの名門のお坊ちゃまだぞ」
「知るかよ。勘違い男に言い寄られたって気持ち悪いだけだ」
 しかし周囲の目からは身形の良い男が、見目麗しい青年の手を取って、熱い眼差しを注ぐ様は、それなりに絵になっていたのだが、この青雷の二つ名を戴く傭兵は心底気持ち悪いと言って、男の触れた箇所をまるで虫でも払うように摩っている。
「ったく。まだ感触が残ってやがる、おいビクトール!」
「んあ?」
「来い! そんでこの感触を消しやがれ!」
 腹立ち紛れに怒鳴りつけるフリックを、ビクトールは一瞬きょとんとした顔で見た。だがしかし。
「…へいへーいっと」
 直ぐににやりとした笑みを浮かべて、よいせと腰を上げてゆっくりとした足取りで自分の身体を撫で擦り続けるフリックの側まで歩み寄ると、がばりと両腕を広げて一息にぎゅうっと抱き締めた。
「ははは、おまえもまったく災難だったなぁ」
「人の不幸をいつまでも笑うなっ」
「悪かった悪かった。さて、それじゃあちっとばかりご奉仕させて頂きましょうかね」
 そしてビクトールは抵抗なく腕の中に納まっている身体をきつく抱き締めて、その頬ににやけた顔を擦りつけたのだった。

2005/06/09