50題 色は匂えど
27. 遅い目覚め

「好きなんだ」
 目の前の男の生真面目な表情をぼんやりと見ながら、不意に耳に飛び込んできた言葉に、暫くぼんやりとする。
「何が?」
「おまえが」
「何をだ?」
 のんびりとした問い掛けに、即答で返されたが、またもカミューはぼんやりとしてから首を傾げた。
 わたしが何を好きなのだろうと言いたいのかと。すると今度はマイクロトフの方がぼんやりした。いやこれは寧ろ胡乱と言うのだろうか。そんな目をしていた。
「おまえと言うやつは、どうして物事をすぐ複雑にするのだ」
「怒るなよ。マイクロトフだって言葉が足りない」
「それは悪かった。では正しく言い直そう。『俺は、おまえが、好きだ』これで良いか」
「ああ、最初からそう言ってくれれば良かったんだ。なるほど、そうか。……え?」
 今度はぼんやりと言うよりも、固まった。口を開いたまま何も言葉が見つからないなど、カミューの人生では滅多にないことだった。
「えーと」
「誤解のしようのない言い方を俺はした筈だぞ」
「うん、まぁ」
 だが意思疎通が確り出来たとして、円滑な会話が出来るかといえばまた話が別だ。今カミューの思考は混乱しきっていた。
「えーと。困ったな、何を言えば良いのかちっとも分からない」
「そんなに驚くことか」
 マイクロトフは少し苦笑している。
「うん、そうだな。わたしは今驚いているのか。あ、本当だ、すごくドキドキしている」
 胸に手を当てると全力疾走した時以上に激しく脈打っている。しかも手袋の下の掌にはじんわりと汗まで滲んでいるのだ。そしてそんな自分に気付いた途端、どっと全身に汗が吹き出た。
「カミュー、顔が赤いぞ」
「言うな、分かってる。落ち着くまでちょっと待て」
「分かった」
 顔が熱い。身体が熱い。そして混乱した思考も、まだまだぜんぜん落ち着かない。何かないかと思ってちらりとマイクロトフの顔を見ると、律儀に口を噤んでじっとカミューを見ている。すぐに目を逸らした。
「あー…えーと」
 どうすればいいのだろうとカミューは頭を抱えたくなった。こんな事は初めてだった。どんな相手に愛を告白されても動じなかったはずなのに。
 そう、愛。
「わたしは、おまえに、愛されているのか」
「そうだな。愛している」
「うわぁ、待てと言ったろうっ」
 熱と動悸が酷くなった。
「すまん、だが」
「……なんだ」
「嫌がっていないようだから、それだけでも俺はホッとした。カミュー、有難う」
「だからなんでっ」
 また酷くなった。泣きそうだ。
 だが不思議だ。

 目の前で言葉通りに嬉しげに微笑むマイクロトフの顔を見ると、頭の奥がじんと痺れて、違う感情から目が潤むのを感じた。

2007/01/29 青赤青