50題 色は匂えど
29. やっとここまで来た
あれはいつのことだったろう。
力が欲しいと強く願った、はじめのこと。
自分にもっと力があれば今の悔しさも哀しさも苦しみもないのにと、未熟で直情な思考でそう考えた。位階を上がれば、命令を受ける立場から下す立場へと行けば、そうすれば、少なくとも掌の皮膚を、血が滲むほどに強く拳を握り締める事はないだろうと思ったのだ。浅はかにすぎるけれど、迷いのない純粋な祈りにも似た切望だった。
それまでは、純然と騎士たることに満足していたような気がする。
力を望むようになったのは、血に濡れた剣を下げて、雨の中立ち尽くした時。
それ以前の、曖昧なまま過ごしていた日々の記憶は、甘く穏やかな幼さばかりが強くて遠い昔のもののようだった。
理不尽に対する怒り。己の意のままにならぬ事への苛立ち。いつか取り返しがつかなくなるのではないかという焦り。
「俺は、団長になる」
今にして思えば、若さゆえの不敬な言葉だったろう。相手構わず口にしていたなら、愚か者と鼻で笑われたかもしれない。それを恐れていたわけではなかったが、その言葉をマイクロトフはたった一人を除いて、決して口にはしなかった。
彼だけは、マイクロトフがどんな言葉も本気で言っているのだと知っていてくれたから。
「突き進め」
と背を押してくれた。
「いつも傍にいてやるよ」
笑いながらそう言ってくれた。
その彼は、まるでマイクロトフの道行きを照らすかのように、一足先に団長位へと上り詰めていた。彼がその地位を望んだのはいつだったのだろう。変わらない態度で常に横を歩いていたように思っていたのに。
けれど、あの血を吐くような思いを口にした時からもう幾年。漸くこの日が来た。
やっとここまで来た。
「マイクロトフ」
振り返ると、カミューが目を細めてマイクロトフを見ていた。
「似合うじゃないか。堂に入っている」
「ありがとう」
「では行こうか、わたしは、特等席でおまえの晴れ姿を拝見させてもらうよ」
「ああ」
そしてマイクロトフは、この日はじめて青騎士団の団長服に袖を通し、その就任式へと向かうために扉を開け放った。
2007/12/16 騎士