ミステリ&SF感想vol.105

2005.05.10
『時空の支配者』 『ゴーレムの檻』 『猿来たりなば』 『見えない精霊』 『凶獣リヴァイアサン(上下)』



時空の支配者 The Master of Space and Time  ルーディ・ラッカー
 1984年発表 (黒丸 尚訳 ハヤカワ文庫SF1092)

[紹介]
 自分のエンジニアリング会社が倒産し、鬱屈した日々を送っていたジョー・フレッチャーの目の前に、親指サイズの小人が現れた。その小人は悪友のマッドサイエンティスト、ハリイ・ガーバーで、どんな願いでもかなえることができる時空支配装置を発明したことを告げに未来からやってきたのだという。これで何もかも思いのまま、と狂喜した二人だったが、次から次に思わぬトラブルが起こり、大騒動へと発展していく……。

[感想]

 “マッドでパンクなスラップスティック・ハードSF”といった感じの稀有な作風で知られる作者の、持ち味が存分に発揮された快作です。ラッカー流の味付けがされてはいるものの、古典的な“三つの願い”が物語のベースになっているために非常にわかりやすく、楽しめる作品に仕上がっています。

 中心となる時空支配装置は、不確定性原理が影響するプランク長(10-33センチメートル)を1メートルに拡大してやるというもので、それを実現するための具体的な手段ともども、B.J.ベイリーの作品などにも通じるいい意味でのバカなアイデアが何とも愉快です。そして、その使用時間及び回数に制限があるのもポイントでしょう。永続的に使用できるものならば、トラブルが起きてもその都度少しずつ修正していけばいいわけで、物語としては面白味がなくなってしまうところでしょうが、制限が設けられていることで、前述のように“三つの願い”を踏襲した面白い物語に仕上がっています。

 何でもかなうにもかかわらず、登場人物たちの願いがことごとくどこかズレているのもラッカーらしいところで、ペットのトカゲを巨大化させてみたり、変な世界へ行って一騒動起こしてみたり、挙げ句の果てには思いつきで○○になってみたりと、やることはかなり無茶苦茶です。その中で、意表を突いた最後の願いには感心させられましたが、人を喰ったような最後の台詞に至るまで、全編がB級SF映画のような(と思っていたら、映画化の話があるようです)バカで楽しい作品です。

2005.04.15再読了  [ルーディ・ラッカー]



ゴーレムの檻 三月宇佐見のお茶の会  柄刀 一
 2005年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『アリア系銀河鉄道』に続く、宇佐見博士を主役としたファンタジー・ミステリ連作短編集です。前作よりも舞台設定の奇抜さが薄れており、その方向での魅力はやや減じている感がありますが、その分、前作の「言語と密室のコンポジション」などでみられた弱点は解消されているように思います。
 個人的ベストは「ゴーレムの檻」

「エッシャー世界{ワールド}
 “エッシャーを継ぐ者”と評された天才画家ミューラーは、妻と娘を殺した犯人をその代表作の中で指摘しているという――ミューラーの作品展を訪れた宇佐見博士は、絵を眺めているうちに奇妙な世界へと入り込んでしまう。そこは、エッシャーの描き出した超現実的な建築物が存在する世界だった……。
 M.C.エッシャーの絵画をモチーフとしたミステリには、解説でも言及されている荒巻義雄『エッシャー宇宙の殺人』という先例がありますが、この作品の“エッシャー世界”における謎解きはそちらよりもよくできていると思います。
 惜しむらくは、(作中の)現実世界での謎解きと“エッシャー世界”との関連がやや薄いように感じられます。まったくないわけではないのですが。

「シュレーディンガーDOOR」
 双子の兄弟、カーリーとモーレン。そのうち一人が研究室内で死体となって発見され、もう一人は毒ガストラップの仕掛けられたカプセル内に生死不明の状態で横たわっていた。宇佐見博士はカーリーが残したメッセージに従い、トラップを解除するために、ジェラードがかかわった“チャイニーズ・シザー殺人事件”の真相解明に挑む……。
 “シュレーディンガーの猫”をモチーフにした作品です。死んでいるのが双子のどちらなのか不明な上に、カプセル内のもう一人は生死も判別できない状態で、もう一つの事件の謎を解くことによってそれが特定されるという、かなり複雑な状況です。その“チャイニーズ・シザー殺人事件”のトリックは、非常に面白いと思います。終盤の意外な展開に至るまで、実に読み応えのある作品です。

「見えない人、宇佐見風」
 今日のゲスト、クロード・ロシモアが書いたというミステリを読むことになった宇佐見博士。「追ってくる声」と題されたそれは、“見えない人”テーマの短編だった――キャサリンの周囲につきまとい、今まで隠してきた罪の告白を強要するかのような、何者かの。それはやがて、キャサリンが収監された拘置所の中までも……。
 ロシモアが持参した作中作の中では、やはり宇佐見博士が持ち込まれたミステリ(作中作中作)の謎解きに挑んでいるという、三重構造の作品です。“見えない人”の謎はさほどでもありませんが、思わぬところに仕掛けられた罠がユニークです。

「ゴーレムの檻」
 紅茶を飲んでいた宇佐見博士の意識は時を遡り、1630年代英国、とある監獄の監督官に同化した。その監獄では、名前も過去の記録も抹消され、ただ“ゴーレム”と呼ばれる謎の男が、厳重に封印された独房からの脱獄を予告していたのだ。やがて、予告された新月の夜、“ゴーレム”は独房の中から鮮やかに消え失せてしまった……。
 全編に漂う魔術的な雰囲気が秀逸です。トリックと現象、そしてその効果が見事にかみ合った傑作。現代の事件の方は比較的わかりやすいと思いますが、“ゴーレム事件”との関連がよくできています。

「太陽殿のイシス (ゴーレムの檻 現代版)
 負傷して入院中の職人を見舞った宇佐見博士は、職人が語る奇妙な謎に挑む。それは、太陽神を崇めるカルト教団の内部で起きた、不可解な脱走事件だった。教祖に反逆して監禁されていた男が、石壁と監視網に囲まれた独房から脱出し、誰にも目撃されることなく姿を消してしまったのだ……。
 唯一の書下ろしで、「ゴーレムの檻」の続編になっています。状況はかなり似ていますが、「ゴーレムの檻」で使われたトリックが否定されているのが面白いところです。特殊な舞台とうまく結びついた真相が見事。
 それにしても、ラストは一体どうなってしまうのか……。

2005.04.20読了  [柄刀 一]
【関連】 『アリア系銀河鉄道』



猿来たりなば Don't Monkey with Murder  エリザベス・フェラーズ
 1942年発表 (中村有希訳 創元推理文庫159-16)ネタバレ感想

[紹介]
 救いを求める手紙を受けて、誘拐事件の調査のために、ロンドンから遠く離れた片田舎へとやってきたトビーとジョージ。しかし依頼人のところにたどり着いてみると、誘拐されたのはチンパンジーだという。思わず面食らった二人だったが、そのチンパンジーはやがて、無惨に殺害された死体となって発見される。一体誰が、何のためにチンパンジーを殺したのか……?

[感想]

 コンビ探偵トビーとジョージを主役にした、ユーモラスな本格ミステリです。翻訳の巧みさゆえか、非常に読みやすいのも好印象。

 まず、語り手をつとめるトビーとその友人ジョージとのやり取りが、とぼけた味の漫才のような雰囲気で、読んでいて思わずニヤリとさせられます。しかも、どちらが探偵でどちらが助手なのかよくわからないという役割分担のちぐはぐさ(解説に書かれているように“ホームズとワトスン役の逆転”とまでは思いませんが)が、何ともいえないユーモアをかもし出しています。さらに本書ではよりによって、被害者は人間ではなくチンパンジー。事情を知らないまま依頼人のもとへやってきた二人がようやく事実を知る場面は、苦笑を禁じ得ないところです。

 しかしこの“チンパンジー殺害事件”の謎は、なかなか一筋縄ではいきません。犯人が誰なのかもさることながら、やはり“なぜチンパンジーを殺すのか?”という疑問が浮かびますが、トビーとジョージが調査を進めるうちに、関係者たちが意外に動機を持っていることが明らかになってきます。事件の裏には恋愛や嫉妬、遺産に保険金など、様々な思惑が錯綜し、トビーとジョージの推理の材料にも事欠かないのですが、それでも確たる決め手を見出すことはできません。

 A.バークリーのロジャー・シェリンガムものを思わせる仮説の構築と廃棄は面白くはあるものの、延々と続く調査の割に一向に事件の“形”が見えてこないためにやや飽き始めたところで、一転して事件は思わぬところへ着地します。伏線がしっかりしていることもあって、人によっては真相を見抜くこともさほど難しくないかもしれませんが、解決は非常に鮮やかです。そして、個人的にはラストで明らかにされる“ある事実”にしてやられました。実によくできた作品です。

2005.04.25読了  [エリザベス・フェラーズ]



The unseen 見えない精霊  林 泰広
 2002年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 インドの奥地で野生の虎に襲われているところを僕が救った老婆は、僕が追っていた日本人カメラマン〈ウィザード〉の魂を呼び出し、その奇怪な死を語り始めた――不可能を可能にする伝説のカメラマン〈ウィザード〉は、厳重に守られたシャーマンの村に3人の傭兵とともに乗り込み、誰も見たことのない、すべてのシャーマンを束ねる大シャーマンの姿を撮影することに成功する。だがその報いは、姿の見えない精霊による処罰だった。空中に浮かんだ飛行船の中で相次いで起こる、不可能としか思えない殺人の真相は……?

[感想]

 シャーマンの老婆が霊界から死者を呼び出すオカルティックな場面から始まり、呼び出された死者の霊が語り手をつとめるという、ユニークなミステリです。老婆の口を借りて紡ぎ出される物語は、そのひどくフラットな語り口のせいもあってか、奇妙に現実感を欠いたものに感じられますが、死者による物語という設定には合致しているといってもいいのではないでしょうか。さらにいえば、装飾を除いて目の前の現象を淡々と描いていく手法により、寓話ないし説話めいた雰囲気が出ているようにも思います。

 その〈ウィザード〉の物語はまず、大シャーマンの撮影をめぐる攻防から始まります。厳重にガードされた難攻不落のシャーマンの村と、不可能を可能にする男〈ウィザード〉との知恵比べは、例えば山田正紀『火神を盗め』などに通じるゲーム小説的な味わいがあり、なかなか面白いものになっています。やがてそれはそのまま、目に見えることしか信じない〈ウィザード〉と目に見えない精霊(及びその名代をつとめる少女)、すなわち“探偵”と“犯人”の攻防へとなだれ込んでいきます。

 事件(精霊による処罰)の起こる状況は、空中に浮かぶ飛行船の内部、しかもわずかな明かりしかない暗闇の中という特殊なもので、いきなり降霊会まがいのベタな展開になるあたりはどうかと思いますが、その後の現象は実に鮮やかです。しかも、合理的な解明を試みる〈ウィザード〉が次々と提示する仮説を精霊の名代である少女が片っ端から打ち破っていくという、奇術でいうところの“あらため”のプロセスが徹底されており(やや迂遠すぎるように感じられてしまうところもありますが)、不可能性がどんどん高まっていくのが見どころです。そして、二度にわたる「読者への質問状」を経て最後に示される真相には、思わず唖然とさせられてしまいます。人によっては脱力しかねない大胆不敵なバカトリック、しかもアンフェアすれすれですが、伏線はしっかりと張られていますし、納得せざるを得ないところでしょう。何より、このネタをこれだけの作品に仕上げてしまう腕力(S=A・ステーマンに近いところがあるように思います)に感服です。

 というわけで、個人的には大いに気に入ったのですが、読者を選びそうな作品ではあります。泡坂妻夫の推薦文の通り、よくも悪くも“活字による大マジック・ショー”という印象で、全体が魅力的な謎のための舞台装置という極端に人工的な物語になっているきらいがありますし、鮮やかな現象の演出とバカトリック(真相)との落差もまたマジックに通じるところがあるように感じられます。そのあたりがあまり気にならないという人にはおすすめです。

2005.04.26読了  [林 泰広]



凶獣リヴァイアサン(上下) Leviathan  ジェイムズ・バイロン・ハギンズ
 1995年発表 (中村 融訳 創元SF文庫716-01,02)

[紹介]
 アイスランド沖の孤島。その地下洞窟で、合衆国政府と民間軍需産業の共同により秘密裏に開発されていたのは、究極の生物学的軍事抑止力となるはずの怪物“リヴァイアサン”だった。コモドドラゴンの遺伝子に大幅な改変を加えて生み出されたそれは、全長10メートルを越え、超高温の炎を口から吐き、高い再生能力と人類を上回る知能を持つという、まさに怪物としかいいようのない存在だった。そしてその怪物が予期せぬ暴走を始め、閉じ込められていた洞窟から脱出してしまったのだ……。

[感想]

 SF/バイオホラー風のストレートな怪獣小説であると同時に、神話的なドラゴン退治の物語でもあるという、異色の作品です。「訳者あとがき」によれば、原書には“『ベーオウルフ』と『ジュラシック・パーク』の伝統の融合”という評が付されていたとのことで、実際に読んでみるとなるほどと思わされます。

 タイムリミット・サスペンス的な要素も加わってはいるものの、物語の骨格は暴走した“リヴァイアサン”と人間との対決という、ごくシンプルなもの。軍の秘密実験の失敗という発端はありがちともいえますし、危険性を過小評価して事態を悪化させてしまう権力者(?)が登場するあたりもお約束といえばお約束で、一見するとありきたりの作品のように受け取られてしまうかもしれませんが、決してそうではありません。

 本書の特徴の一つは、“リヴァイアサン”のユニークな造形にあります。圧倒的な殺傷能力に、人間を上回るほどの高い知能、そして“邪悪”な心と、これだけでもかなり凶悪ですが、特筆すべきは、銃弾を食らっても、ロケット弾を食らっても、高圧の電撃を食らっても立ちあがってくるその旺盛な生命力。「訳者あとがき」でも言及されているように『13日の金曜日』のジェイソンを思わせるしぶとさで、登場人物たちはホラーさながらの悪夢に直面することになります。

 一方、この絶対的な悪の権化である“リヴァイアサン”と戦う人々(の多く)は、“善”を追求する存在として描かれており、善と悪との対決という構図がはっきりと打ち出されているのも目を引きます。勧善懲悪の物語は時に単純過ぎて古臭い印象を与えてしまうこともありますが、ここまで徹底されるとむしろ潔く感じられます。特に下巻になるとほとんど戦いだけがひたすら描かれているのですが、守るべき者のために命をかける人々の姿には胸を打たれます。

 また、様々なアイデアを盛り込みつつ、シンプルなプロットで上下巻というボリュームを持たせてしまう作者の筆力も見逃せません。力作という言葉がふさわしい、読み応えのある作品です。

2005.04.27 / 04.28読了  [ジェイムズ・バイロン・ハギンズ]


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