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  4. 撓田村事件

撓田村事件/小川勝己

2002年発表 新潮文庫 お66-1(新潮社)

 最初に発見された桑島佳史の死体の装飾については、硬直した手の形が符合していたことが“天啓”となって、“悪魔”の絵(484頁)に見立てたというユニークな真相で、そのままでは座らせることができないので脚を切断したというのが何とも豪快です。そしてその目的は、超常現象を演出することによる(もちろん自分たちのためもあるでしょうが)死者のための儀式ということで、“見立ての理由”としてはあまり例を見ないものではないかと思われます*1

 この見立てについては、犯人自身が困惑する独白(269頁)で別人による見立てであることが読者に明かされていますが、続いて発見された下半身のない朝霧八千代の死体についても、同じように(佳史殺しの)犯人の困惑(366頁~367頁)が挿入され、別の犯人による“便乗見立て”であることが示唆されて――さらに高橋静の遺書(406頁)で補強されて――います。これは横溝正史の某長編((以下伏せ字)『犬神家の一族』(ここまで))を思い起こさせるものですが、(佳史殺しの)事件に便乗された犯人の側が桑島琴乃殺しで逆に便乗する図式がユニーク。と同時に、八千代の死体が発見された時点で“悪魔”の絵から犬使いの老婆の伝説へと、見立ての意味が変容しているのが面白いところです。

 しかも、八千代殺しと琴乃殺しが単なる“便乗見立て”にとどまらず、その裏に犯人にとっての死体の下半身を隠す理由――八千代の膣欠損症と琴乃の性体験――が存在することで、二重のトリックとなっているのが秀逸です。以上のように、本書では見立ての扱いが全体としてかなりひねくれた、面白いものになっていると思います。

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 犯行の動機がしっかりと隠されることで、事件の真相が見えにくくなっているのもうまいところです。現在の一連の事件は、表面的には――藤枝警部補が考えていたように――朝霧家の血筋を絶やすこと、もしくは朝霧家の財産を目的としているようにしか思えず、(読者に明かされているように)八千代殺しが別人の仕業であることを考慮しても、桑島兄妹に共通する動機はなかなか思い浮かびません。さらに、“次に狙われるのは阿久津智明”(539頁)という探偵役・寺沢響の言葉が正しいとすれば、ますます動機が見当たらなくなってしまう*2ように思われます。学校での琴乃に対する態度など、微妙に手がかりもないではないものの、犯人として山田勲に着目して初めて見当をつけることができる動機といえるでしょう。

 そして犯人の特定については、学校が撓田から切り離されて一種の盲点となっているのが巧妙。そもそも、“撓田村事件”であるにもかかわらず、撓田の住人でないことが犯人の条件になっているのがいやらしいところですが(苦笑)、撓田神社への経路、見立ての不完全さ、そして新旧神社の混同など、(いわれてみれば)数々の手がかりがしっかり用意されているところがよくできています。ちなみに、住んでいる場所を犯人特定の条件としてあるところは、(私の記憶違いでなければ)横溝正史の某長編((以下伏せ字)『悪魔の手毬唄』(ここまで))へのオマージュのようにも思われます。

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 山田勲の仕業ではない朝霧八千代殺し、そして三十年前の高橋真由美殺しについては、いずれも高橋静が遺書で自白していますが、八千代の膣欠損症というとんでもない真相*3――朝霧一馬と真由美が兄妹だった*4ということを踏まえても、自分の娘を手にかけるまでするとは考えにくいものがありますし、そうまでしておきながら(三十年の経過があるとはいえ)この期に及んで八千代を殺したというのは、かなり無理があるのは確かでしょう。

 ということで、三十年前の事件では八千代が真犯人だったとする寺沢の(その時点での)謎解きにはうなずける部分もあるとはいえ、片腕が使えなかった八千代が真由美を絞殺した手段が、後に寺沢自身も言及している(672頁)ように横溝正史『獄門島』のトリックそのままというのは、オマージュとして大いに難があるのは否めない……と思っていたわけですが、真犯人・朝霧一馬による“不発”に終わったダミーのトリックというひねった扱いは秀逸です。

 もう一人の犯人・山田勲の独白(643頁)が、一馬の動機となった“ニセモノ殺し”と重なり、一種の伏線となっているのも印象的。そして、自分の“ニセモノ”として真由美を殺し、母親の“ニセモノ”として八千代を殺した一馬が、実の母親である静にかばわれることで満ち足りた思いを抱いているのが、何ともいえない後味を残します。

* * *

*1: 古野まほろ『ぐるりよざ殺人事件』での見立て殺人の分類――〈心神喪失(合理的理由なし)〉・〈恐怖を演出〉・〈トリック〉・〈それ以外〉――の中では、〈心神喪失〉に含まれることになるかもしれませんが……。
*2: 智明自身にまったく思い当たる節がない、犯人の勘違いによるものなので、当然といえば当然ですが。
*3: 生理用品のエピソード(50頁~51頁)や、八千代が痔を患っていたこと(309頁)までが伏線となっているのがものすごいところです。
*4: このあたりも、横溝正史の某長編((以下伏せ字)『悪魔が来りて笛を吹く』(ここまで))を想起させるものです。

2015.09.14読了