訴              状


          2001年3月21日

東京地方裁判所御中            

             原告訴訟代理人

弁護士   塚原 英治

 同    山口  泉

 同    早瀬  薫


   

(送達場所)

 〒144−8570東京都大田区蒲田5丁目15番8号 蒲田月村ビル4階

 東京南部法律事務所

 原告訴訟代理人 弁 護士  塚原 英治

         同    山口  泉

         同    早瀬  薫

 電話 03(3736)1141

FAX 03(3734)1584

 〒100−0004 東京都千代田区大手町1丁目9番5号

被告        株式会社日本経済新聞社

        上記代表者代表取締役    鶴   田   卓   彦

未払賃金等請求事件

訴訟物の価額 金1117万5162円

貼用印紙額 金   6万2600円


請  求  の  趣  旨


1、被告が、1999年3月9日原告に対してなした同年3月10日から同年同月26日までの14日間の出勤停止処分は無効であることを確認する。

2、被告は原告に対し、金1022万5162円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年6分の割合による金員を支払え。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

との裁判並びに第2項につき仮執行の宣言を求める。


請  求  の  原  因


第1、当事者

 1、原告は、1996年3月、慶應義塾大学総合政策学部を卒業し、同年4月被告会社(以下「会社」という)に記者職として入社した。

 原告は、西部支社編集部に配属され、1996年度は、福岡県警・福岡市役所等を担当し、1997年度は、店頭公開企業・ベンチャー・食品業界等を担当、1998年度は、情報通信・製造業等を担当する経済記者であったが、1999年3月後述の懲戒処分を受け、同年4月12日に東京本社編集局の資料部へ配転され、同年9月30日に退職した者である。

 2、被告は、新聞発行を業とする会社であり、日本を代表する新聞社の一つである。

第2、懲戒処分に至る経過

 1、原告は、1996年4月西部支社編集部に配属されて程なく、知人向けのメーリングリストやホームページを利用して、報道現場で感じた疑問点やマスコミ全体の問題を論じ始めた。

 2、1997年5月、原告の大学時代の恩師が、「週刊朝日」記者に原告を紹介したため、同誌の記事のなかで原告の上記活動が紹介された。記事中では社名を伏せていたが、会社の知るところとなり、西部支社守屋林司編集部長(以下「守屋部長」という)は原告に対し、ホームページの全面閉鎖を命じ、「ホームページは許可制になった」「ホームページについての規定はないので、これから作る」「私の言うことを聞かないならば、2年後の君の人事異動で支援できない」などと述べた。原告は、「言論の自由を侵害している。何なら良いのか、明確な基準を会社として作って欲しい。」と要請した上で、指示に従い、ホームページを閉鎖した。

 3、原告は通常業務は人並み以上にこなしており、1997、1998年度の守屋部長による業務査定は「会社の期待通り」を示す「A」であった。この間、問題意識は途切れず、部長やデスクには常に疑問をぶつけ、研修でも編集局長に意見を出していた。ホームページについては、守屋部長に「いつになったら再開できるか」「何なら良いのか」と折に触れ尋ねたが、議論の経過も今後の見通しさえも示されなかった。原告はこれ以上待っても進展はないと判断し、会社が個人の表現の自由を踏みにじる姿勢に憤りを感じ、1998年5月にホームページを再開した。

 4、1999年1月中旬、会社が原告のホームページ再開に気づいた。守屋部長は「なぜ命令に従わない」と激怒し、原告は翌日より通常の記者業務からはずされた。

第3 懲戒処分とその無効

 1、上記の経過で、会社は1999年3月9日、原告に対し、同年3月10日から同月26日までの2週間の出勤停止処分を言い渡した(甲第1号証)。さらに、同年3月29日、賃金が約40%減額となり(甲5号証の1と3を対照)、記者とは明らかに異なる職種である東京資料部に4月12日付で配転を命じた。資料部において、原告は、図書館に日本経済新聞があるかどうかの問い合わせ、及び読者応答センターの問い合わせ事項を印刷する、といったパートタイムでもできる仕事しか与えられなかった。この配転がみせしめ的な人事であることは明白である。会社の給与は、職能給+年齢給+家族手当+時間外手当から構成されているが、時間外手当については、職場によって打ち切り手当を支給するものと定められている(甲2号証、給与規定27条)。西部支社編集部と資料部では、この打ち切り手当の額が大きく異なるため、給与総額が大きく変わるのである。

 2、処分の根拠

(1) 会社が口頭で説明したところでは、「原告はインターネット上の自らのホームページにおいて、取材上知り得た事実や会社の様々な方針についての批判などを掲載し、本来守るべき記者の鉄則を破ると同時に、会社の経営方針、編集方針に反するような行為をした。これは、就業規則33条1号2号、35条2号に該当し、71条1号、72条3号により、14日間の出勤停止処分を選択した」としている。

(2)就業規則の該当項目は以下の通りである(甲第2号証)。

「第十一章処罰

第七十一条 従業員が次の各号の一に該当する行為をした場合は、審査の上その軽重に応じ、けん責、減給、出勤停止、職務転換、役付きはく奪、解雇などの処分を行う。

一、就業規則、あるいは付属規定に反し、または責任者の命に従わないとき

第七十二条 前二条の処分は、次の方法によって行う。

三、出勤停止は、けん責の上十四日以内で出勤を停止する。出勤停止期間中の賃金は支給しない。

第五章服務

第三十三条 従業員は、特に次の各号を守らなければならない。

一、会社の経営方針あるいは編集方針を害するような行為をしないこと

二、会社の機密をもらさないこと

第三十五条 従業員は、会社の秩序風紀を正しくよくしていくために次の各号を守らなければならない。

二、流言してはならない。」

 3、処分の違法

 (1) ホームページの内容について

  会社は、原告のホームページが、全般的に「取材上の秘密を守っていない」「会社の経営方針を批判している」部分がかなり含まれている、として処分した。具体的には、@記者クラブがどういうもので、そこで何が行われているのかを具体名を挙げて批判、改善策を提示している部分、A企業との癒着の現場を問題視して批判した部分があり、これは「会社の機密」や「取材上の秘密」にあたると会社側は主張している。また、会社はB会社の経営方針・編集方針に批判的である部分や、Cホームページ閉鎖命令に従わず反抗している部分なども問題とした。

 しかし、原告が書いてきたことは、すべて事実であり、主張の方向性も、1997年に訴外日本新聞労働組合連合会(新聞労連)が策定した「新聞人の良心宣言」(甲第6号証)と同様のもので、新聞労働者の中では広く支持されているものである。例えば「公的機関や大資本からの利益供与や接待を受けない」「会社に不利益なことでも、市民に知らせるべき真実は報道する」「新聞人は閉鎖的な記者クラブの改革を進める」などである。

 「経営の論理」と「新聞記者の倫理や良心」は真っ向から対立することが往々にしてある。例えば、接待されたら取材先にすべて払わせた方が経費節減になるし、記者クラブのような既得権も維持した方が、会社の経営上好ましい。しかし、公益性の高い新聞社は、時に公益のために経営の論理にそぐわないことも率先してしなければならない。そういった、あるべき姿を主張する現場の記者に対し、経営の論理で一方的に処分するのは、新聞社としての自殺行為である。

 また、会社は取材上の秘密を守っていないとするが、ジャーナリズムの職業倫理としての情報源は、国際的には公開が原則で、秘匿はやむを得ない場合に限るとされている(前澤猛『新聞の病理 21世紀のための検証』岩波書店(2000年)7頁)。このような点からも、原告のホームページの内容は就業規則に反しないといえる。

 (2)聴聞手続の違法

 本件懲戒について、会社は原告に十分な弁明の機会を与えていない。

 1999年2月17日午後、所属部の守屋部長、編集局総務の丹羽某と法務室の森次長が原告に対し、「懲戒免職か依願退職の二者択一だ」として辞表を書くよう勧め、「上申書を書かないと懲戒免職だ」と脅した。原告が「そんな訳はない」と主張したため、議論は平行線のまま8時間を超えた。原告は疲労から思考力が低下し、結局、上申書を書くこととなった。守屋部長等は、内容を数度に渡って添削し、原告に「会社の経営方針、編集方針を害した」ことと「取材上の秘密を守らなかった」ことを謝罪し「相応の処分を受ける」とする内容の社長宛の「上申書」と、事件の経過を記した「顛末書」を提出させた。原告が解放されたのは翌18日午前2時半であり、所要時間は12時間を超えていた。

 上申書は原告の真意を表明したものではなく、上記のような応答が適正な弁明の聴取といえないことは言うまでもない。

 (3)また、会社は個人がホームページで言論活動を行うことを無制限に規制することはできないから、ホームページ閉鎖の業務命令は無効であり、これに違反したからといって懲戒を受けることはない。当時、会社に「ホームページに関する規則」はなかった。本件処分後である1999年9月に会社は「業務外のホームページ等に関する規定」を作成・施行した(甲第7号証)。この規定の内容の合理性は問題であるが、これによって以前の行為を規制できないことは当然である。

 (4)したがって、会社の懲戒処分は無効である。

 4、確認の利益

 出勤停止処分は原告の名誉を侵害するものであり、また他の記者にも威嚇の効果をもつものである。原告は1999年8月31日上記処分の取消を求めたが、会社はこれに応じない。上記紛争を解決し、法のあるべき姿を示すためには処分を取消すのが最も有効であるから、原告には上記処分取消の確認の利益がある。

第4、賃金請求権

1、会社において賃金は、月給制とされ、基準賃金は当月1日より月末までの1ヶ月分、時間外勤務手当等は前月の1日より月末までの1ヶ月分を、毎月25日に支払うものとされている(甲2号証、給与規定3、5、6条)。

 2、会社は、出勤停止を理由に、原告の1999年3月25日に支払われた3月分の賃金のうち、15万3118円、及び1999年6月28日に支払われた夏期一時金のうち、7万2044円を不払いとしたため、合計22万5162円が未払となっている(甲第3、4号証)。

 3、よって原告は被告に対し、上記未払賃金全額及び請求の日の後である訴状送達の翌日より完済まで、労働債権は商事債権であるので、商法所定の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。

第5、損害賠償請求権

1、上記のとおり懲戒処分及び懲罰的配転は違法である。この懲戒処分及び懲罰的配転により原告の名誉は傷つけられた。

2、また、資料部への配転により、原告の給与は打ち切り手当の減額分だけで月平均12万6500円{(17万7000円+17万20000円)÷2−4万8000円}、配転の翌月である5月から退職日まで5ヶ月間で63万2500円もの減額となっている(甲5号証)。これらのことからすれば、原告の苦痛を慰謝するには少なくとも金1000万円の賠償が必要である。

第6、結論

 よって、原告は請求の趣旨記載の判決を求める。


     立 証 方 法

1、甲第1号証        辞令

2、甲第2号証        就業規則

3、甲第3号証        給与明細書

4、甲第4号証        賞与明細書

5、甲第5号証の1ないし3    給与明細書

6、甲第6号証        新聞人の良心宣言

7、甲第7号証          業務外のホームページ等に関する規定

 上記の他追って口頭弁論で提出する。


     添 付 書 類

1、訴状副本             1通

1、甲各号証の写し         各1通

1、訴訟委任状            1通

1、資格証明書            1通