「文学横浜の会」
上村浬慧の旅行記「Bruges(ブルージュ)は中世の街」
2002年6月8日
BBrussels … 中世と現代の共存する街 … 芸術の丘 足早に歩いて行く人の群れに混じって、東京都心部の駅裏に似た通りを歩く。似ているといっても道幅は日本に比べるとかなり広い。背の高いビルが連立しているわけでもない。コンクリートの小さなビルが所々にポツポツと建っているだけ。Grand-Place(グランプラス)からさほど離れていないのに空気がまるで違う。澱んでいて息苦しい。その息苦しさが日本のゴミゴミした裏町を思い出させたのかもしれない。国籍の違う人の群れが他人とのかかわりを拒否するように通り過ぎて行く。 10分ほど歩くと辺りの様子が変わってきた。ゴシック調のものとコンクリートの近代的な建物とが入り混じってみえる。ゴシック建築には部分的にホロの掛かっているものが目立つ。修復工事が施されているらしい。古い建物は保存が大変なのかもしれない。 なだらかな坂の上の方に、ホロの掛けられていない灰色の尖った塔がみえてきた。塔の先端には小さな十字架がみえる。その十字架に目標をさだめて進んでいくと、中腹にぽっかり開いた四角い穴が並んであるのがみえた。 写真 シャベル駅への地下道 60Kバイト 穴の中へ、人の群れが次々と消えていく。同じ方向に向かって歩きながら、他人とは触れ合わず、それぞれの背中に孤独を感じさせて同じ穴に消えていく。草臥れた現代人の生活がこの国にもあるのだと思わせる。くぐもった電車の音がかすかにきこえていた。もしかすると、この穴は駅へ通じる地下道の入り口なのだろうか。目を走らすと、穴のすぐ近くにGare Chapelle(シャベル駅)を示す表示が小さく出ていた。うっかりすると見落としてしまいそうだ。 穴の前に緩やかなカーブで延びている坂道を回り込むと、二階建ての中世建築がみえてきた。道に沿った建物は横に長く続いている。寺院の傍にあるのだから修道僧たちの宿舎なのかなと思ったのだが、チャイムの音と共に門のひとつが開き…あれあれ…高校生らしい集団がどォ−ッと溢れ出てくるではないか。それぞれデイ‐リュックを背負ったり、本を2~3冊ブックベルトでくくり抱えている。 写真 ハイスクールの若者たち 72Kバイト 門を出て三々五々、左右に別れる者もいれば、道を小走りに渡ってくる者もいる。僧侶の宿舎と思った建物はハイスクールだったらしい。こういった古い建物が修復を繰り返しながら、学舎として提供されているということなのだろう(冷たい鉄筋コンクリートの校舎で学ぶ日本の若者に比べると、レンガ造りの温かさはなんともうらやましい)。道を渡ってきた若者たちは、まもなく来たバスに次々と乗り込む。バスが走り出し、中から外の友だちに手を振っていく様子は日本の若者となんら変わらない。腕時計は正午。平日なのにこんなに早い時間の下校とは…やはりテロ事件の影響があるのかもしれない。航空事情が発達して世界中どこの国へも簡単に行き来できるようになった。Brussels空港から米国への往来も簡単なのだ。空港の異常さを思い出せば、今度のテロ事件がここBrusselsにも緊張をもたらしているのかもしれないと思ってしまう。それは考え過ぎだろうか…!? そんなことを思いつつ彼らを見送り、坂を右に曲がると、さっき目標にした寺院が全身を現してきた。苔生したレンガに支えられた塔が建っていた。Eglise Notre-Dame de la Chappelle(ノートルダム・ド・ラ・シャペル教会)だ。 写真 ノートルダム・ド・ラ・シャペル教会 64Kバイト Brussels最古の教会で1134年に建築を開始し、1403年に建物自体が完成、17世紀に鐘楼ができたのだという。建設に300年もかかったということになる。見学は予約が必要とのこと。入り口は固く閉ざされていて、その前の広い階段に青年がひとり、ポツンと腰を下ろしていた。 筋向いの広場(シャペル広場)で塔を見上げながらひといき。少しお腹もすいていた。だがこの辺りに飲食店は見当たらない。バックから、朝食の残りのパンと、旅行中は欠かさず持って歩くペットボトルの水を取り出し、空腹を押さえる。センター駅近くの繁華街まで行けばレストランがあると分かっていたが、そこまで往復する時間が勿体ないのでそのまま王宮へ向かうことにした。なんせ駆け足のBrusselsなのだ。 王宮までの道は、体力に自信のある人にはお薦めのコース…とガイドブックに載っていた。なるほど、緩やかだけれど延々と坂道が続いている。 前にも言ったが、ここBrusselsには大小の広場がいたるところにある。むろん坂道の途中にも。そういった広場に立って見渡す景観は日本とはかなり違う。ヨーロッパ文化の生み出す独特の雰囲気に、時代洋画を観た時と同じ興奮が湧き上がってくる。そんな景観に浸って歩いたせいか、長い坂道もまったく苦にならなかった。 王宮まであと僅かというレジャンス通りには、有名ブランドのブティックをはじめとして、日用雑貨・家具調度品・AV機器に至るまで様々なものを扱う店が並んでいた。中世建築の店内に、最新デザインのそういったものを陳列している。全然違和感はない。むしろゆっくり覗いてみたい誘惑に駆られる。見るとなにやら美味しそうなレストランもあるではないか。空腹もここまで我慢すればよかったと少し後悔。 写真 レジャンス通り 68Kバイト Brusselsはアール・ヌーヴォーの宝庫といわれる。アール・ヌーヴォーとは19世紀に出てきた芸術の新潮流で、植物の枝やツタを思わせる流れる曲線が建築デザインの特徴。ヨーロッパ初のアール・ヌーヴォー建築が誕生したBrusselsの街には、約500軒ものアール・ヌーヴォー建築が点在しているというから凄い。 中世建築の店舗の並ぶレジャンス通りの街並みにもそれは混在している。 歴史的にも学術的にも貴重な文化財を保管している楽器博物館、これも、地下1階、地上4階のアールヌーボー近代建築の建物。かつて英国の老舗Old England Department storeだったところ。 2000年6月 リニューアルオープンしたばかりで古今東西の楽器1500点余りを収録展示している。入館の際に渡されるヘッドフォンをつけてそれぞれの楽器の前に立つと、その楽器を使った演奏が聴ける。音とヴィジュアルで楽しめることで有名だというから、音楽を目ざす人には憧れの場所かもしれない。音大でピアノを学んでいる娘がここに一緒にいたらさぞ興奮しただろうと思いながら、博物館の外観をしっかり目に焼き付けた。 写真 楽器博物館 68Kバイト 楽器博物館の近くに庭園のような広場があった。Place du Petit Sablon(プチ・サブロン広場)。よく手入れの行き届いた広場の中央に、エグモント伯とボルヌ伯…2体のブロンズ彫像が立ち、その周りを中世のギルド職人たち48体の像が取り囲んでいる。奥に宮殿(エグモント宮)があるのがみえた。樹木と彫像とがバランスよく溶け合って、広場全体が自然の芸術作品といった感じがする。とても美しい広場だ。 写真 プチ・サブロン広場 76Kバイト この広場の西、広い通りを挟んでEglise Notre-Dame du Sablon(ノートルダム・デュ・サブロン教会)がある。14世紀にフランボワイヤン・ゴシック様式で建てられた Brusselsで最も美しいといわれる教会。内部のステンドグラスは繊細で、息を呑む美しさと華やかさで観る人を虜にする。ラ・トゥ−ル&タッシ−家の霊廟があるのだが、この一家は16世紀のBrusselsに国際郵便システムをもたらし、一族の名タッシーが現在のタクシーの語源になったのだとか。 (へェ そうなんだ!) 写真 ノートルダム・デュ・サブロン教会-@ 56Kバイト 写真 ノートルダム・デュ・サブロン教会-A 68Kバイト この教会を左にみて坂を登りきると芸術の丘。程なくPlace Royale(ロワイヤル広場)に着いた。長方形の広場で、新古典主義様式で造られた建物群を左右に従えたサンジャック・シェル・クーデンベルグ教会が広場の横幅いっぱいに堂々と建っている。それを背にした広場の中心には、11世紀第1回十字軍指揮者のひとりで、後にエルサレムの王となったゴドフロア・ド・ブイヨン国王の騎馬像がある。 写真 ロワイヤル広場 48Kバイト 王宮・図書館・王立古典美術館・王立近代美術館そして楽器博物館の旧館(Koninluk Muziek Conservatorium)などが、この広場を囲むように建っていた。 王宮はどこの国でもそうなのだが、王が国内においでになる時は屋根に国旗が掲揚される。この日は国旗が爽やかな風に靡いて掲揚されていた。見学は7月下旬〜9月上旬だけ。大理石や金箔でデコレートされた部屋の数々を見学できるらしい。もしその時期にこの地を訪れることがあったら見学してみてはどうだろう。とはいっても、この王宮で現国王一家が実際に生活されているわけではなく、ここは国賓を向かえる際などの公式行事に使われるだけなのだそうだ。ご一家が日常生活されているのは郊外のラーケン宮。だから、見学できたとしても国王ご一家のお姿は垣間見ることさえ出来ないだろう…が。 写真 王宮 56Kバイト 王立美術館は古典と近代との芸術品を展示する二つの館が、細い道を挟んで立っている。地下通路でつながっていてどちらからでも入館できる。地下通路はまるで巨大迷路のようだという話。しかも18世紀末に建てられた王立古典美術館は、ヨーロッパ最大級の収蔵品数を誇るベルギー最大の美術品の宝庫。600年にわたるヨーロッパの美術史を堪能できること請け合いだとか。それがこの地域を芸術の丘として世界に知らしめることになったのだろう。ただし見学するなら、まる一日は優に掛かると覚悟した方がいいと思う。 写真 王立古典美術館 68Kバイト 写真 王立近代美術館 60Kバイト ひときわ目を引かれたのは楽器博物館の旧館。美術館や図書館の白を基調にした建物群の中で、赤レンガの落ち着いた美しさを醸している。18世紀以降の6000点を越える楽器が今も収蔵されているという。学生らしい若者が数人、入り口から吸い込まれていった。 写真 Koninluk Muziek Conservatorium(楽器博物館の旧館) 68Kバイト それらを外側からゆっくり眺めて歩いた。というより、外観を眺めるだけで我慢したといったほうがいいかもしれない。 ロワイヤル広場に立って、来た道を振り返ると遠くにヨーロッパ最大級といわれる最高裁判所がみえる。中世には絞首刑場が置かれていたというこの裁判所、現在27の法廷と245もの別室があるという。平日は様々な裁判が開かれ、そこかしこの部屋で真剣な話し合いが行われているらしい。誰でも入場は可能。時間があったら、絶対訪れてみたかったところのひとつ。 写真 ロワイヤル広場から…王立美術館・最高裁判所・トラム(路面電車) 72Kバイト 写真 最高裁判所 60Kバイト ロワイヤル広場を横切ると、王宮の北側に大きく広がるのがBrussels公園。かつて王宮の一部としてブラバン公の狩猟場だったものを、18世紀の始めにパリのチュイルリー庭園を模してフランス式庭園に造りかえられたのだという。庭園のあちこちに18世紀の彫像のレプリカが置かれている。現在では一般に公開し、Brusselsで最も古い公園として市民に親しまれているとのこと。この公園を散歩している人たちのようすから、それは本当なのだろうと思える。 写真 Brussels公園のレプリカ 36Kバイト 朝、どんより空を覆っていた雨雲は、坂道を歩いているうちにすっかり遠のいていた。 広い公園には、白い雲の合間から太陽が射し込んでいた。花壇にはたくさんの花が咲き、中央の噴水の周りに小鳥が飛び交っている。園内を歩いている人には、Gare Chapelle(シャベル駅)界隈で出会った人とは違う、ゆったりした温かさがある。そんな人たちと会釈を交わしながらベンチに腰を下ろし、遠くに目を馳せればBrusselsの街が一望に見渡せる。まさに王の庭園。この広場の更に北側には、国会議事堂をはじめとした各省庁の建物が並んでいた。 写真 Brusselsの街並み 36Kバイト 芸術の丘の上、心地よい風にあたりながら夕方までの計画を模索する。Brugge(ブルージュ)へ往く電車は30分間隔で出ている。まだ4~5時間の余裕があった。取り敢えず中央駅まで戻り、軽くランチを摂ってからタウンバス(市内観光バス)に乗ろうと決めた。 王立美術館の横にあるカリヨン時計…これもアール・ヌーヴォー建築のひとつ…
横浜そごうの前にあるオルゴール時計を大きくした感じのこの時計は、ベルギーの偉人をモチーフにしている。カリヨンとは組鐘のことで、その名の通り、様々な鐘の音で時を知らせるのだ。時刻はちょうど午後1時。カリヨンが重なり合った音色で時を奏ではじめた。 写真 カリヨン時計@ 60Kバイト 写真 カリヨン時計A 52Kバイト カリヨンの音色を聞きながら、その下を、出来るだけゆっくり歩いて中央駅へ向かった。 (Lie) |
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