「文学横浜の会」

 随筆(城井友治)

これまでの随筆

2003年07月12日[掲載]


〔 風の便り 〕ー残年記ー

<72>

 世の中どうなっているのか、分らないことだらけである。

 往復ハガキが来た。
〈あなたの家系図を見たいと思いませんか〉
〈あなたの家系は、そもそも遠く祟徳天皇の……〉

 これにはびっくり仰天。今時、こんな荒唐無稽な話に乗る人がいるのだろうか?  明治の初め、苗字をつけることが許されると、自分で作るよりは、手取り早く、 土地の有力者や尊敬する名主の苗字を頂戴することが流行った。一村同じ苗字が誕生してしまった。 だから苗字を言っただけでは、どこの誰だか分らない。それで家名が生まれた。

「五郎兵衛どん」とか「庄ぜんどん」或いは商売をしていれば、その屋号が使われた。 時代が経つと、家の次男三男坊が土地を出て、新開地で成功する者も出てくる。 元をただせば水呑み百姓です。それが本当なのだか、もっともらしい家系図を欲しがった。 戦前それが商売になった。 「系図屋」というのが存在していたから、 多くの家には巻き物になった家系図が蔵か納戸の奥深く大事にされていた筈である。

 ××天皇から始まって、源氏か平家とかの由緒ある家柄が並べられ、 豊臣か徳川かの家臣として関ヶ原の戦いで……、なんてことが縷々と書かれていたと思う。 死語になった筈の「系図屋」が復活して来たのだろうか。

 どんなことが書いてあるか興味を持ったが、うっかり返事を出すと、紳士録の件ではないが、 付きまとわれても困るので、屑籠の中に捨ててしまった。

◆        ◆

 取引がなかったから、なんという名前の銀行たちが合併してそういう名称になったのか 知らなかった。いまだに正確にその銀行の名前を言えない。 丁度私が生まれた頃、昭和恐慌という経済不安があって、多くの企業の倒産があり、 その中には銀行もあった。今度の場合は政府が預金者の保護を打ち出しているから、 取り付け騒ぎなどは起こらなかった。 長い年月銀行はつぶれる企業の救済にあたっていて、 自分のところがつぶれるなんて考えもしなかっただろう。 我々零細企業や商店にとっては、銀行は神様みたいなもので、 なんとか覚えをめでたく融資がスムーズにして貰えるよう銀行に足を運んだものだ。

 昭和30年(1955)頃までは、高度成長機運もあってか、 事業主の人物本位で資金の融資があった。担保は補助的なものだった。 ところが次第に担保が重要な裏付けになり、担保能力が問われることになった。 さらにそれがバブル期になると、土地を担保に資金はいくらでも出すというおかしな時代が現出した。 担保物件は購入価格の7掛けか6掛けで評価され、その価格の融資がされるのだが、 銀行も金あまりの時代だった。1000万円いると言えば1500万円貸した。 銀行が資金を丸ごと出してくれたから、一銭もなしに広大な土地が買えた。 私の友人も北海道に土地を手に入れ、大地主になったと威張っていた。 どの辺の土地と訊いても、住所は教えてくれたが、行ったこともなく見たこともないと聞いて、 凄いなぁと感心したものだ。

 今、こんなことがあったよと銀行員に話しても、そんなことがあったと先輩から聞きました。 と、すでに物語の世界の話になっている。

 身辺整理をしていたら、銀行の預金通帳が出てきた。 残高を見ると、年金暮らしには有難いお小遣いだった。 しめしめとカードで引きだそうとした。通帳を作った銀行とは違うが、同じ銀行の支店である。 いくらやっても暗証番号で引っ掛かってしまう。 弱ったなぁと思っていたら、そばで見ていたのか、銀行の案内係の男の人が、 身分を証明するものがあれば、暗証番号を聞くことは可能ですよと教えてくれた。 そこで窓口に行き、免許証を出してその旨を告げると、怪訝な顔をしている。 それもその筈、通帳の名前はペンネームだった。原稿料やささやかな印税が振り込まれていた。 通帳を作ってくれた支店に連絡してくれれば分るからと言うと、 奥の方で男性行員が電話をしてくれた。すぐ返事がきた。

「この通帳のお名前が、あなたであることが証明されません」

ウーム、無名であるから仕方ないが、通帳を作った時に本名を括弧書きにしていなかったのか。 匿名の口座を作った訳ではない。 店をやっていたから、入金が混同されても困ると別個にしただけのことだ。 株式会社でも税務署の調査は、個人の預金通帳まで調べられる。 今は、入金の相手先が印字されるが、以前は小切手か現金かの記録しかなかった。 税務署は会社の売上げ金が個人の口座に振り込まれているのではないかと疑ってかかる。 一年も前に個人口座に振り込まれた金額を追及されたことがある。証明するのにえらい目にあった。 そんなことがあったから、別口座を作り、

「じゃんじゃん入ったらいいですな」

なんて役職の行員の笑い声に、夢のような期待に胸をふくらませたものだ。 確定申告に取材費の計上が出来たのは一回きりで、その後は税理士さんに、 もっと収入がないと認められませんと断られた。

 翌日、印鑑と通帳を持って行き、解約をした。

 こんなことも起こっている。私のことではないが……、  銀行の窓口で番号札がアナウンスされ、その席について手続きをしていた。 ハンカチを取り出した時だったのか、財布を足許に落とした。気がつかないで話し込んでいた。 なんの気もなしに足許の財布に気がついた。 拾い上げようとしたら、後ろからサッと手がのびて財布を拾い上げた者がいた。 窓口の案内係の女子行員だった。

「やぁ、すまない、有難う」
と、手を出したら、
「いえ、これは拾得物です」
「そんなこと言ったって、それは俺のだよ」

 案内係は納得しない。揚げ句の果てに、中に入って下さいと、男子行員に対面させられ、 中に何が入っているのか、お金はいくら入っているかと立て続けに問われて頭にきた。 今日昨日の付き合いでない、なんて無神経な銀行なんだ! と憤慨していた。

 なんでこんなことが起こるのか。

 以前の銀行の窓口は仕切りなぞなくて、カウンター越しに行員の動く姿が見えた。 当然責任者は、窓口に来る客の顔も見知っていた。 気安くカウンターの中に入れ、世間話に興じたものだ。 いつの頃からか、自在ドアはなくなり、やたらに入れなくなった。

 さらに銀行泥棒の多発から、危険防止を兼ねてフロアが改造され、 奥で働く行員の姿はちらちらとしか見えなくなった。 その上にコンピューター処理の普及で、目の前に端末のノートパソコンがある。 窓口に来るお客さんの姿よりも、そっちに目が走る。 長い付き合いの客かどうかは、パソコンに出てくる記録で初めて知る。 銀行ばかりではないが、人間が機械の部品になってしまっているような気がする。

 財布の中に万券が何枚、千円札が何枚と言える人はいいが、 そうでない人は名刺の一枚も入れておいた方がよいと思うが……。

◆        ◆

 何号か前に、ブラジルで仏教の布教に専念している友人・広瀬一浄師のことを書いた。 久し振りに生活の様子を記した手紙を貰ったので、その一部を紹介します。

    酒量のめっきり落ちた昨今です。甘いブドウ酒を糖尿病を気にし
   ながら、ちびりちびり舐めている程度。

    さて、世界中の不景気。坊主の世界も例外ではありません。
    先月から今日まで葬式なし。したがって、売上げといってはいけま
   せんね。つまりお布施ゼロ。ほとけのセ界は煩悩即菩提の世界。
   売上げゼロはめでたしめでたし! とせねばなりますまい。

    とは申せ水だけではいのちは支えられず、わずかな貯金をはたいて
   露命を支える状態です。

    幸いと言うべきか物価がかなり安いのが極楽。
   たとえば米10`15レアイス(US1=3レアイス=106 円で計算する
   と1レアイスは約40円)米10`が600 円ということになりますね。
   その他、上等牛肉 6レアイス=240 円/`。
      ビール 80センタボス=30円/缶。
      ポンカン 4レアイス=160 円/`。
      牛乳 50センタボス=20円/g。
   といった具合。

    酒場でコップ一杯否二杯ひっかける焼酎(ピンガ)は、なみなみ
   ついで50センタボス=20円/コップ。枡ではありません。水道水は
   飲めないので、3レアイス=120 円/20g。高いのは、薬代・医者代、
   坊主は病気になれません。労働者最低給料240レアイス=9600円/月。
   法事お布施 30から100 レアイス=1200円から4000円/1 回。
   葬式お布施(枕経・葬儀・墓場込み)100 から250 レアイス/1 回。
   頂き過ぎかな? たまに貧乏なのでロハにしてくれとの依頼もあり
   ます。という訳で、月に500 レアイス=約2万円ほどあれば、
   なんとか生きてはいけます。ありがたいことです。

    因みに大統領の表向き月給は、9000レアイス=36万円ほど。
   消費税率は物によってまちまちですが、28lほど、これは痛い。
   銀行金利20から30l/年。インフレ率 20から30l/年。
   TV受信料は高く、110 レアイス=4400円ほど。

    日本はデフレ対策で政治・経済界の偉いさん達が頭を痛めている
   ようですが……。

 という手紙でした。銀行預金の金利がすごく高いけど、 インフレが同じような率で進行しているのでなんにもならない。 消費税率が高いのは、直接税よりも間接税に移行している世界的な傾向だろう。

 前に体調を崩したと聞いていたが、元気になって布教をしているようで安心した。

◆        ◆

 最近は殺伐な事件が多い。全くやりきれない。 どうしてこうも安直に人殺しが行われるのだろうか?  それに犯罪者の刑罰が軽すぎはしないか。 故意か故意でないかで刑が情状酌量されるらしいが、明らかに犯罪を犯したのなら、 それ相応の処罰は受けるべきだ。

 警察官が自衛のために発砲しても、 警察署長がいちいち「あれは正当でした」と弁解めいた釈明するのも変なものだ。 なんでピストルを携帯させるようになったのか。 凶悪な犯罪人に対抗するには、警棒だけではどうにもならない結果だろう。 犯人が自動車で突っ込んで来た時、フロントグラスに向けて発砲して何故いけないのか。 威嚇をこえているとコメントしていた人がいたが、後から新聞記事を読んでの発言なのだろう。 現場にいたとしたら、そんな呑気なことは言えないと思う。 ここでも加害者に気配りし、被害者になるかも知れない立場を無視している。 警察官が死んだら、役目だから仕方ないですますのだろうか。 それでは使命感を持って警察官になろうという人はいなくなる。

 昔は昔はというと笑われるが、学校の先生と警察のお巡りさんは尊敬される人だった。 今はその陰が薄い。

 道に寝転がっているのを危ないからと注意されると、追いかけて殺すまで殴るとは言語道断である。 新聞やテレビで報道されると、怖くなって自首したという。 自首したからといって許せない。 加害者にも死の償いをさせるべきだ。正義をも殺したのだから……。

03.7.10

 城井友治


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