「文学横浜の会」
随筆(城井友治)
2005年05月15日[掲載]
〔 風の便り 〕ー残年記ー
<92>
3月は合本を出すので休ませて貰った。
4月になって何行か書き始め、仕上げにかかったところで、病院の検査日にぶつかった。
検査が終ってから書こうと車を運転して、いつものように早めに出かけた。お昼前の予約だが、
毎回採血をして、その結果を診ての診断だから一時間ぐらい前に行っていないとまずい。
それに駐車場もその頃は満員で待たされる。
採血が終ったら文庫本でも読んでいようと待合室で待機。本を広げたが、
ご婦人同士の声高い話が耳について本に集中出来ない。
あきらめて目を閉じていると、今度はすぐろ後ろの席に夫婦連れか坐った。
旦那に付き添って来た奥さんが、しきりに病院の待ち時間の長いのに文句をつけている。
病院へでなく旦那にである。旦那は黙って聞いている。
薄目をあけてうかがうと、奥さんは旦那のシャツの襟などを直しながらの文句だった。
消化器の患者なのか、顔色がよくない。
奥さんに言われるまでもなく、病院の待ち時間は長い。
待っているうちに病気を貰うのではないかと心配することがある。冬の内科診療室は禁物である。
ゴホンゴホンとやっている人がいるからだ。病院に来る患者の数は多い。
予約制になっていても、予約時間通りに呼ばれたことはまずない。
長年通っているせいか、待たされるものだとあきらめている。
その日も予約時間が来たのに呼ばれる気配はなかった。正午を過ぎて、ようやく診察室に呼ばれた。いきなり、
そう言われても思い当たることはない。だいたいカリウムというのが、どんな役割をしているのか知らない。
ただこのところ身体が重苦しい日が続いている。そのせいなのか。
即入院と聞いて驚いた。入院するつもりでないからなんの用意もない。生憎と今日はカミさんも娘も外出している。
弱った。ケイタイに電話をいれる。ハンドバックに入れ放しだと出た試しがない。それが出た。
昨日孫にコール音を大きくして貰ったのだそうだ。即入院と言われたと告げると、私よりびっくりした声が返って来た。
と、言うような訳で、それから一週間病院暮らしとなった。
そのお陰で事なきを得たが、4月も『風の便り』を書くのを休んだ。
これからは毎月というのは無理で、気が向いた時、不定期に出すことにします。
◆ 尼崎の鉄道事故はなんとも痛ましい。国鉄時代から日本の鉄道ダイヤの正確さは世界に冠たるものであった。
1分30秒の遅れを取り戻すために、スピードをあげ、それが脱線の原因となったとしたら、
この正確さと安全との兼ね合いはどう判断したらいいのだろう。
新幹線でも世界一を目指してスピードの競争に明け暮れている。こんなバカげたことは止めた方がいい。
速い乗り物は、航空機、その次が汽車、自動車で十分だ。
今度の事故で思い出したのは、鶴見事故だ。あれも貨物列車がスピードの出し過ぎで、
カーブにかかったところで脱線した。そこへ横須賀線が突っ込んだ。確か百六十人ほどの死者がでたような記憶がある。
鎌倉アカデミアの学長だった三枝博音先生もこの事故に巻き込まれた。
災害は忘れた頃にやってくると言うが、人災だけは無くして欲しい。いくらあやまっても亡くなった人は戻らない。
事故のテレビを見ているのがつらくスイッチを切ってしまった。
もし、自分がその現場にいたらと思うといたたまれない。
天災、人災が続く。災難にあわれた方々のご冥福を祈る。
◆ 中国の反日デモ。なんでこんなことが起こったのか分からない。中国政府に対して経済援助ばかりか、
企業進出の勧誘に多くの日本企業が現地生産を始め、そのために雇用が拡大され、地域の振興に寄与している。
感謝されてこそ当たり前なのに、反日とはなんだ。これが偽りのない感想である。
日本企業が人件費の安いことを好いことに、勝手し放題の経営をやっているのか。
そんなバカな経営者はいない筈だ。
それなら何故? デモのスローガンを見ると、日本は侵略の歴史の反省がない。教科書問題。
靖国神社の参拝はけしからん。安保理の理事国入りは反対。
どれもこれも中国政府が日頃日本政府に突き付けている命題である。
インターネットで仕掛けたのは誰か。まさか中国政府関係者ではないだろうな。
今度の事件で、日本企業の闇雲の進出は考えなおされるだろう。観光も安全が保証されるのか。
暫くは見合わせた方がよさそうだ。
中国外交のしたたかさを見せられたが、中国の教科書は日本とのかかわり合いをどんな風に書いてあるのか。
読んでみたい気がする。日本の政治家が海外で『無名戦士の墓』に献花している。
日本に来る賓客に、無名戦士も祠ってある靖国神社で献花させたらどうなのだろう。
戦犯だけのものでないことを、もっとPRすべきだ。
投石したり、旗を燃やしている青年の顔がテレビにでかでかと写しだされていた。
ああこの連中取締が始まったら、逮捕されてしまうな、と思った。日本での安保の闘争では、青年たちは、
みな手拭いとか風呂敷で顔を隠したものだ。顔をさらしていると、写真に撮られて逮捕の危険があったからだ。
中国の青年たちは素顔。いかに闘争の現実を知っていないか、初心者のデモである。
◆ プロ野球も始まって一ケ月、色々な改革が行われたらしい。お客さんあっての商売だから当り前だ。
グランドに出っ張った観客席なんて、臨場感あふれるなんてアナウンスしていたが、あれほど怖い席もないだろう。
ヘルメットをかぶり、グローブをはめていても、ボールがどう飛んでくるか分からない。
野球を見るよりも、一緒に守っているようだと言っていたが、本音だろう。
反応の鈍くなった老人の座る席ではないな。
東京ドームでも、観客数を実数近いものを発表した。以前はいつも満員で、観客数は五万六千人だった。
改修後は5万5千人。今季から満員数を4万5千人と決めたんだそうである。
一万人近くもサバをよんでいたことになる。
4月1日の巨人広島戦の入場者数は4万3千6百84人。「立錐の余地もない満員です」とアナウンスしていたが、
満員ではない。
昔、「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉があった。好きなものの印か、強いことの象徴だったような気がする。
ところが強い筈の巨人が開幕以来6連敗。そこへもって来て、パリーグへ新規参入した楽天は11連敗。
口の悪いのが言った。
◆ ラジオ放送が始まって80年だそうだ。昔のラジオは雑音が入って聞き取れないと、ボンボンと叩いた。
すると音がはっきりした。もうこれは伝説になっていて、
舞台でも映画でもその時代には欠かせないシーンになっている。あれは真空管がゆるんで、そうなったのか、
埃がたまって接触が悪くなったのか、分からない不思議な現象だった。
80年のうち、ほんの2、3年ラジオで食べさせて貰った。出版社に在職中からラジオの台本を書き、過労で入院。
すこし快方に向うと、面会室が打ち合わせの会場になり、あまり大勢が出入りするものだから退院させられた。
民間放送が生まれた時だったから、書き手がいなかったせいもあって忙しい思いもした。
四ッ谷の文化放送に仲間がいたお陰で、仕事を貰い、
学校の下級生だった舞の名手閑崎ひで女の留守宅を打ち合わせに使わせて貰ったりした。
彼女の家は四ッ谷の三栄町で、文化放送のごく近くだった。
文化放送はカソリックかプロテストタントか知らないが宗教法人のようで、シスターが事務も管理もやっていた。
社員食堂に朝飯を食いに行くと、顔を合わせるシスターがみんな丁寧に頭を下げた。
部外者が朝飯を食いに来る筈はないと思っていたらしい。
安くてうまい食堂と評判が立ったせいか、外部からの人間が多くなり、締め出されてしまった。
肝心の仕事のことは覚えていないで、そういうことだけは鮮明に記憶している。
苦しい時代だったけど何事によらず一生懸命だったな。
◆ 前回だったか、ちらっとご紹介した『青江舜二郎生誕百年記念』DVDが6月24日発売になる。
5月31日までの先行予約を申込むと、色々な特典がついています。
先生原作の『水のほとり』『実験室』の二篇が収録されていて、日下武史さんと川久保潔さんが出演している。
記念に手元に置かれたらどうでしょう。価格・3990円。
販売・叶V日本映画社
◆ 郵便民営化がどうやら決着がつきそうだが、どういう形にしたところで民営化した方がいい。
反対議員は郵便局へ足を運んで、為替を組んだり、速達を出したことがあるのだろうか。
私の住んでいる地域の本局では、まず30分は待たされる。窓口は三つ四つと開いているし、
窓口の職員は一生懸命にやっているのだが……。あれはシステムに欠陥があるのだろう。
銀行のように機械の設置がなされていない。窓口がいくら混んでいても、お年寄りが相談に来ると、
その応対で窓口業務は停滞してしまう。窓口でやらなくてもいいことを、
何故バックアップすることを考えないのだろうか。
郵便の配達は競争相手が出来てから早くなった。今日投函すれば、大体近隣であれば翌日着く。
それ以上に早く届けたいので、朝早く郵便局の窓口に行って、
なんで、何時までに投函した速達は当日配達。それ以後は翌日になります。と、ぐらい表示出来ないのか。
こんな単純な客の要望を感じない姿勢は、刺激を与えないと分からないと思うね。
100 メートルほど離れた駅前の近くに、昔で言う、3等郵便局がある。急ぐ時はそこまで行った方が待たされない。
窓口が混み出すと、後ろに控えている局長さんらしき人が窓口を手伝う。それで仕事が流れている。
ここには役所の空気はない。民間の姿勢である。
◆ 『新・シルクロード』に触発されて、『私のシルクロード』を書き始めたが、今度の放送を見ていても、
25年前に受けた感動はない。しかし続きと題した以上たった2回でほうり出す訳にはいかない。
いっそのこと、番外編で纏めた方がよかったのか。
次の機会に番外編として出すことにします。お許しを……。
05/05.10
城井友治
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