「文学横浜の会」
随筆(城井友治)
2005年10月16日[掲載]
〔 風の便り 〕ー残年記ー
<96>
病気の癒しのためにと、友人から小唄『あじさい』が送られて来た。有難く感謝の極みである。
残念なことに、私に邦楽の嗜みがない。しかし、聞いているうちに思い出すことがあった。
邦楽とひと口に言っても、幅広い。これからの話しは、その中の『哥沢』である。
現役で仕事をしていた頃だから、40年も前のことだ。
なんで私に電話をして来たのか分からないが、恐らく趣味人同志の話しがはずんだ末のことなのだろう。
こういうことはもたもたしていてはいけない。横浜でも著名な店に顔なんか効かない。
というようなことで、土曜日になった。部長は満面笑みを浮かべ、お供の社員はしかめ面をしていた。
座敷に入ると、老妓が一人三味線をかかえて、我々の姿を見ると、頭を下げた。
ああおふくろと同じ年頃かなあと思った。
お座敷で聞く、始めての『哥沢』。常磐津か長唄かの区別もつかない身にとって、いいも悪いも分かる筈はない。
ただ、老妓の三味線のバチさばきと奏でる音のたくみさに感心した。一曲終って、老妓は次室に引き下がった。
拍手を送った後、
「いやぁ、素晴らしい、まったく素晴らしい。なんという三味線の妙技でしょう」
部長は面白くない顔をして、
なんとかご機嫌をむすんでもらい、また一曲。
しかし、後に部長が『三越邦楽名人会』に出演したくらいだから、趣味を通り越したものだったようだ。
『哥沢』が分かる奴と思われたのか、名人会の度に招待して頂いた。
友人からの小唄『あじさい』を聞きながら、懐かしい思い出にひたることが出来た。
◆ 原辰徳さんが退任した堀内監督の後を受けて、巨人軍の監督に収まった。
2年前、9連敗した時に監督を首になった。
9連敗したら9連勝すればいいじゃないかとファンは、原さんに同情し憤慨した。
巨人軍の傘下に残るらしいと聞き、そんなもの蹴飛ばせとまで言うファンがいて新聞紙上を賑わせた。
ところが今期の成績が不振を極めてくると、次期監督に取り沙汰されたのが、阪神の星野仙一氏。
引き受ける筈もないのにマスコミは騒ぎ立てた。星野氏は、原君が助監督なら、と言ったとか。
原がそれを断ったと言う。断る筈である。この時すでに原の次期監督は決まっていた節がある。
球団ボスの渡辺氏が、
「原君には2、3年勉強しろと言ってある。あくまでも人事異動のことで、問題ない」
意気や壮なりと思うが、なんとなく白けるなぁ。巨人ファンよ、ごめんなさい。
◆ シャントを左腕にした時、圧迫しないために腕時計をはめないことや、
手首を締め付けるようなシャツは着ないで下さいと言われた。右手に時計をするのは、どうも抵抗がある。
それで、昔買ったちょっと洒落た懐中時計を取り出した。まだ使える。竜頭を巻くと秒針が軽やかに動きだした。
ほほう、これは儲け物だ。一日おきの病院通いに持って行くことにした。
ところがゼンマイ巻の時計は、2日間ともたない。その度に竜頭を巻く。
時計を実用品と考えているから、これには参った。仕方がない、一丁おごるか。
通信販売のカタログをみると、1万数千円している。
安いのでいいんだがなぁと、近くのホームセンターの売り場を覗いた。
文字盤が見やすいのが条件だ。昔の鉄道時計のようなものが飾られてある。これでいい。
手に取って、値段を見て驚いた。980円。間違いではないのか。特売なのかも知れないと、急いで買った。
電池交換とほぼ同じ値段とは……。竜頭を巻く不便さはなくなった。今でも無事に動いている。
暫くして、また店の売り場を覗いた。たった一つ、売れ残ったのか、ぶら下がっていた。
買わないと損するみたいな衝動にかられて、それを買った。
◆透析あれこれ◆
脳のCTの結果は異常なしだった。気になるのでしたら、神経内科を受診しますかと訊かれたが、断った。
ある面では、病気は知らない方がよいときもある。
長時間に渉ってペンを持つと力が抜けるが、調子が良ければ不自由ではない。ただ根気がなくなった。
CTのことで、畏友の坂本君から仕事の上で目にしたものだがと、メールをもらった。その紹介をします。
なるほど、すぐCTを撮りましょうというのも分かる。高価な機械の償却のためなんだろう。
CTでもMRIでも素人が見ても分からない。お医者さんには頼もしい機械なんでしょう。
透析が始まる前の待合室の一角で雑談を耳にすると、だいたいが私より先輩だから参考になる。
誰もが明日は我が身と思っているから、黙って聞いている。
なんでそんなことを訊いたかと言うと、それが分かれば覚悟の仕様があると思ったからだ。
もし1年しかなければどうする? 5月の末に始めて、半年は過ぎる。
その間身の処し方を考えては忘れ、一向に捗らない。
資料にしても、もう書く時間がないから捨てようと思いながら読む出すと、また元の場所に置いてしまう。
未練なんだなぁ。透析をやっていて死亡にいたる原因は、心不全による突然死が多いらしい。
なんでそうなるのか、分からないだらけで透析に通っていたら、毎週水曜日に来るお医者さんが、
透析患者の体重が増えるのは、ほとんどが水分の過重な摂取によるものとの教え。
早速私のドライウエイトで決められた水を、ペットボトルに入れて計ってみた。
朝起きて、お茶を一杯、食事、果物、食後の薬。
飲んだ水分の量をペットボトルから引くと、あっと言う間に3分の1以上が消えた。昼間の食事、3時のお茶。
うっかりするとそれだけで、ペットボトルは空になる。こりゃいけない。
このほか思い当たる数々の疑問が丁寧に書いてある。透析を始めて間もないと不安が先立つものだ。
大変参考になった。
後は、自分でどうするかである。
『ペットボトルはペットのボトル』 05/10.14
城井友治
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