「文学横浜の会」
随筆
2006年3月12日
「ポチ」
昨年の師走のことであった。一通の便りが私を驚かせた。
はがきの主は群馬県に住むいとこからだった。
従兄弟とは5年ほど前に伯父の葬儀に会ったきりでここ数年は年賀状のやり取りだけだった。
彼の実家(父の生家)は群馬県黒保根村で、前方に赤城山が見え、山深い地形にあった。
私が両親に連れられて行った幼い頃の記憶には、夜の静けさは例えようもないほどのもので、
狐の遠吠えはまるで庭先で鳴いているかのように聴こえたものだった。
この家に2匹の犬がいた。1匹はドーベルマンで立派な毛並みをなびかせて伯父の狩りのパートナーであった。
もう1匹は雑種で名前はポチと言った。
伯父が拾ってきたらしく、狩に同行するわけでもなく、かといって番犬でもないのだが、
振り向くといつもそこにいて心なごむ存在であり、当たり前のようにいるべくしてその犬はその家にいた。
近寄っても吠えるわけでもなく、かといってじゃれつくわけでもない。
伯母が差し出すご飯を喜んで食べ、いつも玄関の土間から座敷を見上げ家族を見つめていた。
私達が近くの川原に遊びに行くときはいつもポチが一緒だった。
ふさふさとした白い毛並みが水に濡れると、ポチは何度も体を揺すった。
そのたびに私の顔はシャワーを浴びた後のように滴がしたたり落ちるのだった。
私がポチを最後に見たのは祖母の葬儀の日だった。庭の隅から忙しく出入りする人々を悲しげに見つめていた。
その後ポチがどんな最期を辿ったか定かではない。が、いとこは獣医になった。
薬剤師をしている彼女と結婚をして独立し二人の子供をもうけ、そして犬を飼った。
いとこがポチと名づけたのも頷けた。このポチも生家の犬と同様に家族の心を慰めていたのだろう。
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
黒枠されたはがきの短い文面に語りつくせないほどのポチと家族の愛情がぎっしり詰まっているようで私は胸が締め付けられた。
寂しさはまだ癒されないだろうか。苦しみが少しは思い出に変わったろうか。
雪解けが来て里にも杏の花が咲き始めたら、便りを出そうと思う。
<S・K>
|
[「文学横浜の会」]
禁、無断転載。著作権はすべて作者のものです。
(C) Copyright 2000 文学横浜