「文学横浜の会」

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2006年5月27日


「大ちゃんが行く 1」

 ー 大ちゃんが行く 1 ー

 桜の実生を探しに野島に行った。娘に子供が生まれその記念樹と思い提案したら、娘も探しにいくということになった。 この時期桜の花は散り、柔らかな土の間から実生がまるで赤子の手のような2枚の葉を地上に出しているはずである。 私の故郷には立派な桜並木があるが、プランタ−で育てる実生にそんな大それたことを期待していない。 いずれは可愛い花を付けてほしいそう願っているだけである。

 大ちゃんが生まれたのは昨年の暮れだった。予定日を過ぎても胎児はいっこうに子宮口に下りてこない。
「あっちゃんのお腹はよっぽど居心地がいいみたいだね」
「ほんと、予定日間違えちゃったかな」
 娘は大きなお腹を擦りながら、まだまだこの瞬間を楽しんでいたいのか、人事のように言う。 つわりの度合いは人それぞれだが、彼女の場合は吐き気、めまい、が4ヶ月中旬まで続き、 挙句の果てにはつわりのピーク時にアパートの外壁工事が始まった。ブルーシートで覆われた部屋は、梅雨時のせいもあって、 じめじめとしていた。特に雨の日は閉め切った部屋にシンナーの匂いが漂い、その時期送られてくるメールは「つらい」の連打。

 スープの冷めない距離にいるものの、さすがに週末になると我が家に避難してきた。

 本当に妊娠している体なのかと疑いたくなるほど、彼女は痩せていった。 そんな辛い時期を乗り越えてようやく臨月を迎えたのだった。

 明日で40週5日目、いい返事を期待したい。娘も私もそう願いながら診察を受けた。
「あさって入院しましょう」
 以外な医師の言葉に私は動揺した。2日後に子供が誕生する。まだ子宮口も開いていないのにどうやって・・・。

 自然分娩の経験しかない私にとって、これから話す医師の言葉は未知の世界であった。無論彼女は固まっていた。
「よく聞いてくださいね。子宮口がまったく開いていないので入院したらすぐに海藻を入れます」
「かいそう?」

 何のことだか分からず、私は若い女医の顔を見つめた。
「マッチ棒の太さ位のもので子宮に入ると徐々に膨らむのです。自然のものなので体に害はありません。 ある程度子宮口が開いたら誘発剤に切り替えます」
「海藻を増やす場合もあるのでしょうか?」
「子宮口が開けば増やす場合もあります」
「あの、海藻は子宮の中でどうなるのでしょうか?」

 多分消化されて胎児の栄養になるのだろう。私は心底そう思った。
「取り出します」
「取り出すって、海藻は子宮の中で大きくなっているわけですよね・・・どうやって」

 言いかけて私は言葉を飲み込んだ。辛いのは側で涙を堪えている娘だ。 これ以上医師に問いかけたところで彼女の辛さを代わってやることはできない。馬鹿なことを言ってしまった。
「他に方法はないのですね」
「胎児はすでに3700グラムに達しています。このままいけばお産がきつくなります。 海藻で陣痛がきた例もありますし、最終的には誘発剤を使うようになるでしょう」

 3700グラムと聞いて、やはり限界なのだろうと思った。
「人工的な痛みに耐えられない」そう言って娘は顔を覆った。娘の不安は頂点を向かえ、私も今までのアドバイスとはいかず、 すべてを医師に託すしかなかった。
「分かりました。宜しくお願いします」
「大丈夫だから。一緒に頑張ろうね」
 医師が娘の肩をポンと叩くと彼女は俯いたまま頷いた。これからの苦悩を和らげてあげられるのは母親の私しかいない。 私自身が強くならなくては。未知への戦いが始まろうとしていた。40週7日目に娘は入院した。

 ー 大ちゃんが行く 2 ー

 季節は12月に入っていた。入院して2日目(40週9日目)に2度目の海藻を入れた。 20本の海藻が娘の体を刺激し始め、嘔吐を繰り返した。看護士はいい兆候だと言っていたが、子宮口は変わらない。 このままいけば明日誘発剤に切れ変わる。それは巨大にスクラムを組んだ海藻を取り出すということだ。 陣痛の何倍も苦痛を伴うのではないだろうか。私は休憩室へ向かった。娘の夫にメールを入れた。 (この日のために家族メールにし、機種を同じにしていた)定期的に痛みを起こす誘発剤に娘は耐えねばならない。 そのためにも娘の夫の協力が必要だ。

明日が日曜日なのが幸いした。毎日姿を見せていた彼は今夜病院に泊まって娘に付き添ってくれるという。 安堵と不安を胸に私は一時病院から開放された。

 40週11日目の朝病院に向かった。

「陣痛室は6人部屋の窓際である。いつもの師走の慌ただしさとは違った忙しさがここにはあるような気がした。 海藻を入れた娘は緊張からか小1時間ほど眠っていた。

<S・K>


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