山 形 県

     ≪山形地域≫

山形市、寒河江市、上山市、天童市
東村山郡〔山辺町、中山町〕
西村山郡〔河北町、西川町、朝日町、大江町〕

住所  神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪山形市≫
 ■山形31町
旅篭町3丁目4−6 湯殿山神社
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5/18 神輿(大小)
例祭(11:00〜)。跡宮祭(13:00〜)これは市役所裏庭の湯殿山神社跡地にて行われる。
発輿祭(14:00〜)大人神輿、子供神輿を神門前に奉安し、発輿祭が行われ、それが終わると神輿の頭が音頭を取り、木遺が奉納され、拍子木の合図で「ソイヤ、ソイヤ」の掛声で、神輿渡御が始まり、子供神輿と稚児行列も同道する。
 神酒所では稚児舞が奉奏される。旅篭町、七日町を約4時間かけて渡御される。 
宮入り(19:00頃)
宮町3丁目8−41 鳥海月山両所宮 8/1 神輿2基 旧・県社
神輿渡御は、氏地の旧市内北部大半(宮町や銅町周辺)を鳥海・月山という2基を神輿団体「随神会」などがを分かれて練り歩く。
昭和58年に氏子総代により子供みこしが寄進され四町区の子供たちが交代で練り歩く。
鉄砲町1丁目3−5 六椹八幡宮 9/15頃 六角神輿 8:00〜
氏地の旧市内南部大半。9月15日を中心に前夜祭、本祭、後祭が行われる。六角神輿、子供樽みこし、奉納弓道大会、御神輿など
十日町1丁目1−26 歌懸稲荷神社
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7/2土曜 神輿 14:00〜
3/10 春祭り
11/2土曜 秋祭り
神輿=昭和57年、町内青年有志により「うの會」結成し、現在の神輿渡御の形となる。
 以前の神輿は天保5年(1834)、十日町の十代佐藤利兵衛が二代星野吉兵衛に制作依頼して奉納。現在も保管。
桜町7−47 豊烈神社
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10/6(毎年) 神輿渡御 徒打毬、奉納剣道大会
山形豊烈打毬
2月 節分祭
神輿=昭和3年、昭和天皇の御大典記念として蓮傑会(山形市在住の仏具師の会)が制作。
昭和35年頃よりリヤカーに乗せて巡幸したが、自動車が多くなり昭和42年より中断。
昭和61年トラック渡御で神輿巡幸復活。平成元年、市制100周年記念の神輿パレードに参加したのを機に、豊烈神輿会が結成し平成元年の例大祭から担ぐようになる。


子供神輿=宮神輿と同様に中断していたが、宮神輿復活に伴い平成2年から担ぐようになる。

山形豊烈打毬=豊烈神社に伝わる古式打毬は、宮内庁、八戸の打毬とともに、日本に残る三つの打毬の一つである。
 起こりは、旧山形藩水野家において、藩祖の霊を慰める為、文政4年(1821)10月6日の祭典に神事として奉納されたのが始まりで、その形式方法は現在宮内庁に伝わるものと同一である。
 幅8間、長さ45間の馬場において(現在は5間×30間)、紅白4騎宛で、水にオモダカの紋服に陣笠、袴、籠手を付けた騎士によって争われた。打毬は、騎馬戦の修練を目的としたものと考えられ、すべて武士の作法と精神を重んじたものである。
 現在、豊烈打毬会員は、乗馬クラブなどで訓練された人が跡継者として入会し、伝統文化を継承している。

五大神輿渡御=山形城第十一代城主最上義光が築いた「城下町やまがた」。その城下町に鎮座する神社の中に、今もなお五社七基の勇壮な神輿渡御が行われるとされる。

緑町1丁目3−36

三島神社 6/2 神輿 昭和57年に氏子六町内会有志の寄付により購入

錦町15−59

神明神社 4/29 例祭

六日町5−57

六日町熊野神社 8/15 奉納武道
諏訪町1丁目1−55 諏訪神社
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9/27 神輿
2/節分の日 節分祭

香澄町3丁目14−25

日枝神社 5/20 例祭
相生町8−40 菅原神社 5/3 例祭
 【最上義光公祭】
 義光(ぎょうこう)祭とか山形祭りとも称した。現在の花笠まつりの前身。
山形の藩主であった最上義光(もがみよしあき)の300年祭(大正2年)があった翌年から、その事業の一環として仮装行列を行った。
戦時中は一時中止となるが、昭和22年に商工祭として復活し、昭和37年まで催された。また風流山車も出た。
 昭和38年から花笠まつりパレードに変わった。

 ■鈴川地区
   ⇒上山家、下山家、双月、印役(いんやく)、大野目(だいのめ)、高原
上山家町 和合山ノ神神社 ? ―
下山家町870−7 熊野神社 4/25 例祭
鈴川町2丁目10−48 印鑰神明宮 9/23 神輿、子供樽みこし 山家子供田植え踊り
3/21 祈年祭

大野目町320

伊豆神社 9/2日曜 例祭
高原町901−3 山神神社 5/2 例祭
 ■千歳地区
   ⇒長町、落合、沖ノ原、泉町
長町3丁目13−22 長町熊野神社 4/29 子供神輿
落合町2429 落合八幡神社 4/29 子供神輿
落合町字沖ノ原1530 沖ノ原苅田神社 4/29 子供神輿
泉町 古川稲荷神社 4/29 子供神輿
 ■飯塚地区
飯塚町1 日森稲荷神社 4/29 例祭 以前は旧・3/19
 ■椹沢地区
   ⇒上椹沢、下椹沢
上椹沢69 稲荷神社 3/19 例祭
下椹沢字榎75 八幡神社 4/29 例祭
 ■出羽地区
   ⇒漆山、千手堂、七浦
漆山字南道上23−1 稲荷神社 ? ―

漆山字東小路2516−3

稲荷神社 10/17 例祭
七浦字上河原316−4 河上神社 旧・10/22 例祭

七浦字筒ノ下146−1

稲荷神社 10/17 例祭
 ■金井地区
   ⇒陣場、陣場新田、江俣、内表、志戸田、鮨洗、吉野宿
陣場1 稲荷神社 4/25 例祭
陣場新田267 熊野神社 4/25 例祭
江俣88−1 江俣神明神社 4/25 例祭
内表18 月山神社 5/3 例祭
志戸田字砂田854 熊野神社 5/3 例祭
東志戸田1225 貴船神社 5/3 例祭

鮨洗字和泉31

神明神社 5/3 例祭
吉野宿27 稲荷神社 4/25 例祭
 ■楯山地区
   ⇒風間、青柳、十文字、新開
風間1784 山神神社 10/10 例祭
青柳543 八幡神社 10/10 例祭

十文字字天神前2504−1

十文字天満神社 10/10 舞楽、町内行列
 ■滝山地区
   ⇒小立、前田、平清水、岩波、八森、土坂、神尾、青田、上桜田、中桜田、元木
南原町2−4−33 熊野神社 9/23 神輿 旧・郷社。文化3年(1806)8月謹製
小立576 稲荷神社 5/3 例祭 通称は中島稲荷
平清水2062−1 八幡神社 9/15 例祭
岩波1269 日吉神社 4/15 例祭
八森490 八幡神社 旧・8/15 例祭
神尾494 山神社 旧・10/1 例祭
青田5丁目5−3 新山神社 旧・3/15 例祭

上桜田5丁目10−20

瀧山神社 5/8 例祭

上桜田字北ノ宿479−3

月山神社 4/8 例祭
桜田東1丁目11−7 熊野神社 旧・3/15 例祭
元木232 白山神社 4/29 例祭
 ■東沢地区
   ⇒釈迦堂、妙見寺、小白川、関沢、滑川、新山、上宝沢、下宝沢

釈迦堂273−1

稲荷神社 旧・3/19 例祭
妙見寺1742 熊野神社 5/3 例祭
小白川町3丁目4−6 天満神社 4/25 例祭
小白川町1248−5 愛宕神社
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7/24 子供みこし 子供花火大会
6/24 夏越の大祓
関沢443(関根) 稲荷神社 旧・9/19 例祭
滑川90−1 白鬚神社 5/9 例祭
新山12 熊野神社 5/9 例祭
上宝沢209−1 上宝沢住吉神社 5/7 例祭
上宝沢2762−1 蔵王山神社 7/5 例祭
下宝沢217−3 賀茂神社 旧・3/15 例祭
下宝沢284−1 太子神社 5/22 例祭
下宝沢345 苅田嶺神社 旧・5/21 例祭
 ■高瀬地区
   ⇒上東山、下東山、切畑、高沢、大森、中里
上東山字寺門前1660
神明神社 10/10 例祭
下東山字長畑1524 八幡神社 10/10 例祭
切畑字伊勢道778 神明神社 10/10 田植踊
高沢字鴫沢50 神明神社 10/10 例祭
大森字白山1954 白山神社 10/連休 神幸祭
昭和56年より、奉納による子供神輿を担ぎ、一対の舞い獅子を先頭に提灯、錫杖、拍子木、笛、太鼓、大うちわ、賽銭箱を奉持した子供たちの行列が揃いの法被、鉢巻き姿で部落内をくまなく練り歩く。
中里字宮の脇947 稲荷神社 10/10 例祭
 ■大郷地区
   ⇒船町、東中野、西中野、成安、天神町、今塚、見崎
船町字メ張194 八幡神社 5/3 例祭
中野字楯318−1 八幡神社 8/15 例祭
中野字的場921−1 八王司神社 4/15 例祭
成安904 八幡神社 5/3 伝統芸能廃絶
昭和初期頃まで、祭礼日には舞台を組み、踊り、人形芝居、祭文等、伝統芸能を催していたが、戦時中後継者がいなくなり絶えてしまった。当時使った舞台の一部が、保存されている。
天神町2357 富士神社 5/3 例祭
祭典には、全戸より各1名、その他団体(7団体)より代表2名づつ参加し、朝6時に揚柳庵に集合、行列で神社に向かう。
神主が村内安全の祈祷をしたあとに、全員がお祓いをうけ、氏子始め各団体が玉串を捧げ、村内安全と豊作を祈願する。終わって全員で神酒をいただき、おひらきとなる。
今塚字堂の前293−1 月山神社 5/3 例祭
見崎字見崎12 六社神社 5/3 例祭
 ■南沼原地区
   ⇒南館、沼木、吉原
南館2丁目4−2 神明神社 3/21 例祭
沼木55−1 大鷹神社 8/最終日曜 田植踊 旧・郷社
吉原2丁目6−31 水分神社 3/13 例祭
 ■明治地区
   ⇒渋江(渋江・田中・三条目)、灰塚、中野目
渋江2241 諏訪神社 5/3 例祭
灰塚字北塚元68−2 八幡神社 4/15 例祭
中野目29 厳島神社 4/15 例祭
 ■南山形地区
   ⇒黒沢、松原、片谷地、上谷粕、下谷粕、津金沢

黒沢字大明神山905−1

福田神社 4/29 例祭
大太鼓、獅子神楽が村中を練り歩き、家内安全、悪魔除けを行う。 以前は奉納相撲も行われた。
松原字坂ノ上1608−6 松原山神明神社 9/1土曜 例祭
片谷地582 伊吹稲荷神社 9/9 例祭
谷柏字前田1414 甲箭神社 4/29 谷柏田植踊 旧・郷社
津金沢字熊の堂317
熊野神社 4/29 例祭
 ■大曾根地区
   ⇒古館、上反田、下反田、滝平(たきのひら)、常明寺、芳沢
古館247 伊豆神社 10/9 例祭
下反田 稚宮八幡神社 ? ―
 ■山寺地区
   ⇒中地蔵、地蔵堂、宮崎、芦沢、川原町、南院、馬形、所部、千手院
山寺4449 山寺日枝神社
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5/17(毎年) 神輿3基 13:00〜
神輿振り神事=市指定無形文化財。13:00出発。先頭は日進・月進(旗)・榊・天狗・猿田彦等で続いて白装束に身を包んだ男衆約30人が、雄鶏(大山咋大神)、雌鶏(その妻の鴨玉依姫大神)、卵(子供の加茂別雷神)を象徴する3基の神輿を担ぐ。
雄鶏、雌鶏、卵の順に神社までの約1kmを練り歩く途中、雄鶏の担ぎ手が振り向き、雌鶏、卵を追い立てるように激走する。これは親が、後ろを付いてくる子を自立させるために追い払う表現た云われる。
 ■蔵王地区
   ⇒下桜田、飯田、成沢、山田、半郷、上野、山神、高湯
飯田5丁目1−39 神明神社 ? ―
蔵王成沢字館山1119 成沢八幡神社 旧・8/15 例祭
蔵王山田字本郷50 熊野神社 旧・8/15 例祭
蔵王半郷字千本松1632 熊野神社 4/28 例祭
蔵王半郷字石高2−1 刈田嶺神社 旧・4/8 松尾囃子
蔵王上野字辰の口2163 神明神社 旧・7/21 例祭
蔵王上野字天神森2850
天神神社 4/25 例祭
 ■西山形地区
   ⇒柏倉、門伝
柏倉910−1 柏倉八幡神社 9/連休 神幸祭 神輿、天狗、おかめ、獅子等の行列
柏倉田植踊
門伝3093 八坂神社 3/15 例祭
 ■村木沢地区
   ⇒村木沢、若木(わかき)
村木沢422−1 愛宕神社 4/29 例祭
 ■本沢地区
   ⇒長谷堂、前明石、二位田、菅沢(すげさわ)
長谷堂2702 神明神社 ? ―
長谷堂3492−4 長谷堂八幡神社 9/15頃の日曜 例祭
二位田506 二位神社 ? ―
菅沢13 薬師神社 ? ―
 【消滅集落】
仁田沢(にだのさわ)=柏倉の字。9戸ほど。西山形小学校仁田沢冬季分校は昭和51年(1976)閉校。この頃に無住化か?。

柏倉新田(かしくらしんでん)=柏倉の字。隠田集落・最盛期14戸。平成13年頃無住化。西山形小学校新田冬季分校は昭和51年(1976)閉校。

 神社は山神社。例祭日は餅を焼いたり、酒盛りをしたと云われる。
 【山形の郷土芸能】
山家(やんべ)田植踊(山家田植踊保存会)=市指定無形民俗文化財。東村山系。享保年間に金勝寺の円通寺建立のとき、地固めに踊ったとされている。
古記録では「虚空蔵堂再建記」に、元文年間に踊りを奉納したことが記されている。伝承する曲目には「お正月」、「朝はか」、「昼持ち」、「5尺てぬぐい」、「すがらやま」、「鉦と撞木」、 「もとみや」、「ほんまつ田」、「上がりはか」などの9曲があり、「鳥刺舞」も付属している。

成沢田植踊(成沢田植踊保存会)=南村山系田植踊。蔵王成沢。
毎年元旦に、成沢八幡神社の境内で奉納を行っている。
幕末の頃、成沢村の名主が西国33ヵ所詣でに行き、上方のお田植祭りを見て心打たれ、帰郷してから村人に田植踊を習わせたのが始まりと伝えられている。
 しかし、「谷柏村御用留帳」やその他の古記録に、小正月の田植踊の村回りの記述が散見するが、谷柏村には成沢田植踊が回って歩いたと記されており、明和5年(1768)正月16日のことである。
 成沢田植踊は南村山系の田植踊のなかでも先駆をなすもので、その源は上山であったと考えられ、それが成沢に入り、近村に広まっていったものと思われる。

谷柏田植踊=婦人による田植踊。昭和40年に保存会が発足。上山藩主が五穀豊穣を祈願して、農作業を形どって農民に伝えたと云われている。

柏倉田植踊=南村山系。市指定無形民俗文化財。

若木田植踊=村木沢若木。南村山系。踊りは7曲。全部男が踊っている。

沖の原田植踊
=千歳の沖の原地区。昭和48年保存会誕生。南村山系と東村山系の混合。10種類の踊りと唄がある。


切畑田植踊(切畑田植踊り保存会)=お伊勢参りに出かけた夫婦がの旅のつれづれに習ったものを地元・切畑に伝えたのが始まりと伝えられる。踊りはお正月・田植・稲刈りなど。手前で踊る3人が土刈衆、後ろは早乙女衆と呼ばれる傘をかぶった女性の姿だが、踊っているのはみな男性である。

沼木田植踊=不定期なれど、神社祭礼、文化祭、小学校行事に出る。

椹沢田植踊=休止。
田植踊=本来は稲の豊作をもたらそうとするマジナイの踊りで、もとは小正月に近村を回って踊り歩いたものである。 現在、市内に伝わるものだけでも11組に及んでいる。そして、山形市の田植踊には、東村山系と南村山系との2つの系統がある。
大黒舞=商売繁盛と作神の踊り。
飯塚・休石・山家・桜田、宮浦小学校でも踊っ ている。

高原植木踊
=県指定無形民俗文化財。高原町。伊豆の三津生まれの三喜和尚という旅の僧がたまたま高原の近くに足をとどめ、村人に伝えたものだという。


松尾願人踊(松尾願人踊保存会)
=市指定無形民俗文化財。蔵王半郷。元禄の頃、旅の願人坊主が半郷の村にしばらく住みつき、村の若者たちに伝授した踊りだと云われている。

 ≪寒河江市≫
 ■寒河江地区
   ⇒寒河江、高屋、島
八幡町5−70 寒河江八幡宮
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9月中旬 宮神輿 氏子青年神輿会
町神輿 寒青会(臥龍神輿保存会)、柴耀会、陵友睦会、颯盾会、仲盛睦会、元凰会、翔舟会、龍南会、南部粋龍会、東龍会 など
獅子踊
山車廃絶
4/29 春祭り
正徳年間(1711〜16))に神輿が登場。
 享保12年(1727)八幡宮の神輿が新しくなり、チャンチャンネンツと称する若衆の手による「祇園囃子」が町を回った。現在の寒河江の祭りは、寒河江八幡宮の奴保存会、流鏑馬、神輿渡御を中心として盛り上げられ、昭和60年(1985)には子供神輿も登場し盛大となる。
 ≪往古の山車≫
 寒河江まつり「神輿の祭典」20周年記念誌 平成14年発行によると、
享保12年(1727)八幡宮の神輿が新調した際には六供町・上町・西ノ町・新町・南町・七日町と7台でた。
文化・文政の頃はさらに寒河江の各町や富豪商は山車を出した。六供町の又三郎は「風流三国志」、次郎兵衛は「日高川入相楼」、川嶋屋は「須磨浦塩汲」、高津屋は「龍宮」、六右衛門は「養老屋」、かどやは「足柄山」、新町も横町も石川も華麗な山車を出した。
 ≪行事予定≫※2025年
 ■金曜(放生祭)
(11:00〜)放生会〔道の駅さがえチェリーランド河川敷公園〕
(18:00〜)雅楽や巫女舞の奉納〔八幡宮境内〕

 ■土曜(前日祭)
(7:30〜)御神幸行列〔南部地区〕
(7:30〜)奴町巡り〔市内各所〕
(8:00〜)臥龍太鼓〔臥龍太鼓保存会HPへ〕町巡り 

 ■日曜
(7:30〜)御神幸行列〔本町地区〕
(7:30〜)奴町巡り〔本町地区〕
(16:00〜)古式流鏑馬〔八幡宮境内馬場〕
(16:30〜)神輿の祭典:寒河江八幡宮〜寒河江駅前。本神輿・どっこい神輿・江戸前神輿・子供神輿等など20基を超える神輿が寒河江駅前の神輿会館を目指して集まる。

 ■月曜(祝日):終了奉告祭
(14:00〜)例大祭〔八幡宮〕
(16:00〜)古式流鏑馬&作試し流鏑馬
 ※作試し流鏑馬は、3頭の馬を早稲・中稲・晩稲と決めて走らせ、どの馬が早いかで翌年の稲の作柄を占う全国でも珍しい行事。
氏子青年神輿会=担ぎ手は寒河江八幡宮八幡会の会員。神輿の重さは日本で有数の2トン半で本金本漆の壮厳華麗で御神体は800年以上の歴史をもつ大神輿。
寒青会(臥龍神輿保存会)=昭和63年(1988)発足。青年会議所の有志によって誕生。

柴耀會=柴橋地区。平成11年(1999)発足。江戸前担ぎ。 

陵友睦会=平成2年(1990)発足。神輿愛好家の会。

颯盾会(本楯神輿保存会)=本橋地区。平成12年(2000)発足。江戸前担ぎ。

仲盛睦会(仲盛睦会
神輿保存會)=西口、仲田町が本拠地。平成4年(1992)発足。

元凰会(元町神輿保存會)=元町地区民の親睦と融和と活性化を目的に結成。平成5年(1993)発足。担ぎ方はオリジナル。

翔舟会
=船橋町住人を中心に構成。平成6年(1994)発足。江戸前担ぎ。
 子供囃子屋台もある。


龍南會
=陵南町。平成9年(1997)発足。

若鳳會(若葉町神輿保存会)(公式HPへ)=昭和50年樽みこしから始まる。平成13年(2001)発足。
 どっこい神輿、子供神輿がある。

南部粋龍会=市の南部地区である島、高屋、皿沼の3地区からなる。平成元年(1989)発足。

東龍会(日田神輿保存会)=平成11年発足。日田地区の5町会で構成。
日東ベスト保存会=昭和57年(1982)発足。企業神輿会。第一回より参加。

寒河江市役所神輿会=昭和60年(1985)、第三回より参加。

JAさがえ西村山神輿會=昭和60年(1985)、第三回より参加。

寒河江工業高校

成人神輿=新成人が担ぐ
 ■子供神輿
⇒若葉丁神輿保存会子供神輿部会、寒河江空手スポーツ少年団崇武館寒河江支部、元町神輿保存会元凰會子ども部、龍南會子ども神輿会、祥舟會 囃し屋台保存會、子供連合神輿百希會、陵東中学校みこし会、陵南中学校神輿の会、陵西中学校みこし会
高屋字台下911 天神社 5/25 例祭

高屋字西浦220−2

熊野神社 5/3 例祭
西根字家浦2563 鹿島月山両所神社 旧・3/15 例祭

島字島西1022−19

御嶽小森両所神社 旧・3/18 例祭
島字皿沼1020 白山神社 5/3 例祭
日田字後田37−1 白山神社 5/3 神輿 日田地区の5町会で構成
 ■柴橋地区
   ⇒柴橋、中郷、平塩、松川
柴橋字鎌下1095−3 八坂神社 4/初旬 神輿 11:30〜

柴橋字木ノ沢3002−1

羽黒神社 7/15 例祭
柴橋字台下833−2 伊豆神社 4/15 例祭

柴橋字金谷1435−1

稲荷神社 4/15 金谷田植踊
中郷行沢2419−5 八幡神社 5/5 中郷田植踊
平塩字上條地籍1 平塩熊野神社 4/1土曜(元3) 平塩舞楽 旧・郷社
平塩舞楽=十番の舞が披露される。ただし太平楽は旧暦の閏年のみ。
松川字丸竹55−1 高松神社 9/8 例祭
松川字丸竹450−1 白山神社 4/17 例祭
 ■高松地区
   ⇒米沢、谷沢、八鍬、清助新田

高松字西覚寺185

日吉神社 11/3 西覚寺田植踊 不定期。戦前は4/17。
米沢65−1 三嶋神社 5/5 例祭
谷沢1753−49 天神社 5/5 例祭

谷沢字平野山1754−1

白山神社 5/5 田植踊
八鍬字鹿島45−1 鹿島神社 4/17 例祭

清助新田字富沢602−1

稲荷神社 5/5 大黒舞
 ■醍醐地区
   ⇒日和田、慈恩寺、箕輪

日和田750

八幡神社 9/15 例祭
慈恩寺字田沢3 熊野神社 ? ―

箕輪210−2

熊野神社 9/3 例祭
 ■白岩地区
   ⇒白岩、留場、田代、幸生、宮内

白岩字八幡浦1862−14

八幡神社 9/15 例祭
留場540−2 稲荷神社 4/25 例祭

田代字葉山1192−2

白磐神社 7/15 例祭
田代1144 山神社 4/12 例祭
幸生1735 三嶋神社 4/19 例祭
宮内267 日枝神社 5/3 例祭
 ■三泉(みいずみ)地区
   ⇒上河原 ※造山・畑山は河北町へ
上河原186 熊野神社 4/15 例祭
 【消滅集落】
幸生銅山=昭和36年(1961)銅鉱閉山。

清水山
=白岩の開拓集落。昭和48年頃無住化。

柳ノ沢=幸生の字。昭和54年、柳ノ沢冬季分校が閉校となる。

畑(はた)=幸生の字。昭和63年頃。集団移転に」より無住化。

 ≪上山市≫
 ■上山地区
   ⇒上山鶴脛町、上山十日町、上山二日町、上山新丁、上山裏町、上山北町、長清水村、河崎村
宮脇278     宮脇正八幡神社 9/連休 囃子屋台2台  上山若連、いろは組
※合同祭 …屋台が出る
二日町5−1 二日町八幡神社
元城内3−23 月岡神社
若宮八幡宮、宮脇八幡宮、月岡神社の3社合同で開催。甲胃行列稚児行列、踊り山車が市内を練り歩く。
上山若連=昭和55年制作。
宝暦2年(1752)に担いだのが山車の始まり。現在は曳き山車に改造。やまがた舞子が乗っている。

いろは組=昭和8年(1933)制作。赤堀つる叟社中が乗っている。
 平成11年、上山踊り山車振興会発行の「上山踊り山車のあゆみ―20周年記念誌」には詳しく載っている。
踊り山車は宝暦2年(1752)十日町中の組5・6人持ちの屋台を組んで大きな花を飾ったのが始まり。
最盛時には8台出た。明治40年までは、人形飾り屋台とお囃子で練り歩いたらしい。
何度も復活したが昭和38年(1963)を最後に途絶えていたが、昭和54年(1979)、上山青年会議所などが復活させた。平成6年(1994)は踊り山車振興会も結成された。
元城内2−7 三島神社 4/25 例祭 上十日町の鎮守
鶴脛町字伊勢堂964 神明神社 7/15 神輿 15:30〜
石崎2丁目5−8 石崎神社 7/15 例祭
河崎816 熊野神社 5/3 例祭
矢来2丁目1−41 黄金山神社 ? ―
 ■西郷地区
   ⇒藤吾、川口、阿弥陀地、石曽根、高松、細谷、小穴、赤坂、塩崎、新北浦

藤吾字谷地1567

日吉神社 5/10 例祭

藤吾字太子堂1568

工御祖神社 5/1 例祭

川口字北裏山1643−1

古峯神社 4/13 例祭

川口字御嶽堂1750−1

御嶽神社 4/19 例祭

阿弥陀地字高崎232−1

熊野神社 4/15 例祭

石曽根字北ヶ沢1631

天満神社 4/25 例祭

高松字日向山2514−2

葉山神社 ? ―
高松字高平山2498−51 神明神社 4/21 例祭
 ■中山地区 ※赤湯町大字中山を編入
    ⇒中山第一、中山第二、楊橋、新町、上町

中山字西原8−2642

天満神社 8/25 例祭

中山3741

八幡神社 8/25 例祭
中山字新田町2822 白髭神社 9/29 獅子頭を持って練る
 ■本庄地区
   ⇒皆沢、三上、関根、相生、楢下、藤沢、赤山、柏木、金山
楢下宿保存会は春祭り(4/29)と夏祭り(8/初旬)を実施。子供みこしを台車に乗せてこどもたちが曳く。
 ■東地区
   ⇒須田板、久保川、牧野、原口、小笹、大門、菖蒲

須田板813

熊野神社 旧・3/15 例祭
 ■宮生地区
   ⇒宮脇、金生、上生居、中生居、下生居

宮脇字高野坂52−1

八幡神社 4/15 例祭
金生字高取1299 三吉神社 5/3 例祭
 ■中川地区
   ⇒金谷、高野、泉川、権現堂、小倉、永野、仙石
金谷字甲石463−2 雷神社 6/15 例祭
高野1 八幡神社 ? ―
高野字薄沢峠8 神明神社 4/22 例祭
権現堂字権現1438−1 両所神社 旧・4/8 例祭
小倉字坂の下175−乙 諏訪神社 旧・3/27 例祭
永野字ソリメ148−3 神明神社 ? ―

金瓶字山上352

神明神社 10/1 例祭
 【上山の郷土芸能】
カセ鳥=毎年2月11日、市街地で11:00〜15:00開催。以前は旧・1/15。
出発式を上山城正門前広場で行う。藁で作ったケンダイといわれる蓑のようなものを膝までしかない股引にさらしを巻いただけ体に頭から被り、カセ鳥に扮した人たちが、「そーれ カッカッカーッの カッカッカッ 商売繁盛、火の用心 カッカッカーッの カッカッカッ カセ鳥 カセ鳥 お〜祝いだ〜」と唄い踊った後、鳥の鳴き声をまねながら家々の玄関先を廻る。迎えた家では、バケツなどに汲んだ水を勢いよくかけ、酒やご祝儀を振る舞い祝う。
 これは寛永年間から伝わる旧正月の火伏せの民俗行事で「稼ぎ鳥」、「火勢鳥」とも言われている。「稼ぎ鳥」で商売繁盛・豊作祈願説、「火勢鳥」で防火説の2説あって、カセ鳥の歌詞には「五穀豊穣 火の用心」、「商売繁盛 万作だ」ってどちらも入っている。
 明治期に一度は途絶えるが昭和34年に復活。

金生田植踊(金生田植踊保存会)=市指定無形文化財。延宝6年8月に上山領主・土岐頼殷が入部した折、これを祝って演じたのが始まりと伝えられ、戦時中に一時中断したが、昭和35年に復活。後継者育成を図りながら、伝統を継承している。

楢下とっくり踊り=楢下宿。不定期。
 【消滅集落】
蔵王鉱山=硫黄鉱山だった蔵王鉱山(正式名は日東金属鉱山�椛�王鉱業所が昭和38年3月31日に閉山のため。従業員は最大約600人、家族は約1200人が新しい職場を求め蔵王を降りた。
昭和42年4月に日東商事�鰍�設立し、昭和52年5月、蔵王猿倉スキー場に着手。
神社は山神社。


古屋敷=大門の字。昭和末期無住化。

泥部=下生居の字。昭和末期無住化。「泥部の碑」という離村記念碑は平成5年11月建立である。
 宮生小学校泥部冬季分校は昭和47年、閉校。

内山=狸森の字。平成6年頃無住化。

 ≪天童市≫
 【天童夏まつり】
毎年8月8日、9日(平成23年は7日〜9日)行われる。会場は天童温泉通り〜わくわくランド。主催は天童夏まつり実行委員会(天童市観光物産協会内)。
令和7年(2025)で32回を数える。
以前は天童温泉が主体となって「天童花笠まつり」が行われていたが。もっとたくさんの市民が参加できるお祭りにしようということで、現在の夏まつりの形になった。
初日は花笠踊り。“ストリートダンス”を中心とした踊りの祭典。マーチング演奏。
2日目は花駒おどり、将棋みこし。
将棋神輿パレード=平成13年より市内の神輿団体によって組織される「天童神輿保存会」が主体となる。
平成14年は子供みこしは5団体。大人神輿は創作みこしは6団体。本神輿は7団体(内1団体は他市よりのゲスト)だった。
 ■天童地区
   ⇒天童、田鶴町、糠塚(旧称・老野森)、久野本、北目
城山1043−5 建勲神社 5/3 神幸祭 旧・県社
例祭は10時より、神幸祭は13時より、維新軍楽隊、甲冑行列、神輿と行列が練り歩く。
維新軍楽隊は以前は天童藩士の子弟のみで編成していたが、現在は市民や南部小学校が伝統を引き継いでいる。
田鶴町1丁目7−13 稲倉魂神社 5/9 例祭

糠塚3丁目1−74

加茂神社 5/5 囃子屋台廃絶
老野森囃子座=大正4年(1915)大正天皇の御大典記念に、馬車の荷台に山車を据え、一番上には等身大の人形を飾った。山車の周りに幔幕を張り、軒 には造花と提灯を下げた。その山車に、大太鼓1個が中央に、小太鼓2個は両脇に座る。大太鼓の後には、稚児がチャンギリ1個を持って立ち、裏方には三味線 二人、笛二人以上、大太鼓の後に掛け声の男衆がいた。このような囃子座を保存するため、保存会が結成され、地域の子ども達にも老野森囃子の指導を行い子ど も達が太鼓を叩いたり、唄ったり、チャンギリを鳴らしたり出来るように工夫してできた囃子である。

久野本2丁目6−7

熊野神社 10/9 子供神輿
北目字城山883−6 天童神社 4/24 例祭
 ■山口地区
   ⇒山口、乱川、道満、川原子

山口字羽黒山4169−65

羽黒神社 8/18 例祭
乱川1239 春日神社 ? ―
道満62 春日神社
(公式HPへ)
旧・1/19 笹祭り

川原子字栗清水668−1

加茂神社 旧・8/20 例祭
川原子字水晶山1 水晶山神社 5/初旬 例祭 氏子は川原子の川原子本郷、小原、谷地中の3集落
 ■成生地区
   ⇒成生(なりゅう)、今町、小関(こせき)、高木、大清水
成生字薬師前750 熊野神社 旧・8/8 例祭
今町227 稲荷神社 8/10 例祭
小関2−2−25 八幡神社 9/15 例祭
高木字原口589 八幡神社 5/3 例祭

大清水字共和1520

稲荷神社 4/10 例祭
大町字草野1570 羽黒神社 4/18 例祭
 ■蔵増地区
   ⇒蔵増、矢野目、高野辺、窪野目

蔵増字塚野目55

日枝神社 4/25 例祭
矢野目字沼田801 月山神社 9/8 例祭
高野辺34−2 神明神社 ? ―
窪野目138 日枝神社 9/11 例祭
 ■津山地区
   ⇒山元、貫津
山元字立宿8 熊野神社 ? ―
貫津字荒沢2111−113 羽黒神社 3/17 例祭
 ■田麦野(たむぎの)地区
田麦野字墓土山1320−36 伊豆神社 8/8 例祭
 ■寺津地区
   ⇒寺津、藤内新田
寺津2628 日枝神社 4/29 例祭
藤内新田字堰端139 深山神社 4/29 例祭
 ■干布(ほしぬの)地区
   ⇒原町、奈良沢、上荻野戸、下荻野戸
原町甲247 原町八幡神社 4/15 例祭
奈良沢704 月山神社 ? ―
上荻野戸330 八幡神社 9月 例祭
下荻野戸字石倉960−2 熊野神社 19/15 例祭
 ■高擶(たかだま)地区
   ⇒高擶、長岡、芳賀、清池(しょうげ)
高擶字新町51−1 河上神社 8/22(毎年) 高擶獅子踊り
高擶獅子踊り=江戸初期に中山町土橋地区の住民が、福井県の永平寺で習ってきた踊りを高擶地区の住民に伝えたのが始まりとされている。
獅子踊りの伝承は一度途絶えたが、明治30年(1897)頃に復活。その後再度途絶えるが、平成10年(1998)に保存会を結成し復活。

中獅子、雄獅子、雌獅子、子獅子の合計7名でおこなわれ、12の演目がある。
高擶字楯之内南2281−3 厳島神社 9/13 例祭
高擶南121 皇大神社 4/28 例祭
長岡字辻ノ前645−1 日枝神社 4/17 例祭
芳賀字古屋敷89 諏訪神社 8/27 例祭
清池1720 清池八幡神社 8/初旬 女相撲の唄と踊り 左沢女相撲甚句保存会一行
平成21年(2009)、女相撲の土俵入りと相撲甚句を奉納し50年ぶりに復活。9:30〜10:00。これは明治13年頃、高擶に発祥した興行女相撲は国内での興行はもとより、ハワイ・サイパンなど海外にも雄飛し、大衆芸能として広く親しまれましたが、昭和38年頃、およそ80年にわたる興行の幕を下ろした。

 ≪東村山郡≫ 
 山辺町
 ■山辺地区
上野(山辺字愛宕山5561) 愛宕神社 5/2、3 神幸祭
高楯(山辺1026−1) 天満神社 5/2、3 神幸祭
諏訪(山辺3978−2) 諏訪神社 5/3、4 神幸祭
山辺町三社祭=天満神社、諏訪神社、愛宕神社の合同祭典。天狗様、神輿、御神楽、子供たちの旗持ち行列 などがある。
 ■大寺地区
   ⇒大寺、北垣、杉下
大寺776 日枝神社 5/3 例祭
北垣4 熊野神社 5/3 例祭
杉下1268 八幡神社 5/3 例祭
 ■中地区
   ⇒大蕨、北山
大蕨 鳥海神社 ? ―
北山字湯舟54−3 山神神社 3/12 例祭
 ■作谷沢地区
   ⇒北作、畑谷、簗沢
北作 雷神社 5/3 獅子
 ■相模地区
   ⇒要害、根際、大塚
要害字黒坂896−1 熊野神社 5/1 例祭
根際字入1870−1 白山神社 5/3 例祭
大塚 天満神社 ? ―
 【消滅集落】
桂(かつら)=北山の字。昭和38年、無住化。

志合(しごう)=北山の字。昭和45年、無住化。

嶽原(たけはら)=昭和末期。無住化。昭和35年、14戸・78人。
山辺町教育委員会にお尋ねしたところ、町内には山車が無く、山辺地区の三神社以外に神輿が無いとのこと。

 中山町
 ■長崎地区
   ⇒長崎、達磨寺、向新田
長崎146 八坂神社 4/17 神輿 倭楽、神楽
達磨寺字下宿31−4 八幡神社 5/3 例祭
向新田20 月山神社 5/3 例祭
 ■豊田地区
   ⇒土橋、岡、柳沢、金沢、小塩
土橋1328 月山神社 5/3 例祭
岡字八幡1647−4 八幡神社 5/3 例祭
柳沢2006 御嶽神社 5/3 例祭
金沢1924 白山神社 5/3 例祭
小塩字塩江11−2 稲荷神社 5/3 例祭
 【消滅集落】
岩谷(いわや)=金沢の字。昭和55年無住化。最盛期は38戸・257人。平成7年に離村記念碑が建てられる。
 神社は山神神社。
 【中山の郷土芸能】
小塩御福田田植踊り=現在は4年に1回、閏年に踊られている。
代かき田植えから取り入れまで、稲作の仕事が順調にはこぶさまを演じ、そのように豊作になるよう祈りをこめた呪術的な舞踊。
小塩の田植踊りは、御福田という五穀豊穣を祈る特殊な行事と結びついているのが大きな特色。旧正月の二十日前後に地区の公民館を宿にしてそこに葉山の御神霊を迎えます。一人の若者が法印となり、家々をまわって祭文をあげ、虫除けの札を渡して去ると、そのあとに田植踊りの一行が賑々しく座敷に繰り込んで田植踊りを踊る。


達磨寺田植踊=8月15日に達磨寺地区の八幡神社境内で踊られていたが、最近は後継者不足のため休んでいる。
言伝えによればこの地方に大飢饉があった時、仙台のほうから伝わったと云われている。天保の頃には農村娯楽として盛んに踊られたらしく、それを物語る面白い古文書も残されている。

土橋獅子踊=毎年5月3日土橋地区内の玉昌寺山門前と民家の庭先で踊る。
地元に伝わる縁起書によれば、元来「聖霊菩提踊」とよばれ祖先の霊を供養し、家の永代繁昌を祈願するための踊りとされている。

 ≪西村山郡≫     
 河北町
 ■谷地(やち)地区
谷地224 谷地八幡神社
(公式HPへ)
9/連休 神輿 あり
囃子屋台17台 宇佐美小路、末北、内楯、上工、下工、北口、道海、長表、桜東、松橋、南町、桜西、前東、前西、土慶小路、大中、若葉町
8/最終日曜か9/1(日曜) 二百十日祭 神輿が地区内の8社に御神幸
※“谷地どんがまつり”では、毎年6〜8台ぐらいの囃子屋台がでる。2016年は7台出た。
 ≪行事予定≫
 ■前日
(20:00〜)楽揃式〔社殿・境内石舞台〕、奴祓式〔社殿・参道〕
 ■1日目
(13:30〜)例祭〔社殿〕
(14:30〜)舞楽奉奏〔境内石舞台〕
(19:45〜)夜遊の舞楽〔境内石舞台〕
(20:20〜)神輿渡御
(21:00〜)着御祭
 ※終日:谷地奴、囃子屋台巡演〔当番地区内〕

 ■2日目
(12:00〜)発輿祭
(12:30〜)神輿還御行列発與

(14:30〜)本宮還御祭〔社殿〕 舞楽奉奏〔境内石舞台〕
(16:00〜)豆奴行列
(17:00〜)奏弊式〔社殿〕

 ■3日目
(13:30〜)大黒舞・歌謡ショー〔境内石舞台〕
(16:00〜)献茶祭〔八幡宮斎館〕
(17:00〜)全国奴まつり。囃子屋台競演〔どんがホール〕

 ■7日目
(16:00〜)閉扉祭〔社殿〕
谷地高嶋 毘沙門堂 4/29 樽神輿
谷地要害 薬師神社 5/3 例祭
谷地荒町南 皇太神社 5/3 神輿
谷地押切  稲荷神社 5/3 田植え踊り 押切田植踊り保存会
谷地沢畑 月山神社 8/31(毎年) 沢畑風祭り太鼓 月山神社は上工藤小路の村社だった。
 ■西里地区
    字として:白山堂・中島・治部橋・下槙・塩ノ渕・天満・両所・根際
西里305−1 天満神社 ? ―

両所(西里453−1)

両所神社 5/3 子供神輿 両所田植踊り
両所田植踊り=弥十郎系と言われる。ユーモラスな表情の大きなお面をつけるのが特徴。

西里650

白山神社 8/15 神輿 白山堂とも称する

西里1085

白山神社 ? ―
西里中島 稲荷神社 4/29 子供神輿
西里根際 三宝荒神社 4/29 子供神輿
西里塩の淵 稲荷神社 4/29 子供神輿
造山 日枝神社 5/5 樽神輿
 ■溝延地区
   ⇒溝延、田井
溝延字八幡小路5884 溝延八幡神社 8/30(毎年) 神輿 小学生による花角力、カラオケ大会、歌謡ショ−
田井字下宿97 白山姫神社 5/5 神輿
 ■北谷地地区
   ⇒吉田、新吉田、岩木
吉田字吉田東1697−1 吉田神社 5/4 神輿
新吉田130 稲荷神社 4/29 子供神輿
岩木192 熊野神社 9/23 神輿 豊年太鼓
 【河北の郷土芸能】
押切田植踊り=毎年5月3日、子供たちが江戸時代の初めから地域に伝わる花笠舞である、でで棒系の押切田植え踊りを披露する。

吉田の虫送り=昭和55年(1980)には休止されていることが確認されている。
5月31日、19時頃、高張提灯を持ち松明をかざし太鼓を先頭にして行進。改目の古佐川から出発して新吉田の橋の法師川まで行進した。松明は稲藁で作った。虫は煙を嫌うから煙で虫を払った。松明は他の畦道を祓って法師川に流した。
 翌朝6月1日に虫送り餅をついた。若衆は休みだった。

 西川町
 ■西山地区
   ⇒間沢、海味(かいしゅう)、睦合、綱取(つなとり)、岩根沢(いわねざわ)、水沢
間沢748−1 熊野神社 5/3 神輿(大小) 田植踊

海味字小林1072

愛宕神社 5/3 子供神輿

睦合字上熊野甲268

熊野神社 5/3 子供神輿

網取字東412

神明社 5/5 子供神輿
岩根沢字上の平94 岩根沢神社 9月中旬 出雲系神楽 太々神楽
旧・日月寺だったが、現在は岩根沢三山神社と呼ばれている。
水沢字堰の上138 月山神社 5/3 子供神輿
水沢字沢63 八聖山金山神社 旧・8/15 例祭 鉱山神として知られる。
 ■川土居地区
   ⇒沼山、吉川、原、入間
沼山字林中982−5 大沼神社 ? ―
吉川字中1372−2 月山神社 5/3 樽神輿多数
吉川字稲沢1012
獅子ヶ口諏訪神社 5/28(毎年) 例祭

原字前山153−3

熊野神社 ? ―
入間字入間林2254 入間神社 5/5 俵神輿
入間字菅谷地2280 熊野神社 5/5 例祭
 ■本道寺地区
   ⇒本道寺、砂子関、月山沢、志津、月岡
本道寺字大黒森381 湯殿山神社 5/7 例祭
月山沢字堂浦220−2 月山神社 ? ―
月岡字宮下545−2 稲荷神社 4/29 手作り神輿
 ■大井沢地区
大井沢字舎那山2884 大井沢湯殿山神社 9/2土日 大井沢秋まつり
大井沢秋まつり=地域の人々や出羽三山の行者による神輿や、柴灯護摩(火渡り)の神事が行われる。
 【寒河江ダム(月山湖)】
昭和47年(1972)竣工。平成2年(1990)11月2日完成。
寒河江ダム工事事務所編「寒河江ダム補償と生活再建」(東北建設協会)によると、水没等移転は105世帯で、地区別では西川町砂子関33世帯、月山45世帯、四ツ谷8世帯、二ツ掛19世帯である。
昭和51年に移転が行われ、移転先は西川町22世帯、寒河江市55世帯、山形市20世帯、天童市5世帯、中山町1世帯、県外2世帯であった。
 【消滅集落】
高旭(たかひ)
=海味の字。昭和42年無住化。高旭鉱山閉山のため。銅鉱山だった。

高野(たかの)=入間の字。開拓集落。10戸。


征矢形(そやがた)=入間の字。町による移転事業により5戸移転。元は10戸。

境道(きょうどう)=入間の字。町による移転事業により1戸移転。

北山(きたやま)=沼山の字。町による移転事業。7戸。

大平(おおだいら)=間沢の字。町による移転事業。12戸。

鶴部(つるぶ)
=間沢の字。昭和53年頃無住化。元は12戸。

 朝日町
 ■宮宿地区
   ⇒宮宿、新宿、雪谷、四野沢、大滝、上郷、杉山、古真木、送橋、下芦沢、水本、和合
宮宿字経ヶ崎1463 豊龍神社 5/2、3 神輿 大獅子
前夜祭は18時より神輿渡御があり、5月3日の本宮は9:30より大獅子、小獅子が、10時より小学生低学年の樽神輿、高学年の宮神輿渡御が行われる。商店街では「豊玉姫まつり」も開催される。大獅子の大行列もある。
宮宿1115 浮島稲荷神社 5/5 神幸 神社への供物を先頭に行列をなし社務所から神社まで練り歩く。
四ノ沢字向山540 八天稲荷神社 4/19 例祭
上郷字大平462 厳島神社 4/16 例祭
上郷2463 熊野神社 4/15 例祭

水本字沢入26

厳島神社 ? ―
和合字小原1718 水上神社 4/19 例祭
 ■大谷(おおや)地区
   ⇒大谷、大暮山、大沼、玉ノ井、中沢
大谷字大谷738 白山神社 8/31(毎年) 大谷風神祭 花火、ちょうちん行列、獅子踊り、山車、花火など
宝暦年間に始めたと伝えられる。各家々では田楽提灯を門口に立て、御神輿の通る道筋に盛り砂をする。
19:00、花火打ち上げを合図に行列は巡行開始。
子供たちの田楽提灯、猿田彦、神輿、村役、県指定無形民俗文化財の角田流大谷獅子踊り、各地区のトラック仮装屋台が続き2時間かけて村中を巡行する。
大暮山字家ノ上389 八幡神社 旧・3/15 例祭
大沼字大比良984 浮島稲荷神社 5/5 参進 狩衣姿の浮島雅楽保存会の演奏とともに、宮司や氏子らが社務所から神社まで参進。

玉ノ井字坂丁446−2

稲荷神社 4/19 例祭
 ■西五百川(にしいもがわ)地区
   ⇒常盤、松程、太郎、大船木、今平、石須部、立木、白倉、長沼、三中
立木字朝日嶽1039−1 霊山朝日御嶽神社 7/21 例祭
三中字八ツ沼2211 春日神社 旧・閏年8/15 大名行列

 ■祭りの起こり
 町HPによると『寛政年間((1789〜1801)、左沢「百目木(どめき)」地区の最上川にある中州(島)、百目木河原では、漁の利権をめぐって左沢村(庄内松山藩左沢領)と中郷村(幕府領柴橋代官所 管轄)との領地争いが激しくなっていた。

  この頃、左沢や五百川地方は庄内松山藩の飛び地で、左沢に同藩の代官所があった。代官所でこの争いを聞いた夏草村の佐竹文右エ門は、寛政6年)1796)、藩を代表して江戸幕府に訴訟を申し立てることになり、春日神社に願をかけて江戸に向かった。幕府の評定所では「百目木河原は、松山藩の左沢領分である」と主張し、自らの言い分を聞き入れてもらえるよう奔走。その結果勝訴し、領地は左沢領分と決まった。
 喜んだ庄内松山藩主は文右エ門に褒美を与えようとしたものの、文右エ門はこれを固辞。「勝ったのは、春日大名神の加護によるもの」として、「春日神社に大名行列を奉納させてほしい」と懇願した。寛政11年(1799)に松山藩主からこの願いが認められると、村では宝暦元年(1751)から行われてきた「御輿渡御(おみこしとぎょ)」を改め、参勤交代の10万石クラスの「格式」を持った大名行列を行うようになった。

  当時の八ツ沼村の石高は820石。庄内松山藩の総石高が2万石で、そのうち左沢藩領分は1万2000石だったことから考えると、当地方きっての大きな村だったことがわかる。当時まとめられた資料「春日神社行列記」に記されている行列はなんと総勢282人。この人数から行列の壮大さを推し量ることができる。
 江戸時代に毎年行われていた行列は、明治に入って旧暦閏年の8月15日に行われるようになった。また行列形態は古来の伝統を守りながら人数を100人前後に縮小し、今に伝えられている。』とある。

 【朝日の郷土芸能】
八ツ沼角田流獅子踊り=天文年間(1532〜1554)に始まった云われる。旧暦閏年8月15日に開催される春日神社大例祭に合わせて春日神社や若宮寺境内で奉納される。
子供獅子が特徴で、牡獅子・牝獅子・供獅子の3獅子から構成され20ほどの演目を横笛、鐘、太鼓に合わせて踊り、全部を通すと50分間にも及ぶ。
 【消滅集落】
荒沢=白倉の字。昭和46年11月無住化。大正期は6戸。

木川
=白倉の字。昭和46年廃村。営林署関係。最盛期は22戸・56人。

一ツ沢=
立木の字。昭和48年、25戸離村し無住化。

 大江町
 ■左沢地区
   ⇒橋左沢、三郷、富沢、小見、藤田
左沢字横町337−1 左沢八幡神社 9/連休日曜 神輿5基 獅子舞、獅子踊、奴
囃子屋台2台 7区、御免町
七区=7区は内町・横町からなる。
嘉永2年(1849)7月制作。菅野喜三郎の作と伝わる。総欅造りの本体に漆塗り、彫刻と金箔をあしらっている。

平成6年に約20年ぶりに復活。


御免町〔10区・11区・12区〕=御免町(11区)の囃子屋台として天保14年制作。6枚の欄間(らんま)には、松竹梅に鶴や千鳥などの彫刻がある。
現在は10区(天神前・新道)と12区(川口・鹿子沢・台ノ上)と共に運行。
平成10年に大改修を施し30年ぶりに復元、お囃子も完全復活する。
 『大江町の祭り』の177ページには「大正4年は大正天皇即位の大典が行われた年で、町内の祝意は八幡様の祭りに表わされ、横町組・内町組・御免町組は囃子座を出し、原町組その他の組々も、競って山車を出し、飾りものを飾った。
仮装行列が催されたのもこの年である。東町と新町が1つになった戸数25戸あるかなしかの第4組でも、若衆組大正会を組織して紅白の餅の上に大鯛をのせた山車をだした」とある。
187〜192ページは現在の例祭を紹介している。
三区獅子舞=3区は原町・東原町からなる。
左沢城主大江氏が、最上川の桜瀬付近で水難事故が続いたため、元屋敷に波切不動尊を祀って上下舟航の安全を祈願し、また、山形市の妙見寺獅子舞の分霊を受け、川筋の悪魔退散を祈らせたのがその由来とされている。

六区子供みこし=6区は新町・袋町・蔵前・代官小路・栄町からなる。
八幡神社の宮本。昭和56年購入。
区内の若衆組(親和会)が中心となって奉納演芸大会も行っているが、これは大正時代始めに、蔵前・袋町・代官小路の若衆組で行ったのが始まり。若衆も少なくなり長く途絶えていたが、戦後、町の活性化と八幡神社祭典の賑わいを願って復活し、その時に併せて樽みこしも製作。

8区左澤女相撲甚句保存会=8区は八幡小路・駅前通り・前田通りからなる。
かつて隆盛を誇った興行女相撲の出し物の一つで、テーマソングでもあった『イッチャナ節、唄と踊り』を「左澤女相撲甚句」として奉納。
2009年保存会設立。行司、呼び出しもいる。化粧廻しには町花の「あじさい」がデザインされ、鈴がついている。

9区尚和会神輿=9区は薬師町・愛宕下・前田通り・市の沢通りからなる。
昭和34年に現天皇陛下のご成婚を記念して購入したもので、平成12年に40年ぶりの大修復を行う。
 昭和3年、当時冷害が深刻であったためその救農対策としての左沢―間沢間の道路開通を記念し、樽みこしを出したのが始まり。その後、昭和31年に用具を修理整備のうえ復活。

おかみさんソーラン愛好会=平成12年、9区の女性を中心に結成された「よさこいおどり」の団体で、健康づくりを目的に毎週練習に励んでいる。

13区奴保存会=13区は下小漆川からなる。
3年に一度出場。平成23年(2011)出場。昭和3年(1928)に、御大典記念祝祭に合わせて、秋田佐竹藩の振り奴の態を基本とし、それに尾花沢の舞い奴を導入し始められた。現在の豪華な道具一式は、昭和27年に昔天童藩士であった名家から譲り受けたものとされている。

八幡様神輿=八幡神社大祭に参拝ができない人のために、明治初期に京都から神輿を譲り受けて八幡神社に奉納し、以後、渡御が続けられている。また柏風会が中心となり、協賛者と奉納した神輿を近隣市町の仲間も参加して担いでいる。
左沢字小添川718 神明神社 4/4日曜 奴、神輿
 神輿は明治2年の大火で社殿焼失したが、神社再建時に井上惣兵衛が奉納した。
昭和60年、子供奴部は奴保存会と公民館の尽力で日本生命財団の事業助成対象となり、大小3つの太鼓と40着の法被を揃えた。
左沢字内町458−1 天満神社 旧・7/25 例祭 10区にある
三郷字上之田丙331−1 熊野神社 5/3 樽神輿 子供育成会主催
小見774 熊野神社 5/3 田植踊
藤田606 若宮八幡神社 9/15 神輿、樽みこし
 【伝統おおえの秋まつり】
左沢八幡神社例大祭に合わせ毎年開催。各地区に受け継がれる伝統芸能が一同に会してJR左沢駅前広場に集合して町内を練り歩く。
11:20〜13:40。平成23年(2011)の順番を記載。
MOVER ヒップホップダンス(11:20〜)
=様々な町の祭事に出演し、町を活気づけるため活動を行っています。
活躍の場は町内外いたるところで行っており、『最上川舟唄”町おこしダンス”プロジェクト』によりダンスを通じて、大人から子供まで幅広い交流を行っている。
深沢獅子踊(11:30〜)
=江戸時代中期には既に踊られていたとされており、古式で仏教的な色彩が強く、お盆には各家々で縁側に先祖の位牌をだしてその前で踊る。
七区囃屋台(11:45〜)
左沢獅子踊(12:05〜)
9区尚和会神輿&おかみさんソーラン愛好会(12:20〜)
御免町噺子座保存会(12:35〜)
八幡様神輿(13:00〜)
左沢八区女相撲甚句保存会(13:15〜)
十三区奴保存会(13:40〜)
 ■本郷地区
   ⇒橋上(はしかみ)、本郷、所部、塩野平、堂屋敷、荻野、材木、顔好(かおよし)、十八才(じゅうはっさい)、小釿(こじゅうな)、楢山、月布、大鉢
橋上734 春日神社 ? ―

本郷字諏訪堂丙678−6

諏訪神社 8/4日曜(元・27) 例祭
本郷丁423 熊野神社 5/3 子供会のフルーツ神輿
本郷乙261 滝の沢八幡神社 9/15 例祭 滝の沢の鎮守
荻野 熊野神社 5/3 例祭

顔好字山下236−1

羽黒神社 旧・8/8 例祭
十八才 熊野神社 旧・9/18 例祭
月布144乙 熊野神社 9/1 神賑
 ■七軒地区
   ⇒貫見(むくみ)、沢口、柳川、黒森、小清(こせい):小柳、勝生
沢口1648 御嶽神社 9/19 子供樽みこし
例祭日は元・旧・9/10。大正期は青年団・在郷軍人分会により剣道・銃剣術が奉納。昭和20年代は青年会により唄・踊り・芝居などが催された。
柳川1592 熊野神社 9/19 例祭
柳川字向1559 大里神社 10/25 例祭
黒森 八幡神社 旧・8/15 例祭
小清字田代852 諏訪神社 4/27 例祭
 【大江の郷土芸能】
大江町芸術文化団体協議会加盟団体には民俗芸能として楢山田植踊保存会、深沢獅子踊保存会、小見田植踊保存会、十三区奴保存会が加盟している。
楢山田植踊=4/29に妙法院境内で行われる。例祭は旧・3/28⇒4/28⇒4/29と変わった。昭和41年、全戸加入で保存会結成。
 【消滅集落】
二俣(ふたまた)
=沢口の字の道海の枝村。昭和40年無住化。戸数は4。

道知畑(どうちばた)=柳川の字。昭和45年11月、町による集落移転事業以前に無住化。9戸・32人。

勝生(かつおい)=町による集落移転事業以前に無住化。角川によると、明治11年、11戸・61人。昭和45年、10戸・48人。
 神社は山神社。


切留(きりとめ)==柳川の字。町による集落移転事業で昭和51年集団移転。昭和35年、8戸・58人。
 神社は山神社。


小柳(こやぎ)
=昭和51年(1976)集団移転。町による集落移転事業で住民全員が町の中心部に移転。昭和35年、11戸・59人。
 神社は稲荷神社。

小清=枝郷として早坂(はやさか)、叉七田(またしちだ)、田代(たしろ)、十郎畑、松保(まつぼ)があり、これらをあわせた戸数は文化3年(1806)に54と、248人だった。町による集落移転事業により昭和51年(1976)に田代と十郎畑、昭和52年(1977)に松保が全戸離村しており、現在は小清地区8戸だけである。
神社は田代は諏訪神社(碑のみ残る)、松保は山ノ神神社。

 又七田(またしちだ)=小清の字。離村時期不詳。昭和30年代の戸数4。

 早坂(はやさか)=小清の字。昭和50年代無住化?。昭和30年代の戸数4。

 十郎畑(じゅうろうはた)=小清の字。町による集落移転事業で昭和51年(1976)集団移転。昭和35年、9戸・50人。
   神社は熊野神社。


 田代(たしろ)=小清の字。町による集落移転事業で昭和51年(1976)に集団移転。9戸。昭和35年、9戸・47人。
   神社は諏訪神社。

 松保(まつぼ)=小清の字。町による集落移転事業で昭和52年(1977)に集団移転。4戸。
   神社は山之神神社。


大鉢(おおばち)=町による集落移転事業で昭和52年集団移転。昭和45年、17戸・71人。

久保(くぼ)=大鉢の字。町による集落移転事業で無住化。昭和27年、20戸・133人。


萩野山(はぎのやま)=材木の字。戦後の開拓集落。町による集落移転事業で無住化。昭和35年、14戸・61人。

 ★展示場 
 【寒河江駅前交流センター(通称:寒河江市神輿会館)】
寒河江市本町一丁目8−23。 電話は無し。開館時間:10:00〜18:00(4月〜9月)、10:00〜17:00(10〜3月)。
年中無休。神輿会館内には「寒河江まつり」で使われる神輿を展示。
神輿会館前にはみこし公園があり、
毎年9月に行われる寒河江まつりの際には、この広場がフィナーレ会場になる。
神輿会館のすぐそばには「せせらぎ公園内の足湯」があり、屋根が付いて、座りながら足湯を楽しむことが出来る。源泉は、寒河江温泉協同組合2号泉で源泉掛け流しである。
 【河北町 紅花資料館】
河北町谷地戌1143。�� 0237−73−3500。開館時間 3月〜10月 9:00〜17:00、11月〜2月 9:00〜16:00。休館日は毎月第2木曜。(祝日の場合は翌日)、年末年始。“紅の館に囃子屋台のレプリカを展示”
 【大江町交流ステーション】
大江町大字左沢876−18�� 0237−62−5501(FAX兼用)。定休日は1月1日。開館時間:9:00〜17:50。
平成15年3月オープン。JR左沢駅と一体。秋祭り展示ホールに屋台2台展示。