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地元の先輩Y氏が25日に76で亡くなられた。今日29日お通夜に向かった。ところが、時間を1時間間違う失態、会場へ着いた時は解散する時間だった。幸か不幸か、見送りに立った姉妹と暫く歓談することが出来、内心嬉しかった。ちなみに姉妹の姉は私と同学年、妹は2つ下で青年団時代の仲間だった。思い出の写真コーナーにY氏愛用のギターが置いてあった。同級生3人で作ったフォークバンドにバンジョーで飛び入りしてくれたことが懐かしい。また地元の相撲甚句の最後の歌い手だったことも…。写真は1976年8月、清水港祭が旧路面電車通り「さつき通り」で行われる様になった年、自作機器を引っ提げ、第3ステージのPAボランティアで参加した時のスナップ。Y氏は赤いエレキベースを抱き、白シャツ背中のK氏と香川県から清水に就職した柄シャツのS氏のギターで、3人が何やらセッションを始めた…。K氏は60代、S氏は50代で故人となられた。Y氏とK氏は同じバンドで、左の青年と奥の女性2人も同じメンバーだった。何処かにY氏の写真があったなぁと思いだし、昔のアルバムを片っ端から探したら有った。とても半世紀前とは思えず、昨日のことの様に情景が浮かんでくる。農業を営み読書や音楽に親しみ、シャレを連発する独特のスタンスは憧れでもあった。最後にお会いしたのは昨年8月14日の盆踊りだった。ご冥福をお祈りする。 |
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今朝は玄関の温度計が1.0℃だった。昨日は1.2℃だったが、氷は張らなかった。もしやと、恒例の貯蔵庫前の畑に置いてあるバスタブを覗きに行くと当たり!だった。凡そ1〜2o厚の氷が張っていた。今期の初氷だ。今朝、布団の中でチト寒さを感じていたが、納得だった。例年は12月中旬の秋葉さんの祭りの頃に寒さが来て氷が張る場合が多いのだが、今年は2週近く遅い。 ところで伊野のポンカンは昨日3名体制で15時頃までに切り上げ、その後寺山の寿太郎を1人で切り始めた。今日っも朝から寺山へ赴き1人で切り始め、終盤はカミサンの支援があり、何とか切り上げた。おまけにカミサンは、屋敷のユコウが獣害の他に寒さで痛みだしていると言って、コンテナ1杯程度だが切り上げてくれた。さて、これでいよいよはるみへとミカン切りは転戦するのだが、考えたら田んぼの青島後拾いや、少量だが屋敷セトカ等が残っている。カミサンは正月準備で今日は餅をついたりしていたが、自分も正月飾りの準備や年末の挨拶周りがある。果たしてどうなるのだろうか…。 写真は初氷を手にした様子で、指で氷面を押すと容易に割れた。オンマウスは寺山の寿太郎収穫…中々グッドな出来だ。 |
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昨晩まで降っていた雨が上がったが、梅雨が酷くて伊野のポンカン切りが出来ない。午後からカミサンと濡れていない所を探して収穫を始めたが、まだまだ残っている。午前中は、陽当たりが良く乾きの早い屋敷南の峰田を見に行ったら写真の如き獣害を発見。もう周辺に甘い柑橘が無くなり、獣の餌食になった様だ。はるみの間に10本程度生えていて先代の日南早生に接いだもので、ようやく収穫が出来る年になっていた。周辺にはイノシシ対策の電柵があるが、電柵の無い大型U字溝を越えて来たと思われる。爪のある動物、ハクビシンかアライグマだろう…。それで早々に収穫すると100kg程になった。そして、その帰路屋敷のゆら早生畑に1本だけ生えている柚柑を見ると同様の獣害。ここも東側はコンクリの擁壁で、そこをモノラックのレールが上っているが、恐らくこれが進入路だろう。ここも早々に週宅体制となった。周辺の早生や青島等が殆ど収穫されてしまうと、獣が集まる場所が限られてくる。残っているのはポンカン・はるみ・セトカ・不知火・甘夏だが、彼らはこれらの木生りは未だ酸が強く糖が低いのでの手を出さない。いや寺山に青島系の寿太郎があるが、これは電柵が効いているが空からの鳥害が心配だ。 |
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今日12月24日は、やっぱり朝から雨だった。終日降ったり止んだりで、暗くなってからも上がることはなかった。それでもやることは決まっている。遅れている青島のモロブタ収容作業を行い空コンテナを確保した。写真は久々にワンショットで登場するオーナー。随分爺さんになったなぁと撮影したカミサン。ここは貯蔵庫西室の東面。収穫してコンテナで予措していた青島をモロブタに展開し、棚に収容している。ここでは初期腐敗果や不良果を抽出する。予措が効いていれば出荷する1月中旬頃までに、腐敗果発生率は減り甘味が増し味が良くなってくる。予措なしで、いきなりモロブタへ入れ貯蔵すると、初期腐敗が元で腐敗の連鎖が発生するので、この作業は重要なポイントになる。所用が多く、ようやく午前10時頃から始め、昼食を挟んで16時過ぎまでに東面に青島を収容した。残りは西面のみとなったが、作業はまた雨の日か収穫の無い日になる。ところで一面のモロブタ総数は14枚×7列あり、ミカンを一杯に並べれば2トン近くの重量になる。ただ、老人には上段の作業は辛く、下段は気温が下がるので1列あたり10枚に収容している。 |
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20日と21日の両日合わせて40o程度の雨が降った。この時季の雨はミカン収穫の最終段階で辛い。雨露は22日も残り午前中はミカン切りが出来ず、青島の貯蔵作業や最後のワケアリミカンの発送を行う。雨が降っても貯蔵作業で一日中忙しく、この時季の風物詩みたいになっている。ミカン切りを早く片付けたいが、貯蔵を行い収穫用のコンテナの確保も必要なので、雨はそれなりの効用をもたらすから笑っちゃう。22日の午後からようやく伊野のポンカン切りに復活できた。写真は23日のポンカンの様子。オンマウスは加勢してくれた友人M君と姉夫婦たちと休憩中の一コマ。これだけ人が集まると世間話に花が咲き楽しい。終日快晴だったが、明日24日は再び雨になると天気予報が伝えていて困惑する。ポンカンは見た感じで未だ1〜2トン程度が木生りの状態だ。ポンカンの後は、寿太郎とはるみも控えていて、ひょっとしたら収穫が上がるのは年明けになるのではと危惧している。そういやミカンが大暴落する前の高校生時代に、大晦日と元旦だけ休んで2日からミカン切りを始めたことを思い出している。果たしてどうなるか…。 |
| 23日の晩、GTVで"カラーでよみがえる懐かしの「紅白」名曲大集合"を観た。カラーで復活した映像は、懐かしさを倍加してくれたが、私的にはマイクロフォンの変遷やXLRコネクタの登場時期に興味があった。写真は1966年初出場の加山雄三さんがAKGのD222と思われるマイクで「君といつまでも」歌っている。またオンマウスは1969年、弘田三枝子さんがAIWAのDM-68で「人形の家」を歌っている。前者はコネクタが既にXLRタイプだが、後者はAIWA独自タイプで、その後DM-68AとしてXLRタイプが登場する。未だエレベータースタンドマイクで歌う歌手が多い中、手持ちVocalマイクやXLRコネクタの黎明期を感じ興味深い。SHUREのSM58は未だ登場していない。ちなみにスタンドマイクは、SONYのC-38(CU-2)やC-37(CU-1)、松下のWM-780が年毎に入替り面白い。 |
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伊野の太田ポンカン切りが3日目を迎えている。20kg入りのコンテナがいよいよ足らなくなり、今日19日は久々に木箱(通称神奈川箱)を園地に持ち込んだ。コンテナは300個以上は有る筈だが、それが全く無くなると言うことは、これまでに収穫した青島と太田ポンカンが6トン以上倉庫に眠っている勘定になる。青島を貯蔵してしまえば相当量が出てくるのだが、ちょっと手が回らない状況になっている。伊野の太田ポンカンも未だ半分近く手付かずだし、はるみの収穫も控えているので、年内に終わるかどうか心配になって来た。 写真は軽トラに積んだ木箱。10数年振りのことだ。これも小玉だと20kg程度収容できる。小学6年の頃、親父に頼まれてこの箱を釘を打って組み立てたことを思い出す。工作好きの息子の器用さを知っていたのだろう。60年近く前の箱が今でも機能しているなんてスゴイ。ポンカンは耐腐敗性が高いので、このまま貯蔵庫へ放り込んでしまう手もあるが、木箱は樹脂製コンテナ程可搬性が良くないのでチト戸惑う。 一報、平行して最後の早生ミカンの個配が続いていて、早朝から忙しい時間が過ぎている。オンマウスはその箱詰め作業の様子。 |
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青島の収穫が後拾いを残して区切りがついたので、天候が回復した15日、いよいよ太田ポンカンの収穫を開始した。手始めは屋敷南の太田ポンカン。昨年春、耕作依頼を受けた園地で太田ポンカンと早生を栽培している。借り出した当時は身の丈程に伸びた雑草が生え、ミカンの木は害虫にやられ悲惨な状態だった。そのためケアをしても自然に朽ちる木が何本かあった。1年経って何とか10数本が復活しそれなりに実を生らせた。この日は7時半頃から作業を始めたが、陽が昇る直前になると気温が上がり出し、温度差で果や葉に露が付き出し軍手が濡れる。陽が昇り切り気温が安定する9時過ぎまで一時休戦状態となった。写真は翌16日の収穫風景。この日は藤枝姉の支援もあり、屋敷南を切り上げている。 オンマウスは17日、伊野の初切りの様子。藤枝姉夫婦が朝から加勢に駆け付けてくれた。今年は摘果が行き届かず全体に球が小さい。やはり手を抜くと収穫時に必ず泣きを見る。農作物って、手を入れれば入れただけの答を出してくれる。分かっていても手を抜くのだから始末が悪い。農豪は、先ずは哲学だとつくづく思う。この日は伊野の西側を収穫したが、東側はそれより広いので切り上げるまで数日はかかりそうだ。 |
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13日夕刻から久々の雨となり、本日午前中に上がるまでの雨量は29oに達した。程良いおしめりだが、休んでは居られない。午前中から300個程ある20kgコンテナの殆どを青島で使ってしまった。次のポンカン収穫用のコンテナを確保するためにと、予措を終えた青島の本格貯蔵がを始まった。写真は貯蔵庫東室の様子。凡そ1週間の予措を終えた順に、モロブタへ青島ミカンを移す。この際、腐敗果やキズ物当を抽出する。この1週間程度の予措のタイミングが程良く、腐敗が他の果へ転戦しないギリギリのタイミングと感じた。このタイミングがあと1週間もズレると、腐敗の連鎖が始まる。逆に早いと、ちょいキズから発する腐敗が確認出来ず、貯蔵したモロブタの中で腐敗してしまうことになるし、予措自身も不十分となる。この辺の考えは最近ようやく固まってきた感じがする。 ところでオンマウス。これはAxisのネットワークカメラM2025-LE。獣害監視用に先月、貯蔵庫内のPOEポートを延長し、Wi-Fi経由で自宅からモニターできるようにしていたシステム。貯蔵庫車庫屋根にも同じカメラがあるのだが、両者共に先月末から突然映像が見えなくなった。IPスキャナーやesetツールで見てもIPアドレスを確認できない。ところがWi-Fi端末へPCを接続してLAN内を見たりインターネットを見ることはOK。過去に同じ様な経験をした記憶があるが思い出せない…IPアドレスの輻輳?。ミカン切りが忙しく調査が出来ないでいる。 |
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今日も田んぼの青島を続け、残りは後拾いのみとなった。後拾いと言っても大玉で着色の遅い果が結構あり。中には丸ごと後拾い対処とした木もある。なので、収穫したらそれなりの量になりそうだ。カミサンは途中から、青島を切る木が無くなったと判断するや、せっせと早生の後拾いを始めた。早生は既に完全着色で完熟なので、片っ端から切っている感じだった。何も考えず無心に収穫できるって中々楽しい。個配用の早生が100kg超も増えてしまった。 ところで写真。今日の作業を終えて貯蔵庫へミカンを運び込んでいると、曇天で雨がパラパラし出していた東の空が急に明るくなり虹がかかった様子。カミサンが サインを掲げている。何とも奇妙な光景だった。そしてオンマウス。ミカン切りの最中に遭遇する小鳥の巣。巣に卵が有ったりすると、巣の撤去は罪になるらしいが、この時期の巣には何もない。こんな光景がたんぼの早生ミカンの木には多く見られる。ミカン栽培上は、巣を作られるってことは風通しが良くなく、枯れた材料を通過した雨水が黒点病を誘発するので余り良いことは無い。しかし普段見慣れない光景は、色々な事を想像させてくれ楽しい。 |
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田んぼの青島の収穫が続いている。10日と11日は根夫婦の加勢があり、大分捗った。今年は3月、選定の時期に緊急入院などがあって、田んぼの剪定が手付かずだった。1〜1.5mにも伸びた枝に立派な実が着くのは良いのだが、それが夏頃から垂れ下がり下の枝に被さる様になる。陽当りが減り成長が遅れ着色も遅くなる。着色が始まってからつっかえ棒を入れて枝を持ち上げたりの作業を行うが限界がある。おまけに当該地は、木が密集しジャングル状態。これじゃ良いミカンは作れないし、収穫も大変で楽しくない…カミサンの何時もの口癖が始まる。強い剪定を行うか、間伐するかの判断を迫られている。これ来年に向けて最大の課題と認識している。 ところで早生のJA出荷が終わり選果落ちが大量に出た。オンマウスは選果落ちの箱詰め作業。青島の収穫が始まる前に、せっせと箱詰めと梱包を行い、多いときで1回で200kg程を複数回出荷しているが、これは業者向け。一般向けには個別の要望にはお応えしているが、週末には一斉頒に布案内メールを送る予定でいる。残りは200kg超ありそうだが、年内にはさばき上げたい。 |
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7日、藤枝姉夫婦の加勢があり汁見谷の青島を午後一で切り上げた。そして田んぼへ転戦し、いよいよ青島切りが始まった。田んぼは今年が最後と思われる45年物の老木が2本あるが、恐らく収穫はこれが最後だろう。親父が植えた最後の青島が消えるのも時間の問題。夏までは元気だったが、実が栄養分を吸い上げ大きくなり色付き始めた頃根元がバキッ!。重さに耐えきれず弱っていた根元がやられてしまった。根の一部は繋がっているが、木全体はとても賄いきれない状況。水分が途絶え、葉や実の萎びが分かる様になっている。と言うことで主役は既に何年か前に植えた若木に移っている。まだ小木だと思っていたら驚くほどの樹勢で、今年は1本で100kg超の実を着ける木が増えた。毎日小規模の獣害(アライグマかタヌキか…)が見られるため、なるべく早く切り上げたい。8日も田んぼでミカン切り作業が続いているが、カミサンと2人体制でしかも大量の選果落ち早生ミカンの箱詰・発送があり、中々捗らない。でも老木に上る作業に比べたら、若木では安全で圧倒的に速い。 写真は汁見谷最後の青島の老木で、高さが4m程ある。粗方切り上げてある。ちょっと分かり難いが、姉とカミサンが木に上って最上部のミカンを切っている。何とも勇ましい!が、今時木に上るミカン切りは殆ど見掛けない「文化財」だ。オンマスは7日早朝(気温3℃台)、自宅前のミカン畑に下りた初霜…寒くなった。 |
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早生ミカンの対応に追われ、青島ミカンの防腐剤が伸び伸びになっていた。汁見谷の青島は、周辺の園地が収穫を始めていて、我が家の園地だけ遅くなるとカラスやハクビシン等が集中し、鳥獣害が一気に増える。それで慌てて防腐剤を散布したのが昨日4日の早生ミカン出荷後。ベンレートと今年からべフラン(x4000倍)の代わりのベルクードフロアブル(x2000倍)を水500リットルで薬調、全ての青島系園地に散布した。それを受けて本日5日、朝から汁見谷の青島を初切りした。午前中はカミサンの実兄の支援があり3名体制。午後はカミサンと2名体制となったが、昼食を挟んで凡そ800kgの初切りとなった。今年の青島の出来は上々で、35年を過ぎた老木に250kgもの実を付けていて驚く。なので今日は4本程度の木しか手を付けていない。この調子だと汁見谷が終わるまで3日程かかりそうだ。その後田んぼ(青島)と寺山(寿太郎)、そして伊野(ポンカン)と田んぼ・屋敷南(はるみ)と続く。ポンカンやはるみ等の中晩柑類へは、収穫前に青島と同様の防腐剤散布が行われる。今朝は前日に続き今季最低気温を更新する2.6℃。日中は気温が上がるが、風が強く鷹カイトも元気に舞っている。オンマウスは16時半、帰宅した軽トラ。午後2名体制で収穫した青島ミカン。貯蔵庫へ搬入し予措体制となる。 |
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12月1日に早生を500kgばかり出荷したが、4日は今季最後の早生の出荷がある。2日はそれに備えて田んぼから転戦して再び舞台で早生の収穫を始めた。写真はその時の休憩中のスナップ。この日は藤枝姉とカミサンの実兄の支援を仰いだ。4人体制で収穫すると1日でもかなりの収量となり、モノラックで自宅前の軽トラまで頻繁に搬送を行った。その甲斐あって、翌3日の選果は当初は500kg程度を予定していたが、倍の1トンに追加変更することになった。オンマウスは3日、貯蔵庫北室の選果の様子。1日の出荷速報がこの日に届いたのだが、先月は選果を厳しくしたのでチョット緩めたら、途端に格外扱いが増えビックリ。こりゃまずいとチト真面目に選果する羽目になった。この辺は家庭選果の課題で、選果場担当者と腹の探り合い見たいなところがあって悩ましい。家庭選果に依存する現状システムだと、遠慮する家と強気の家との間でバラつきがあり真の生産量が分からない。何とかならないモノかと毎度当頭が痛くなる。ところで、舞台も田んぼも未だ早生ミカンが大分残っている。JA集荷はもうないので、折を見て個配用に収穫するが極上の味になる筈。時は既に青島モード。何とも忙しいミカン漬けの日々が続いている。 |
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静岡市の同報無線のデジタル化が進んでいる。当地では、新設された行政の中継局(庵原球場)を受信して直接放送する系統と、自治会館で中継局を個別受信し、有線放送へ流す2つの系統で構成されている。前者は既に昨年度に設置されたが、後者は従来の方式(区役所受信のアナログ)継続していた。自治会館の現調は昨年3月に行われ、有線放送への接続(放送制御・音声)やアンテナ系を確認していた。そして先月28日、ようやくデジタル化工事が行われ、地区内のデジタル化が完了した。写真は自治会館有線放送ラックに新設されたOKI電気の個別デジタル受信機。有線放送側のハモ端へ、わざわざ新規のハモ端を設置しケーブルでつなぐ騒ぎになっている。左下のSWはアナログ時代に追加したアンテナ切替(アンテナも追加)。右の箱は有線放送起動制御リレー箱。オンマウスはアナログ受信機に挿入していた「お役御免」の自作プリアンプ(≒30dB)。季節により変動する受信レベルの改善に大きな効果があった。ちなみにデジタル化で中継局からの受信レベルは43dBμだった。デジタル化は終わったが、直接受信と自治会有線放送が併立する地区で遅延がありエコーが発生する。早口のVoiceだと聞き取り難いため調査をお願いしている。 |
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早生ミカンの収穫が終盤になった。舞台の生りがやたらと多く、一度田んぼの早生を切っていたが、再び舞台に戻った。ところが、このところの朝冷えで写真の様に露が多い。冷え込んだミカンや大地と空気間の温度差が原因だと思うが、当地の日の出時間である9時頃になるとそれが更に酷くなる。舞台の園地は密集しているので、木間を歩いただけで上着がびしょ濡れになる程だ。それで、一体どの程度の温度差があるのかを測ってみた。オンマウスは日の出で気温が上がり出す9時頃に撮影したもの。この日、日陰にある果や地面はだいたい5〜6.5℃程度を示していた。それが陽が当たり出すと、果も葉も16℃程度へ上昇する…しかも短時間で。風が吹いて空気が流れていれば露はつかないので、大型扇風機などで空気を流す措置をすれば対策が出来ると思われるが、そこまではやってられない。もっと冷えが強ければ表面が凍ってしまうだろう。それで、太陽の熱で露が乾いた場所から収穫が始まり、完全に露を気にしなくて良い時間は11時頃になる。このため複数人が園地に入って、一斉に収穫する体制を取っても暫くはノロノロ収穫となり、効率が悪くて悩ましい。午前中2時間ちょっとしか作業できないし、午後は15時半には陽が陰ってしまうから…。 |