Songs of Innocence レビュー



 Songs of Innocence レビュー
常に動きつづける「音」

 手塚治虫がその死の間際まで漫画を描き続けたのは有名な話だ。まるで止まったら死んでしまう鮫のようにひたすらペンを動かしつづけた。それは彼の諸作「ジャングル大帝」や「火の鳥」、「きりひと賛歌」などを読んでも明らかで、登場する主人公たちはひとつの場所に定住することなく、物語の中でひたすらさまよい(動き)続ける。手塚治虫の生きざま及び姿勢と作品のもつ性格(動的要素)には符合するところが多い(あとアニメーション=動画に並々ならぬ意欲を注いでいたことも)。作品数の多さや創作ペースなどにある程度の差こそあれ、ひょっとしたら、これはあらゆる分野の「表現者」にも当てはまることなのかもしれない。表現すること=動き続けること。ひょっとしたら、ロック・バンドという動物も、止まった瞬間に死んでしまうのかもしれない。

 何だか話が大袈裟になってしまったけれども、日本が誇るオルタナティヴ・ロック・バンド、ルミナス・オレンジの、残響レコードから2009年にリリースされたベスト・アルバムに続く約2年ぶりとなる新作オリジナル・アルバム『Songs of Innocence』が届けられた(注:この時点で聴いているのはマスタリング前の音源であることをお断りしておきます)。それにしても、結成から約18年目にして、本作に満ちている覇気と躍動感は何だろう? いわゆる「シューゲイザー」と形容されるバンドの多くが、立ち止まりながら「音の壁を塗り込む」ことに腐心している一方で、この「動き続けている」感は明らかに異質だ。

 2009年の後半、ベスト盤リリースのタイミングで、バンドの中心人物である竹内さんに取材させてもらう機会があったのだけれど、その中で強く印象に残っているのは「リズム隊フェチなんです」という言葉だった。ストーン・ローゼズのレニをフェイヴァリットにあげ、「歌の伴奏になるのではなく、ドラムにも歌ってほしい」という。たしかに、ルミナスといえば2000年以降の音源に参加しているアヒト・イナザワ氏(元ナンバーガール、現Vola & The Oriental Machine)をはじめとして、多くのドラマーがこれまでのスタジオ音源に名を連ねているが、これは裏を返せば竹内さんがそれだけ「ドラム」及び「リズム」というものに強いこだわりをもっていることの証だろう(もちろん、自身やCaucusの柳川氏が奏でるギター・サウンドへのこだわりは大前提にして)。本作に参加しているドラマーはアヒト氏と西浦謙助氏(相対性理論など)とクリストファー・マグワイア(元くるり)の3人。本作の醸し出している躍動感の要因に彼らのプレイがあることはおそらく間違いない。

 特にアルバム前半の「Untold」や「Sea of Lights」といった曲でのドラム・プレイには耳を引かれる。リズム隊のアグレッシヴさとギターが放つ轟音、そこから浮かび上がるメロディとが有機的な絡み合いを見せながら渾然一体となって聴き手に迫ってくる様は、まさにルミナス・サウンドの真骨頂ともいえるもの。これは、例えばかつてペイル・セインツが展開していた「激しさ」と「静けさ」の融合ともいえる音世界を受け継ぎ、独自に発展させていったかのような感覚も受ける。

 前作『Sakura Swirl』で垣間見せたエレクトロニカ的な打ち込みサウンドへのアプローチは、ここでは一旦抑えられ、ダイナミックなバンド・サウンドへと立ち戻っているように思われる。一方では、意表をつくような曲展開や、不思議なコード進行、変拍子など、アイデアの閃きも随所に感じられる。例えば、アルバム冒頭の「Song Of Innocence」はルミナスの曲のユニークさが顕著に表れている好例だろう。穏やかでポップな曲調だが、サビでの幻想的なソプラノ・パート、そして中盤の意表をつく軽やかな口笛の出現に思わずはっと心奪われる。

 そして、前述したように、続く「Untold」ではソリッドに突進していくドラム とギターが空間を鮮やかに切り裂き、「Sea of Lights」ではギターリフがねじれ あうことで「光の海」というタイトルにふさわしい覚醒感に溢れた「光景」が広 がっていく。「Autumn Song」でいったん疾走は落ち着き、代わりに日本語歌詞を もつ「歌」がはっきりと浮かび上がってくる(どこか荒井由実の面影を感じてし まうのは自分だけだろうか?)。はねるような変則的なリズムと優雅なギターの音色が絡み合う軽やかな楽曲だ。間奏に挿入されるキラめくような電子音が効果的で、前作でのアプローチが巧みに消化されているのがわかる。続く「Riverboat」での、激しい濁流に乗って水面を走っていくかのような曲調は、まさに曲名から連想されるイメージそのものだ。「I Saw No More」も同様にスピード感に満ちた音の波がうねりながら駆け抜けていく。「Yuekin Spring Moon」は不思議な展開をみせる曲で、見知らぬ場所に一人でつれていかれるかのような先の読めないメロディが面白い。

「Dusk, Train and the Bridge」でもタイトル通り夕暮れ時に列車が橋を渡って いく様子が描かれている。高く鳴り響く汽笛のような幻想的な効果音がその印象 をさらに引き立てる。「Blaze of Light」ではギターのフィードバック音に導か れて、再び猛突進するルミナスが鮮やかに再登場。この疾走感を煽るリフのカッ コよさといったら! 「Violet」は“Tay Rail Bridge”(スコットランドのテイ湾にある鉄道橋の名前)を題材にした、しなやかで優雅な曲。ここでも「列車」そして「橋」というモチーフが再び登場するのが興味深い。竹内さんによれば、川の上に架けられた橋の上を電車でわたっていく、つまり川の向こう岸とこちら側を行ったり来たりするという状況が、自分の現在の世界と異世界とが交差する瞬間を描いているのだという(「Riverboat」ではその乗り物が「川舟」に変わる)。最後に、冒頭の曲「Song Of Innocence」の別ヴァージョン「Song of Experience」が登場。最初のヴァージョンとはかなり印象が異なるもので、聴き比べも楽しい。

 硬軟、緩急のついた展開を見せながらあっという間に過ぎていく濃密な1時間弱 。これまでの活動を総括したベスト盤を経て、さらに創作意欲が増したという印象を受ける充実した手応えを感じさせてくれるアルバムだ。

では、先述した取材中、一番強く記憶に残っている言葉を引用してこの原稿を終えたいと思う。

「いつも戦いですね。想像力がいつ枯渇するのではないかという恐怖との戦い、みたいな。手を動かし続けるしかないんですよね。楽器を鳴らすことで見えてくる、というか」

 ルミナス・オレンジはこれからも動き続けていくはずだ。その最新の軌跡がこ こには鮮やかに刻み込まれている。

2010年3月14日 佐藤一道(Monchicon! / Kiki)

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