2024年
                         溝手康史






2024年
登山道シンポジウム・・・・予定
日本山岳サーチ&レスキュー研究機構
東京
日時未定



2024年
山岳遭難の法律問題・・・・予定
三重県山岳遭難対策協議会
日時は未定















024年4月16日
大谷の事件…税理士、弁護士の責任

税理士は、税金の申告時に、通常は、通帳を確認する。しかし、依頼者がそれを拒否すれば、税理士は、それを強制できない。
日本でもこれはよくある。
隠したいことがある人は、税理士に通帳を見せないことがある。
本人が脱税をする時、税理士は、それを見てみないふりをすることがある。それが客商売。
税理士が、客に、「どうしても通帳を出さなければ申告ができない」と言えば、客は、「それなら、別の税理士に依頼する」と言うだろう。税理士は客に対し、強い立場にない。この点は、アメリカでも同じだろう。
客に対し強い立場にない・・・・・この点は、弁護士も同じだ。

しかし、このような税理士、弁護士は適正な職務行為をしていない。日本でも、しばしば、税理士が不正行為の共犯として処罰される。
この点は、弁護士も、同じだ。
今後、大谷の顧問弁護士が、職務上の義務違反を問われるかどうかが問題になる。


2024年4月14日
ドーム球場での2塁打
巨人・広島戦で、内野フライがドーム球場の天井に入り、落下しなかった。これが規定上、2塁打の扱いになり、1点が入った。
これによれば、ファウルグラウンドに上がったフライでも、2塁打になる場合がある。内野でも外野でも、フライは落下するまでファウルかどうか判定できない。明らかに内野のファウルグラウンドに上がったフライでも、落下しなければファウルの判定ができない。キャッチャーフライも、ドーム球場の天井に入り、落下しなければ、2塁打になる???

ルールの限定解釈もありえたのではないか。この規定の趣旨は、ホームラン性のあるフライの場合の規定であり、明らかにそれに該当しない場合には、このルールを適用しないという限定解釈をするということである。キャッチャーフライなどにはこのルールを適用しない。ホームラン性のあるフライかどうか判断できないという意見がありうるが、今回の場合は、その判断ができない人はいないだろう。判断が難しい場合は2塁打にすることになるだろう。「明らかな場合」だけの扱いである。
このような限定解釈は、法律の世界では多い。
高校受験の願書出願が中学校のミスで期限を過ぎた場合に救済措置をとったことなどがその例である。「本人のミスによらない徒過」の場合には、期限に関する規定を適用しない扱いをするのである。
東北大震災時に、津波から逃げるために、車でスピード違反や信号無視をしても処罰しない扱いなども、法律の限定解釈である。

このような適正なルールの解釈をすれば、上記のケースでは、2塁打とする規定を適用せず、「規定がない場合」であり、審判の裁量判断でバッターに討ち直しを命じればよい。

あらゆる規定を形式的に適用すると、おかしな場面がいくらでも出てくる。
日本では、ルールを杓子定規に考える人が多い一方で、行政指導などのあいまいなルールを好む人が多い。



2024年4月13日
大谷の事件…雑感
 大谷氏の事件に関して、当初、事実関係が不明だったが、私は、最初から、大谷氏が刑事責任を問われることはないだろうと思っていた。
 日本とアメリカで法律が異なるが、刑事責任が生じるかどうかは、弁護士には何となくわかる。メディアにさまざまな弁護士が登場したが、ずいぶんいい加減なコメントをすると思っていた。

大谷氏のような被害に遭わないにはどうすればよいか。
パスワードなどが盗まれることがある。フィッシング詐欺、ウィルスなど。あるいは、日本人と交際中の外国人女性が、日本人男性のパスワードを盗み、カードから預金を盗むケースがある。その外国人女性は偽名で、住所不明、所在不明、顔しかわからない。

パスワードなどを絶対に盗まれない方法、絶対に詐欺に遭わない方法はない。しかし、被害を最小限にとどめる方法はある。
大谷氏のケースでいえば、通帳残額をこまめにチェックするという方法だ。
しかし、一度に大金を盗まれたら、お手上げだ。

この点は、銀行側のチェック体制を厳格にするほかない。大谷氏のケースでいえば、銀行のチェックの甘さは明らかだ。電話での本人確認・・・・・・日本でも多い・・・・・これは甘い。
日本であれば、銀行の過失を問う損害賠償請求訴訟が可能ではないか。大谷氏は有名人であり、日本人であることを銀行員もそれを知っているはず、オオタニという預金名義、本人確認を流暢な英語で行ったこと、送金額が大きいこと、送金を繰り返していることから、銀行に過失があるのではないか。
ただし、銀行に落ち度があることになれば、今の決済システム全体が破綻するのではないか。
誰もが水原氏のやり方を真似て簡単に銀行詐欺ができてしまい、それを銀行が弁償することになれば、大変なことだ。

連邦警察の銀行詐欺での立件が早かったこと・・・・異常に早い・・・・・早急に銀行被害を世論に訴えることで、銀行を守ろうという政治的な意図があるのではないか。私は、銀行を守るための政治的意図を感じた。
それで検察が異例の記者会見を行ったのだ。
水原氏の足枷をされた身柄拘束の光景をマスコミに公開したことも、検察の政治的な意図があるだろう。
トランプの身柄拘束の場面は絶対にマスコミに公開しない。トランプも身柄拘束されたから保釈されたのである。保釈は、身柄拘束からの解放である。

日本でも、電話での本人確認は問題だ。例えば、妻の不倫相手が夫になりすまして、クレジットカードの紛失届を出し、妻が郵送されたカードを受け取ることが可能だ。
日本であれば、胴元に対する損害賠償請求も可能だろう。日本であれば、裁判官は大谷氏に同情するが、アメリカでは、陪審員(民事陪審)が判断する。




2024年4月4日
落雷事故
4月3日に、宮崎県でサッカー中の落雷事故が起きた。
雷鳴や雷雲などの落雷の予兆がある場合には、管理者に損害賠償責任が生じるというのが判例だ。
今回は、その予兆がなかったが、落雷が予見できたかどうかが争点になる。落雷注意報は出ていたようだ。
予見できたかという議論は、禅問答に近い。

数年後に民事裁判になるだろう。なぜ数年後かといえば、日本では、すぐに裁判することはしないからだ。アメリカでは、事故の数週間後に裁判を起こすことがあるが、日本では、事故の検証や第三者委員会などが先行する。消滅時効が迫って訴訟提起する。山では、夏はたいてい落雷注意報が出ており、たいてい午後は積乱雲がある。それだけで落雷の予見可能性があるかどうか。山ではほとんどの場合に、落雷の予見可能性が認められ、限りになく無過失責任に近づくだろう。

学校事故でも、裁判所の考え方は、実態としては無過失責任に近づいている。防ぎようのない事故でも、過失があったとみなされる。これは、学校は安全でなければならないという社会的価値観を裁判所が重視するからであり、ある種の価値判断だ。日本はそういう社会であり、裁判所は逆らえない。
学校では無過失の補償制度が必要ではないか。労災補償のような制度だが、それでも学校の責任を追及する裁判がなくなることはないだろう。



2024年3月28日
アメリカでの橋梁事故・・・・救助活動打ち切り
3月26日に事故が起き、その夜、警備隊が救助活動を打ち切った。・・・・日本人から見ると、救助活動の打ち切りが早すぎると思うのではなかろうか。
一般に、公的な救助活動は、生存の可能性がなければ打ち切られる。
日本でも同じであり、冬山遭難では、警察、消防の捜索、救助活動は数日で打ち切られる。遭難対策協議会も警察に連動する。あとは、遭難者の家族や友人らが捜索を行うほかない。

救急車は、事故直後であれば搬送するが、死亡を確認した場合は、被害者(遺体)を搬送しない。遺体搬送は家族がマイカーか霊柩車で搬送する。タクシーも遺体搬送を拒否する。病院も遺体を病院者車で搬送してくれない。多くの場合、救助隊員が死亡を確認していないことにして救急車で搬送し、病院で死亡を確認する。

ただし、日本では、警察、消防は政治で動くので、御嶽山の噴火事故、自衛隊関係の海難事故などでは、政治的な判断から1年以上も捜索活動が続けられた。これは特別扱いである。1年後も生存の可能性があったということではない。
山岳事故でのこのような特別扱いは、ほとんどない。雪崩事故の場合は、警察が生存の可能性があることにして、長時間、捜索することがあるが、不公平感は否めない。

冷たい海水に落下すれば、数十分で死亡するので、アメリカの公的救助機関は法律に忠実に生存の可能性がなくなれば、あっさりと捜索を打ち切るようだ。
日本であれば、公的機関が数日間は捜索して「救助」し(救助活動なので、遺体発見とは発表できない)、病院に搬送して死亡を確認するだろう。



2024年3月20日
登山リーダーの責任・・・・オンライン講義

日本山岳スポーツクライミング協会・夏山上級リーダー講習会(関東地区)  実施日  2024年3月20,23,24日  

2024年3月18日
北海道新聞の記事
3月12日の北海道新聞の羊蹄山雪崩事故に関する記事に、僕のコメントが掲載されている。
記事では、「事故防止を目的とした冬山の規制は国内外でほとんど例がない」というコメントに
なっているが、僕が述べたのは、法的な規制についてである。
法的規制ではなく、行政指導による規制は日本では多い。富士山の冬山登山の禁止などが、行政指導による冬山登山の禁止の例だ。しかし、冬山登山の法的な規制は、群馬県と富山県の登山条例くらいのものだろう。バクカントリースキーの法的な規制はほとんどないが、法行政指導による規制は多いかもしれない。
法的規制と行政指導を区別することが重要だが、これを混同する人が多い。



2024年3月13日
バックカントリースキーの規制
事故防止のためにバックカントリースキーを規制すべきだという声が一部にある。世界では、エリアを定めて環境保護のために許可制にする場合がある。
アメリカの富士山ことホイットニー山では1日の登山者が100人程度に制限されている。しかし、欧米では、環境保護のために登山を許可制にすることは多いが、事故防止のために規制す
ることはほとんどない。バックカントリースキーの規制はほとんどない。
夏の富士山で事故防止のために登山を規制すべきだろうか。
富士山では環境保護のためび登山を規制する必要がある。

事故防止のために登山を規制できない理由
・規制するのは危険な行為である。包括的にすべて禁止することは過剰な規制であり、憲法に違反する。バックカントリースキーでは危険性の程度が地形や雪の状況、時期次第で変化する。固定的なものではない。降雪直後は危険でも、数日すれば雪が安定して危険でなくなる。2月は危険でも、3月は安全なコースがある。危険かどうかを誰が判定するのか。役所が判定するとすれば、役所に専門家を置かなければならない。事故防止のノウハウは役所にはない。アウトドア活動の素人の公務員では判断できない。
・役所が危険かどうかの判断をすることは危険である。これは、中国が危険な行為を取り締まることをイメージすればわかる。国家にとって不都合な行為を規制することになる。
事故防止のために登山を規制しても、事故は減らない。富士山がその例だ。富士山では事故が増えている。
・効果のないことをするのは税金の無駄だ。規制をするには、役所の人件費がかかる。公務員のサービス残業で扱えば別だが。

・規制は、違反者に刑罰を課さなければ効果がない。危険な行為を処罰する国家は「危険国家」である。中国、ロシア、北朝鮮、戦前の日本がその例だ。
・日本では、行政指導としての禁止が多いが、これは、法的拘束力がなく無意味だ。アウトドア活動を禁止すると先進国と言えないので、それはできず、拘束力のない「禁止」をする。この禁止は国民には効果を持つが、対外的には、「日本は法的には国民のアウトドア活動を制限していません」と弁解できる代物であり、悪質である。日本の政治にはこのようなゴマカシ、いい加減さが多い。
・行政指導は欧米では稀であり、欧米人は行政指導としての禁止を理解できない。行政指導は、それに違反しても違法ではない。欧米人は、「できるのか、できないのかどちらなのか」と考える。行政指導は、法的には「できる」が世論から「禁止」だとして叩かれることを意味する。
・山岳スキーがオリンピック種目になったが、
バックカントリースキー人口が増えれば、山岳スキー競技が強くなる。クライミング人口が増えれば、オリンピックのクライミング種目が強くなるのと同じだ。オリンピックでやたらとメダルをとりたがる日本人は、バックカントリースキーの規制ができないのではないか。
バックカントリースキー事故で亡くなる人は多くない。年間、20人もいないのではないか。マスコミが大きく報道するので、j事故が多いと感じる人が多い。海難事故で年間700人くらい亡くなっているが、「海水浴を禁止しろ」と言う人は少ない。役所が努力しても海難事故がなくならない。事故防止のノウハウは役所にはない。


事故防止のためにできること
・行政ができることは、アウトドア活動の規制ではなく、警告表示、登山道の管理などである。アメリカやカナダでは、自然公園をフロントカントリーとバックカントリーに分け、前者はトレイル、標識などを整備し、後者は整備ではなく危険表示をする。カナダには、橋や標識が一切ない国立公園があり、危険だが、禁止しない。その代わり入山料100ドルを徴収し、入山者に約1時間の危険性の講義を行う。
・危険が生じれば、役所はトレイルをクローズするが、これは通行禁止ではない。欧米では、日本的な法的拘束力のない「禁止」はない。役所は危険情報を提供する。
・アウトドア団体や研究機関が、講習会、事故防止のノウハウ、研究活動、啓蒙活動を行っている。



2024年3月1日
ペットを食べたらどうなるか
神奈川県で、ウサギ30羽を捨てたことについて、動物愛護法違反が問題になっている。ペットを捨てることは犯罪である。ペットの虐待も犯罪である。
しかし、愛護動物を食べるために殺すことは、違法ではない。人間は家畜を殺して食べているからだ。
ペットは牛や羊とは違うと思うかもしれないが、韓国では犬を食用にしている。日本の韓国料理店で犬料理を出す店がある。
牛や馬、山羊をペットにする人もいる。
法的には、ペットと家畜の区別ができない。家畜でも愛着がわけばペットである。どちらも愛護動物と呼ばれる。
家畜を愛護動物と呼ぶのは、食べるまでの間だけであり、いずれ殺して食べるのだから、ギマンではないか。

食べるためには殺すほかない。虐待は違法だが、保健所でペットの殺処分している。殺処分は残虐ではないのか。
飼えなくなったペットは保健所で殺処分してもらう(ほとんどの保護犬が殺処分されている)。新たな飼い主を見つけるのはかなり難しい。
ペットを保健所に持っていくことを残酷だと感じる人が(殺処分されるので)、捨てるのではないか。しかし、これは生態系を壊したりするので、違法とするのだ。新たな飼い主を見つけることができなければ、殺処分して生態系を維持する。
イギリスでは役所がペットを殺処分することはないらしい。


人間はわがまなで残酷な生物だ。動物を殺して平気で食べるのだから。
法律はこのような人間の都合(文化とも呼ばれる)に基づいて作られる。



024年3月1日
那須雪崩事故刑事裁判、求刑
2017年の那須雪崩事故の刑事裁判で、検察官から禁錮4年の求刑がなされた。
これを受けて判決が出される。
求刑3年は、執行猶予をつけてもよいという検察官の意思表示であり、求刑4年は検察官が実刑を求めることを意味する。
被告人らは無罪を主張している。
無罪判決は必ずマスコミ報道され、有罪判決の大半は報道されないので、しばしば、無罪判決が出るイメージがあるが、現実には無罪判決は数パーセントしかなく、稀である。
一般に、裁判官は、世論の動向に敏感であり、最近は、過失事故の厳罰化、処罰範囲拡大の傾向がある。
人間のミスをどこまで処罰するかという価値判断になる。

どのような判決が出ても、控訴がなされるだろう。


2024年2月27日
カスハラ・・・・何が問題
東京都がカスハラ条例を制定するようだ。
この問題は、クレーマーの客に対し、店員や店長がきちんと対応することが、まず、重要だ。
客のクーレムに店員が毅然と対処できるように経営者は店員教育をすべきだが、逆に経営者は、「お客様は神様」扱いとお辞儀の仕方などを教育する。これは経営者の管理責任の問題だ。

欧米であれば、客がクレームを言えば、店員が反論するだろう。そこで議論をすればよい。
客が暴言を言えば、店員は、「店から出て行ってください」と言えばよい。それで退去しなければ、不退去罪で現行犯逮捕できる。

それでおそらく9割のクレームに対処できるのではないか。
あとの1割は、客による暴力であり、これは110番通報するしかない。カウンターに防犯用のプラスチック板を設置してもよい。
日本では、客の脅迫行為があっても、110番通報しない。店の経営者がのように教育しているのだろう

「そこまではとれもできない」と言う人が多い。そこが問題であり、それができるように店は訓練を実施する必要がある。
根底に経済優先の日本の社会の体質の問題がある。「お客様は神様」扱いをしなければ、儲からないという考え方だ。
現実は、客はさまざまであり、当然、クレーマーや変質者がいる。それに対処するのがリスクマネジメントである。
「お客様は神様」扱いをして、店員が客から被害を受ければ、経営者は法的責任を問われる。
店員を守るのは、条例ではなく、まず、経営者でなければならない。


今後、グローバル化すれば、外国人客が増え、「お客様は神様」ではないことが、もっと明瞭になるだろう。



2024年2月25日
伊吹山での事故
伊吹山で落石による死亡事故が起きた。
これに関して、伊吹山は、「登山禁止」、「入山禁止」、「伊吹山は登山自粛」などの報道がなされた。

「登山禁止」、「入山禁止」、「登山自粛」、「登山道の通行禁止」、「登山道の閉鎖」は、意味が異なる。
「登山禁止」は、登山はダメだが、観光などは認められる。
「入山禁止」は、観光で進入するのもダメ
「登山自粛」は、あくまでお願い、行政指導であり、拘束力がなく、登山をしても違法ではない。
「登山道の通行禁止」は、登山道以外の場所であれば、登山が可能。冬は登山が可能。
「登山道の閉鎖」は、禁止ではない。

これらを区別しなければ、法治国家とは言えない。

法律的には、おそらく、登山道の通行の自粛、もしくは登山道の閉鎖ではないか。これは、行政指導。
また、雪が積もれば、登山道が埋没するので、閉鎖は無意味になる。
管理する側からすれば、やたらと禁止を使いたがる。禁止すれば、許可された行為だけができる。これは、人は生まれながらにして不自由であり、国民は、国家から、許可された行為だけができるという考え方であり、江戸時代はこのような支配体制だった。明治以降も、似たようなものであり、現在でも、実態はこれに近い。学校や、会社はこの考え方だ。長谷川恒男が、「学校は刑務所のようだった」と述べたのは、このような意味だろう。



2024年2月23日
外国人登山者の遭難
外国人登山者の遭難の報道が多い。
外国人登山者の遭難件数の正確な報道はないが、おそらく増えているのだろう。富士山登山や北海道でのバックカントリースキーで外国人の遭難事例が多いようだ。
このような遭難がある度に、日本的な非難がなされるが、それでは遭難は減らない。
外国人の観光客が急増しているが、外国人の観光客が増えれば登山者も増える。「外国人の観光客を増やしたいが、登山者は増えてほしくない」が自治体のホンネかもしれないが、それは無理である。富士山などでは観光客と登山者を区別できない。ニセコでも、外国人スキーヤーがコース外滑降をするのだ。コース外滑降を禁止しても、バックカントリースキーを法的に禁止できない。
バックカントリースキーを禁止することは登山を禁止することを意味し、登山を禁止すれば日本は先進国の仲間入りができなくなる。中国やロシアですら、登山を禁止していない。北朝鮮であれば、登山を簡単に禁止できる。
登山を禁止すれば、観光を禁止することになる。登山と観光は区別できない。これは、観光登山や、高尾山、富士山、尾瀬、阿蘇山、上高地などのハイカーを考えれば、理解できるだろう。高尾山を歩く人は観光客なのかハイカーなのか。ハイキングは登山の一形態である。

外国人の観光客が増えれば登山者も増える。登山者が増えれば、事故も増える。これは避けられない。


欧米では、山岳事故の救助活動は役所が行っても、、山岳事故の防止は役所の仕事ではなく、もっぱら民間団体が行う国が多いようだ。役所が登山届を受理しない国が多い。欧米では、登山届は家族や山岳会などに出すべきであり、役所に出すことはないようだ。なんで、役所が個人の行動のことまでいちいち心配してやらなければならないのか?余計なお節介だ、という考え方。 日本とは発想が違うのだろう。


2024年2月22日
被災地でのボランティア活動
能登地震被災地で、重機によるボランティア活動が重宝している。ただし、重機での操作には資格が必要であり、事故が起きると業務上過失致死傷罪になるので、注意がいる。ボランティア活動でも重機の操作は「業務」である。これは、ボランティアで自動車を運転するのと同じだ。自動車の運転もボランティア活動であっても「業務」である。
また、ボランティア活動であっても民事上の注意義務がある。重機での操作は危険であり、相応の注意義務が生じる。医師などのボランティア活動も同じ。詳細は、拙著、「ボランティア活動の責任」(共栄書房)参照。

ボランティア活動は、労災などの保障はないが、責任を伴うということだ。被災地でのボランティア活動を労災などの保障の対象とするという政策もありうるが、日本はそうしていない。

被災地での重機使用は、無償であっても、ボランティアではなく、公的団体等がオペレーターを雇用して使用すべきだ。オペレーターは専門職の危険作業であり、給料の支払いがなされ。雇用保険が適用される。公的団体等は無報酬。



024年2月21日
安芸高田市「恫喝訴訟」・・・市長の専決処分を議会が承認せず
これについて、市長を支持するネットの書き込みが多い。それらのほとんどは安芸高田市民ではなく、市外居住者の書き込みである。この裁判で市長を応援する安芸高田市民はあまりいない。
この裁判では、一審で安芸高田市が33万円の支払を命じられた。この33万円は市長が払うのではなく、市が払う。この裁判でおそらく33万円以上の弁護士費用がかかっており、控訴すればさらに弁護士費用がかかる。弁護士用だけでなく、裁判するためには公務員が多くの時間をかけて裁判の準備をする。その労力を人件費に換算する必要がある(残業をすれば人件費がわかりやすい)。
それらはすべて税金から払う。市長がポケットマネーで払うわけではない。
税金をどう使うかは議会が決める。
市長を応援する市外居住者は、「もっと市の税金を使って裁判を続けろ」と主張するが、市外に住んでいるからいい加減なことが言える。
たった33万円を争う裁判で、市長のメンツのために、これ以上無駄な税金を使うべきではない・・・・これが安芸高田市民である私の意見だ。


2024年2月18日
司法改革で必要なこと
国民の8割が利用できる弁護士費用の分割払制度。日本では弁護士費用にクレジットすら使えない。これは日弁連の策略か?
所得の少ない人は返還免除の司法支援制度が必要だ。


2024年2月17日
スポーツ推薦入学は不公平か
佐々木麟太郎がアメリカの大学にスポーツ推薦で入学する。約5000万円の学費もタダになるらしい。アメリカの大学には、規定に基づくコネ入学は当たり前であり、著名人の子弟もこれで入学する。
日本では、コネ入学は裏口入学と呼ばれるが、アメリカでは正面からコネ入学する。
不合理な基準で不合格にすることは平等原則に反するが、不合理な基準でコネ入学させても違法ではない。コネで入学できない人は、もともと試験で合格していなければ、不利益を受けたとは言えないから
だ。日本で多いコネ入学は違法ではない。天皇の親族を特別に入学させても違法ではない。

しかし、違法ではなくても、コネ入学は不公平である。ただし、不公平であれば違法だという法律になっていないので、世の中に不公平なことはいくらでもある。もとも市場経済や競争社会は不公平だ。
公平とは何かは難しい問題だ。大リーグの選手の高額な年俸は公平か。会社や役所の人事は公平か。今の税率は公平か。美人がモテるのは公平か。体重150キロの力士と力士の対戦は公平か。優秀な人とそうではない人が、同じテストを受けることが公平か。健常者と知的障害者が同じ授業を受けることが公平か。

公平かどうかを決めるのは価値観による。
柔道やレスリングなどでは、体重別にするのが公平だとされ、相撲はそうではない。
芸能人の入学は不公平ではないが、受験生の美醜で合否を判定するのは不公平とされる。
会社経営者の子弟の採用は不公平ではないが、一般人のコネ採用は不公平と考える人が多い。しかし、中小企業ではコネ採用が多い。
格差社会で落ちこぼれると生きていけない社会は不公平だろう。

不公平かどうかを議論しても、違法でなければ意味がない。違法でなければ、それを行うことが可能だからだ。
それでアメリカでは、不公平かどうかではなく、違法かどうかが議論される。

天皇の親族を東大に特別に入学させても違法ではないので、不公平かどうかを議論しても仕方ない。
佐々木麟太郎が大学に推薦で入学することが不公平かどうかを議論しても仕方ない。

しかし、日本の世論は、違法かどうかではなく、不公平かどうかを議論する。これは、おそらく、日本の社会が、法律ではなく、世論で動く社会からだろう。

競争社会では格差が生じるのは当たり前だ。差が生じない競争は、ない。競争社会では格差は違法ではない。貧富の差も違法ではない。
しかし、
社会的格差の是正を法律で規定すれば、格差は違法になる。格差是正のためにどのような法律を作るかを議論する必要がある。例えば、最低賃金の引き上げ、社会保障、税制、返還不要の奨学金、返還不要の司法支援制度など。


2024年2
月5日
ロシア、中国の侵略的体質
ロシアと中国には侵略国家としての体質がある。
この点を、両国が社会主義国だったからだという意見があるが、そうではない。
ロシアと中国は、社会主義国になる、はるか以前から、侵略的な体質があった。
中国は漢や唐の時代から、西域や南海を支配しようとしてきた。
ロシアも同じである。第一次世界大戦前のロシアの侵略国家としての様子は、「チボー家の人々」などに描かれている。当時のロシアは、ロシア革命以前であり、皇帝が支配していた。
ロシアと中国の歴史は、侵略の歴史だ。
両国とも遅れた国だったので、国民の不満が大きく、それが社会主革命につながった。社会主義革命により生産手段を国有化し、国家が大きな力を持った。マルクスが考えた「国家の消滅」どころか、ロシアや中国では国家の力がむしろ強化された。
欧米の市民革命の歴史は、国家の力を制限することをめざしたが、国外での侵略的行動を抑えることはない。この点は、市民革命後の欧米が、国外では、こぞって植民地を拡大してきた歴史を見れば明らかだ。

現在のロシアは資本主義国である。
中国は社会主義国であり、土地が私有化されていないが、生産手段の多くが私有化されている。資本主義と社会主義の違いは、生産手段の私有化を認めるかどうかである。社会主義=生産手段の国有化ではない。
中国はかなり市場経済化しているが、政治的民主主義がない。
ロシアは資本主義国であるが、政治的民主主義がない。
資本主義、市場経済=民主主義ではない。
政治的民主主義は、経済体制とは別の問題である。
対外的な覇権主義も経済体制と別である。
自由主義経済は、しばしば、新たな市場を求めて対外的な侵略行動をもたらす。
国際的な場面で侵略行動(戦争)を阻止するには、カントが述べたように、国際的な平和機関が必要だ。


2024年
月2日
「登山道の管理や法的責任」講演 福島県、郡山市 環境省ロシアと中国のロシアと中国のロシアと中国

郡山市は遠方なので、2泊3日の旅行になった。
この日の郡山は非常に寒かったが、参加者は約130人。
参加者は、国、市町村、県、観光協会、山小屋などの関係者、山岳ガイドなど。
登山道の管理の問題に対する関心の高さがよくわかる。




2024年1月28日
派閥解消は茶番

自民党に派閥解消の動きがあるが、これは無意味だ。
憲法上、結社の自由があるので、派閥を解消しても、それに代わるものを作ることができる。
2人集まれば、グループを結成できる。それを勉強会、政策集団、グループ、派閥、党内政党と呼ぶかどうかは、言葉の問題でしかない。
グループ結成を禁止できない。
政党結成を禁止できない。党内政党(派閥のこと)を禁止できない。

政治資金の使途の公開とすべての団体献金の禁止・・・・これが必要だ




2024年1
キリマンジャロ登山
年末年始、キリマンジャロ(5895m)に登った。
18年前頃から、高校の同級生でキリマンジャロに登る計画があった。
当初、60歳になって行く計画だったが、雇用延長などで実現しなかった。
次に、65歳になれば、ヒマになるのではないかと思われたが、コロナの影響で実現しなかった。
そして、68歳の今、実現した。
外国の高山に登りたいという人は多いが、たいてい願望だけで終わる。願望を実現するには、意欲が必要だ。
11日間の休暇をとることは、要職にあるサラリーマンには難しい。ようやく仕事から解放されると、年齢的に、体力、気力が衰えていることが多い。
しかし、今回、これが実現したのは、意欲が勝ったからだろう。
キリマンジャロは歩いて登ることができる山であり、特別な技術はいらない。日本国内で15キロくらいの荷物を背負って数日間の縦走登山をしている人には、キリマンジャロは難しい山ではない。ダイアモックスを飲めば、高度障害もほとんど出ないだろう。この日は、キリマンジャロの稜線にけっこう雪があったが、通常はキリマンジャロの稜線に雪はない。



  
この日の行動時間は、午後11時出発で、約17時間だった。夜中、降雪の中を行動した。