9月のもう一言
利孟
古釘に下がる擂粉木とろろ汁
秋出水網で囲ひの金魚池
とろろ汁宿場女郎の口の紅
秋彼岸庫裡の袋に布施の米
初紅葉半刻登り詰め札所
比呂
百年の紺屋砧の握り艶
親離れ子離れできてとろろ汁
なんとなく肩の力の抜けた初老の夫婦の感慨だね
入道の去りて筋雲風澄める
船巡る八丁出島初紅葉
八丁出島は中禅寺湖ですか
蜉蝣や琵琶掻き鳴らす盛衰記
昭夫
初紅葉九尾狐の嶺下る
初紅葉が茶臼岳の頂上から麓へとくだるというだけではわざわざ九尾の狐をいう必要も無いわけで
麦トロや糊の効きたる割烹着
麦トロや朱塗りの椀に杉の箸
この奥に秘湯眠るや初紅葉
山奥に眠る秘湯なんて陳腐だね
蟋蟀や児の去りし夜の滑り台
夜の公園、ままある句の形だね
ミヨ
漢方薬飲み切るけふの爽やかに
苦いの飲んでほっとしたくらいな方が、何日も飲み続けて服薬終わりよりわかりやすいでしょ
ひたぶるに積み足す土嚢とろろ汁
最近の洪水を思わせるね
文楽や黙す黒巾の秋思かな
黒巾は無言は当たり前、文楽だと口上があったりしますからそこらが付け目でしょう
山内の地つづきにゐて初紅葉
お寺の隣かなんかでの話かな
銀杏のほろ苦きかな往ぬ人よ
なにか思い入れがあるんでしょうな
信子
今日のこと今日為し今日のとろろ飯
まあ、日常身辺さらりと遊んで詠んでるかな
夏果ての浮桟橋や湖の雲
行き帰る病廊長し秋の蝉
臥せてまま寝につくまでの虫の声
初紅葉旅の半ばの足湯カフェ
旅の半ばのが分からん、足湯でもなんか嫌なのに、それがカフェだなんてなると利孟は鳥肌が立ちそうです
聖子
太ももの掻き傷ばつたを追ひかけて
朝露の光に映えて初紅葉
朝露でたしかに季重り
登校の黄帽子が行く草紅葉
雲流れ湖に映りし初紅葉
予定調和かな
初紅葉梢より雨二雫
そうかも知れなくても、数は使い方が難しい
巴人
初紅葉宮の栗石濡れそぼち
垂乳男老います父の自然生
あまり、形容詞的に使う言葉ではなさそう、自然薯、生両方あるがわかりやすい方が良いですね
湖に映る会津根高く初もみぢ
コニウツルと読み上げて理解できますか?、日本語ではないでしょう
老い桜紅葉づ二葉や会津城
二枚だけに紅葉が始まったなんぞ、細かすぎるでしょうし面白くモナイ
えごま畑大内宿のとろろそば
たしかにえごまの畑はあったのでしょうが、なんの必然も無いですね
敬子
とろろ汁故郷の歌きこえくる
聞こえ来るって、様な気がする?、感傷的すぎます
地蔵盆まづポケットに数珠を入れ
十六夜の手擦れ格子戸旅の宿
旅の宿ってどうしても臭いよね
五穀米うまいうまいと秋彼岸
食欲の秋をお彼岸に持ってくるかね−?
初紅葉豆乳入りの鍋囲む
豆乳鍋てのは流行でも、中に何が入ってるのかが無ければ、雰囲気は理解しようが無い、湯葉を掬うわけじゃ無いのだから
良人
雨音に静まる宿坊とろろ汁
高麗川の流れ青々曼珠沙華
月並みな場所の曼珠沙華やね
みどりなす堤に一点彼岸花
富士を背に丸子の宿のとろろ汁
まんまだね
紅一点鎮守の杜の初紅葉
一点が好きでも、初紅葉は一枚二枚ではないはね
葉鶏頭真紅の色に輝けり
山奥に入りてアケビの実に見取れ
見取るは、看病でしょう
山遊び遠近にあけびの実
遠近をトオクチカクと読むかね?、だけど通草ってそういうふうか?
鈴虫の声に聞きほれ歩を止める
感動を詠うというのは、感動のよって来たるところが何であるかをうたうので、 感動した様子を詠うのではないのです、足を止めたところから作句はスタートします
鈴虫の美声に聞きほれ歩を止める
まあ、出句はきちんと整理をしてにしましょう
渓谷の底に溢れる初紅葉
底に溢れるが良いです
卵入りやぶつかけ飯のとろろ汁
とろろ汁てそんなものでしょう
何杯も箸すすみたるとろろ汁
空気澄み見頃は朝の初紅葉
色眩し明智平の初紅葉
木瓜
初陣にいざ奮ひ立つ初紅葉
初陣がなんだか全く分からない
名月や萬の民に隔てなく
哲学的ではありますが、ありきたりな哲学ですな
早乙女の仄かな震へ初紅葉
まあ、早乙女て普通には田植えのときで、少女として使うのは特殊ですよね
とろろ汁今日一日を顧みる
肩ゆるめ妻の下ろせるとろろ汁
肩ゆるめてのが?、とろろ汁くらい男の仕事だろうが?