マニキュア

by ユリさん

長くて、まっ赤な爪――ユリさんのは当然そうだと思い込んでいた。
「長いの、好きじゃないんです」
ほら、と差し出された両の手の爪全部、きっぱりと刈り(!?)込んであった。
「子供みたいな爪でしょ」
以前(むかし)から短く、色も赤のまま。
「ピンク系が似合わない気がして」
赤のほうが、指や手がスラリと白くみえるからだ。
「女らしい手じゃないでしょ?」
細くて華奢な手、と思う。
「でも、ゴツゴツしてる」
そうだから、細い長い指の手に憧れているのでもない。むしろ好きである。
「主婦の手ですもの!」
目をこらせば、働きものの印(しるし)、細かなシワが走っている。
夫のために、息子のために一所懸命ごはんをつくりたいから、
「いつも清潔にして、爪も短くしておきたいんです」
マニキュアが映える、スラリと長い指であったとしても、そうしたと思う。
「爪が長いとごはんつくるのに不便だし、あまり気持ちのいいものじゃないでしょ」
長くのばした爪をみると、切りたい衝動に駆られるくらいなのだ。
「ごはんつくるときは、絶対マニキュアもしないの。ごはんに入っちゃう気がして」
マニキュアは外出するときのみだ。ベースコートをぬって、シャネルの71が重ねられる。
「いちばん好きな色なの」
が、外出から戻ったら、その71ともさっさとお別れだ。
「ごはんつくったり、掃除したりしなきゃいけないでしょ」
働きものの主婦の手は、しかし頻頻とハンドクリームで丁寧にいたわられている。
「黄色とかブルーとか花を描いたマニキュアもあるけど、キレイと思わない」
なんと頑固、自分でもあきれてる。

クロワッサン1986年4月10日号(No.202)
「マニキュアは、若い人より、大人のものだと思います。」より

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