夢診断に性別と年齢は不可欠

夢は私たちを支配している情動が比喩的に反映されたものなのかもしれない。

夢を生成する根源的なもの。それは生き残ろうとするエネルギーだ。

社会的な不安、矛盾する欲望、感情の曖昧さ、潜在的な逡巡、
どうすべきかという葛藤、
人間関係における受動的な役割と能動的な役割の分担など、
それらは人生の各ステージにおいて、微妙に調整されながらも
既定の路線を確実に提供してくる。

私の夢分析では、性別と年齢の情報は欠かすことができない。

生と死をはさんで刻む年齢という区切りは、
何を課題として生きているか、何をめざしているのか、
何に迷い、何に頼ろうとしているのか、何を予想し、何を恐れているのか…を推測させてくれる。

具体的で現実的な場面が、その年齢に応じて、当然のごとく訪れる。
社会的で集合的な記憶が、そのように人生を導くからであって、
多くの場合、あなたは、まぎれもなく、他の誰かに似ている生き方をすることになる。

誰のものでもない「自分なりの生き方」をしてきたとあなたは反論するかもしれない。
それでは、なぜ、幼稚園で遊びを覚え、小学校で言葉を習い、中学校で知識を広め、
高校で専門性を高めながら、部活動を楽しみ、恋愛も経験したのか?
それらは、自分で選んだ部分も確かにあっただろう。
しかしながら、それは多様なレパートリーのひとつであり、誰かの人生とほぼ同じものなのだ。
確かに細部はちがっている。幾分、年齢的にも差異が生じているだろう。性別も微妙かもしれない。

大きな声で、「自分は他人とちがう」と叫びたい気持ちは十分にわかる。
でも、ある程度、年齢を重ね、人生の後半にかかる頃、他人とは違うという見方は消えてくる。

あなたが日本人なら、日本人としての人生を送っていることに、あたりまえのように気づくはずだ。

あなたの夢も間違いなく、他の誰かが見ている夢をなぞるように生み出されている。
似た境遇から、似たような人生を歩み、どこかで共通する事態が発生し、何かしらの結末を迎える。

日本語を使っている以上、日本語が創り出す「物語」の領域においてのみ、
夢のナラティブは展開する。
したがって、当然のごとく、日本語に含まれる「集合的無意識」が夢に反映されるのだ。

あなたは、ひとくくりの「枠組み」に入り込んでいるが、そこから逃れる必要などない。
なぜなら、その「枠組み」こそが、あなたを守り、育ててきたもので、「あなた独自の領域」だから。
夢はその枠組みを変えつつ、調整し、補強するための生き残りのメッセージを生み出している。

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