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夢は語る 夢見者は夢を振り返ることができる。 夢見の内容は忘却するように仕組まれている。 忘れても仕方ないこと。それが、脳のデフォルト。 では、何故、多くの夢見者は夢を語ることができるのか? わたしも、そうであるが、夢は一瞬であっても、物語として文字起こしをすることができる。 忘れるように仕組まれているのに、覚えている。 何故なのだろう。漏れてくる「夢見」の物語。 多くの夢見者は、そこに神秘性を認めた。根拠があるわけではない。感情にしたがっただけだ。 平均寿命の半分を過ぎれば、誰でも残りの部分が少なくなっていることに気づく。 生まれてからの記憶はタイムラインで示されるわけでもないが、 突如として、蘇る記憶があることは誰も否定しない。 どうして、そのような記憶が、わけもなく、浮かび上がるのか? わたしは、ときどき、その理由を夢に問うている。夢は素直に応える。 それは、あなたが「決めた」ことだと。繰り返しの夢で、繰り返し伝えたではないかと…。 あなたが見ている夢は、あなたが分析できる。 難しいことではない。夢の止まり木で、しばしの間、さまよい歩けばいいのだから。 誰かを助けるわけではない、自分で自分を知るために、窓口を少しだけ開けているだけだ。 数少ない人だけが、ひとときを過ごす。 夢分析をすることで、自分を解放する。そのために、何かを犠牲にすることはない。 安心してほしい。あなたのために、少しだけ窓を開けている。
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