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2001 USA/Israel/D 109 Min. 劇映画
出演者
Antonio Banderas
(Gutierrez - バチカンから派遣された調査員、元軍の諜報員、カソリックのイエズス会神父)
Olivia Williams
(Sharon Golban - イスラエル人考古学者)
Derek Jacobi
(Lavelle - カソリックのドメニコ会神父、エルサレムの教会にいる)
John Shrapnel
(Moshe Cohen - イスラエル政府の高官、事件担当)
Jason Flemyng
(Walter Winstead - カソリックの神父、エルサレムの教会にいる)
John Wood
(Pesci - バチカンの枢機卿)
Makram Khoury
(Nasir Hamid - パレスチナ人の商人、彼の店の裏で遺骨発見)
Mohammed Bakri
(Abu Yusef - 教師、エルサレム市内のパレスチナ抵抗勢力のリーダー)
見た時期:2003年11月
The body などというタイトルでも、どこかのグラマー女優の話ではありません。変な期待はしても報われません。暗殺者のようなアクションを期待する方もおありでしょう。アクションは皆無ではありませんが、比較的地味です。Body Snatch のようなホラー映画でもありません。バンデラスが出るというので暗殺者に続けとばかり、こんなタイトルつけて柳の下のどじょうを狙ったのでしょう。
演技ははっきり言ってだめな作品です。アントニオ・バンデラスの使い方が良くなかったと思います。私は告白するのモンゴメリー・クリフトのような演技が要求される作品ですが、バンデラスには苦悩する聖職者の役は向きません。まだスティグマータ 聖痕のガブリエル・バーンの方が合います。客を呼ぶための看板俳優が必要ということを考えずに言えば、この役をちゃんとこなせる地味な俳優はいくらでもみつかると思います。バンデラスにはユーモア、怒りなどがぴったり。これまでにいくつか個性に合う作品ももらっています。彼にはそういう役を任せ、この作品にはもう少し暗い、あるいは控えめな人物を起用した方が良かったように思います。
もう1人ミスキャストかと思えるのがデレク・ヤコビ。ハリウッド的な雰囲気が出てしまい、舞台になっているバチカンやエルサレムの雰囲気と合いません。しかし最後のシーンは熱演。ここだけは良かったです。
こういうハリウッド的なピカピカ、プラスティックっぽい人物と周囲でわりとリアルに演じている中堅俳優の間に差ができてしまいます。話が複雑で、色々な人種、宗教の登場人物が錯綜するのですが、脇はバランスが良く、撮影の舞台、セットなども堅実なので、惜しいです。
ストーリーは欲張っていて、監督が世界のトラブルを一手に引き受けたかのようです。現在起きている危険な状態の縮図のようなテーマをごっそり扱っています。脚本は健闘していて、虻鉢取らずになったりはしていません。見終わって、何と大変な問題なのだろうと感心してしまい、これでは世界が救われるまでにまだ数百年かかりそうだ、と変に納得してしまうのです。
テーマのリスト
・ 信仰と科学の狭間で苦悩する聖職者
・ キリストは普通の人間か、巷で2000年ほど言い伝えられているような超人か
・ キリスト教とユダヤ教の利害関係
(イスラム教までは手が回らなかったようです。キリスト教はカソリック系保守派のみ、ユダヤ教は普通のユダヤ教徒と超保守的なウルトラ・オーソドックス派の両方を扱っています)
・ 信仰と教会(バチカン)の体面
・ 宗教に科学の研究を妨害されて怒る科学者
・ 宗教の中での女性の地位
・ 諜報活動をする役人と諜報活動をする聖職者
・ 日常茶飯事になってしまったパレスチナ人とイスラエル人の市街戦
と、まあたくさん扱ったにしては100分ちょっとで観客を考え込ませるのに成功しており、果敢にテーマに取り組んだという意味で長編デビューの監督は敢闘賞ぐらいは貰えそうです。ちょっと見ては、「何か大切な話を聞き逃したぞ」と感じて、巻き戻し(DVDはテープではないので本当は巻き戻しではありませんが、こういう時どう言うんでしょう)。DVDだから良かったですが、映画館では1度で全部理解するのは大変です。ヨーロッパ人ですと、身近なテーマなので恐らくすんなりと納得できるでしょう。
事の起こりはイスラエル人、ユダヤ教徒の女性考古学者ゴールバーン博士がエルサレムの旧市街、パレスチナ人ハミッドが商売をしている店の中庭で人骨を発見したことに発します。センセーションを狙った似非科学者でなく、実直なまじめな女性です。ざっと検査した結果この骨は死後2000年ほどを経た30代の裕福な家の男性のものだというところまで判明し、後にさらに詳しい検査が行われます。死体に磔の刑で空いたと思われる穴がみつかり、問題が大きくなります。
私には聖書の知識も当時の歴史の知識もなかったので、この映画を見て初めて知ったのですが、磔の刑というのは当時下層階級の犯罪者に対して行われたもので、上流の者にはそういう事はしなかったのだそうです。この人物が上流だという証拠は墓の様子。1人のために大きな穴が掘られ、葬られていました。考古学者でキリスト教ではないゴールバーンが、あまり政治の事を考えておらず、もっぱら科学的分析に取りかかっている間に、話はもうバチカンまで届いており、バチカンではこの知らせに頭を抱えていました。
我ら異教徒は、キリストが奇蹟を行ったとか、死後3日して再生復活したなどという話は、当時の世間にアピールして、信者を集めるのに寄与しただけで、真偽のほどはどうでもいい、大事なのは教義として発表した倫理の方だ、とあまり気にしませんが、バチカンにとってはこれは宗教全体の存亡がかかる一大事。現代の科学者が何と言っても、イエス・キリストは生前も特別な人間で、実は神の分身だったのだということにしておかないと行けません。
バチカンにはスティグマータ 聖痕のガブリエル・バーンでおなじみのように、本当にシークレット・サービスがいるようです。少なくともこれで2本そういう職業を扱った映画が作られています。この人たちの任務は、007のような人殺しでもなければ、どこかから誰かを救出することでもなく、世界中で「奇蹟が起こった」と主張する人や、「これはキリストの持ち物だ」などと何かを見世物にするような人が現われた場合に真偽のほどを調査することにあります。それで今回派遣されたのがグティエレス。まだ若いですが、法王の封印のある書類を貰って来るような高い地位にいます。以前軍のシークレット・サービスをやっていました。そういう人ですから科学を軽んずることはなく、調査をする時念を入れ、科学検査の結果も重んじます。そして最近の科学は発達していて、かなり詳しい事が分かります。
さて、私には始めよく分からなかった争い。バチカンの取る立場は、「キリストは復活したのだから、その辺の墓に遺体があるはずがない」というもの。だから心の奥ではこれがキリストかも知れないと感じていても、教会の保身のために遺骨は偽物、別人、などと決めつけてしまうか、あるいは消してしまいたいと思う官僚的な人物が登場します。この作品、よく注意して見ていると、最初の数分で実はネタが全部語られていて、残りはその話に沿って進んでいるということに気づきます。しかし気付くのが結末の後なので、監督は上手に伏線を引いておきながら観客を最後まで引っ張ったということです。
次に野心で動くイスラエル政府の高官コーエン。彼は遺骨を手に入れておけばバチカンをゆすってエルサレムをイスラエルの首都として認めさせるのに役に立つと考えます。コーエンがバチカンと取引している会話を録音しているパレスティナ人教師アブ・ユセフは、その情報でグティエレスと取引を試みるなど、イスラエル、パレスティナ、バチカンは、三つ巴でクリンチ状態。
日本ではあまり知られていませんが、エルサレムという町は非常に複雑です。イギリスが第1次世界大戦の時にあまり前後を考えずに同盟国を増やすために、対立する両方にいいかげんな約束をして協力を要請したため、問題を残し、第2次世界大戦後イスラエルが「約束を守れ」と迫ったため、落ち着く先を深く考えずにパレスチナ人を追い出して、イスラエルを建国。そのため現在も紛争がエスカレートするばかりという事は日本人もわりと知っています。問題はエルサレムという都市。この地は、キリスト教にとって重要だというだけでなく、イスラム教とユダヤ教にとっては聖地なのです。ですから、イスラム教徒も、ユダヤ教徒も、どこかに代わりの住居を用意してもらって引越し、バイバイというわけにはいかないのです。聖地は同じ場所の上(イスラム教)と地下(ユダヤ教)にあるという複雑さ。多神教になびき易い日本ですと仏教と神道が日光でこんにちわでもさほど困らないのですが、一神教のキリスト教、ユダヤ教、イスラム教ではその辺は「まあ、よきにはからえ」というわけにはいかないのです。
作品に登場する人物はいずれも事件が起きるまでは自分の信条で生きていた人たち。それが遺骨がみつかったために大きく揺さぶられます。夫の死後子供を育てながらこつこつと考古学に身を捧げてきたシャロン。科学者として一途に検査結果を追います。彼女はこの骨がキリストのものだと考え発表する予定でいました。教会の先輩に比べ正直で、科学も重んじ、しかし信仰も重んじるグティエレスは両者の狭間にはまってしまい、抜き差しならないことになり、しかもイスラエルとパレスティナの政治紛争にも巻き込まれてしまいます。同じく学者であり聖職者であるドメニコ会のラベレ神父も科学と宗教の狭間で苦しみ、最後は発狂してしまいます。それほどキリスト教徒に取っては重大な問題です。
市街戦の中心をなしているパレスチナ人とイスラエル人にとっては宗教より、政治交渉を有利に運ぶための材料として重要な意味を持ちます。それで遺骨の奪い合いをします。彼らにとっても交渉の成り行き次第で国の存亡がかかっているので重大問題。
その横で、ウルトラ・オーソドックス派が宗教の教義を守らず墓を暴いているという理由でシャロンを投石で襲撃。シャロンは墓でみつけた品を奪われてしまいます。取り返すために重要人物のラビに会いに行く時は女は完全無視、同行した異教徒のグティエレスも無視、政府の高官コーエンですら小僧扱いを受けます。しかしさすが長老は人の話を聞くらしく、取り敢えず話は受け入れてもらえます。この日本どころか、ドイツでもあまり見られないシーンはおもしろかったです。ナチの暗黒時代にも関わらず現代のドイツにはユダヤ系の人は割に頻繁に住んでいます。私個人はしかしウルトラ・オーソドックス派に属する人と知り合ったことはありません。ドイツに住んでいる人たちは映画に登場する人物とも趣きが違い、インテリ層と言われるグループに属す人が多く、過激な発言や行動は見たことがありません。
といったわけで、この作品ハリウッド式の大スペクタクル、秘密諜報員スリラー、暗殺者的な犯罪映画を期待する向きは肩透かしを食いますが、普段見られない複雑なテーマ、町の様子など、まったく違うものを発見できます。
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