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ゴーストライター /
The Ghost Writer /
Der Ghostwriter /
L'homme de l'ombre

Roman Polanski

2010 F/D/UK 128 Min. 劇映画

出演者

Ewan McGregor
(ゴースト(ライター))

Pierce Brosnan
(Adam Lang - 前英国首相)

Olivia Williams
(Ruth Lang - アダムの妻)

James Belushi
(John Maddox - 出版社重役、ラングのゴーストライター、死体)

Kim Cattrall
(Amelia Bly - ラングの秘書)

Tom Wilkinson
(Paul Emmett - マドックスが死の直前に接触していた男、ハーバードの法学者)

Desirée Erasmus
(Nancy Emmett - パウルの妻)

Jon Bernthal
(Rick Ricardelli - 出版エージェント)

Tim Preece (Roy)

Timothy Hutton
(Sidney Kroll - ラングの弁護士)

Robert Pugh
(Robert Rycart - 外務省補佐官)

Eli Wallach
(前首相が現在住んでいる島の住民)

Morgane Polanski
(ホテルの受付)

見た時期:2010年2月

ベルリン映画祭参加作品

★ 出来上がり

まだベルリン映画祭の最中ですが、懸賞に当たってただ券で見ました。ただで見せてもらうのが申し訳ないような力作で、ポランスキーらしい気合の入ったスリラーに仕上がっています。

配役、特に主要人物の選択が良く、役を十分理解した人たちで固められています。暗い、寒い、湿気の多い場面で押し通されますが、そういうストーリーなので仕方ありません。

★ ハリスはよくある名前?

原作があり、作者はロバート・ハリスといいます。映画化の際の脚本も引き受けています。どうやらハンニバルのトーマス・ハリスとは全く関係がないようです。またオーストラリア人女優のカッサンドラ・ハリスの前夫のハリスとも関係がないようです。カッサンドラの前夫はリチャード・ハリスの弟ですが、偶然同じ苗字だっただけのようです。カッサンドラはピアス・ブロスナンの前の夫人で、病死しています。

★ マグレガー

有名になる直前の作品を見ています。2年後トレインスポッティングで仲間と一緒に大ブレーク。その後私が見た作品ははしょ〜もないものが多かったです。実力、才能はかなりあると思います。ムーラン・ルージュではすばらしい喉を披露してくれましたが歌手にはならず、残念です。すばらしいテノールです。

ちょっと前のダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔は作品としてはそれほど高い評価をしていませんが、マグレガーはとても良かったと思います。The Ghost Writer のマグレガーも比較的いい出来です。彼がストーリーの中では探偵役で狂言回しなのですが、ブロスナンを食ってしまわないように抑えています。

★ ブロスナン

ある意味で数奇な人生を送っている人です。出て来た当時はハリウッドで名を成すコースには乗っていなかったように思います。私は偶然子供向けのSFバーチャル・ウォーズを見ています。主演ですが、このまま大スターになる路線ではありませんでした。

英国では探偵レミントン・スティールで既に地位を築いていた人ですが、80年代は国外ではそれほど有名ではありませんでした。それに彼は英国人ではないのですよ。なので彼がボンド役に納まったのはちょっとした驚きでした。英国がEUの発展に伴い、アイルランドとの争いを止めようとしていたので、その手土産にブロスナンを主演にすることにしたのかとかんぐったほどです。

ブロスナンはギャラも上がるし世界的に有名になる代わりに、パパラッチに追いかけられたり、役柄が固定したりする危険もあると承知していたようです。それでもボンドを期待通りに演じ、その後はそれをパロディーにしたような作品にも出ています。The Ghost Writer では秘密諜報員の上司のそのまた上の役ですが、ボンドの経験がうまくこなれて生きているように思います。

微妙でおもしろかったのは、後半のあるシーンで、実際には小泉首相が見せたのではないかと思えるような表情をブロスナンが見せ、当時の実在の英国首相がそうだったのではないかと思われる立場をマグレガーが演じた部分です。観客としては想像をたくましくするだけの話ですが、ブロスナンはなかなかの役者です。

★ その他の俳優

渋い人を集めてあり、よく役をこなしています。ハリウッドがいつも通りに作ったらアネット・ベニングが出そうな所に比較的地味な人を起用しています。トム・ウィルキンソンはキャリアの長いベテランで、私が最初にぶつかったのはフル・モンティーです。その少し前から海外でも知られるようになっています。キャリアの前半はもっぱらテレビ。映画でブレークしてからは主として脇役を務めていますが、私は主演作も見たことがあります。私が見た作品ではモラルの高い人物や普通の人物を演じていますが、これほどたくさんの作品に出ているので悪役もやっているのではと想像しています。

★ ストーリーの問題

原作自体が力作で、それを作者本人が脚色し、監督がポランスキーで、俳優が粒ぞろいなので、出来上がった作品は上にも書いたように見ごたえがあります。じゃ、話は本当なのかと言うと、そうも言えません。

まずは誰が見てもこれはブレア家の話をしているのだろうと想像してしまいます。子供は出て来ませんが、ちょっと前まで英国で現職の首相をしていて、イラク戦争や関連する産業に首まで浸かっている人と言うと誰を思い浮かべるでしょう。ブレアは3期を務めており、イラク戦争はすっぽり彼の任期にはまります。美男で演説が天才的に上手いという役です。また前首相の夫人として登場するルースにも実在のブレア夫人をイメージさせる役どころが与えられています。

ブロスナンは脚本を手渡された時にこれはブレアの話だとすぐ理解したそうですが、監督からは役作りでブレア本人にこだわる必要は無いと言われたそうです。なので外見はブレアに似せておらず、どちらかと言えばロナルド・リーガンのフレーバーを取り入れています。話し方はドイツ語版だったので、ブレア風にしたのか分かりませんでした。私自身はブレアの在任中はほとんど毎日彼の声を聞いていたので、英語版でしたら比較ができたと思います。

こういう枠で進む推理物なのですが、ストーリーの中で重要な意味を持つ変死体があります。ブルース・ブラザーズのジョン・ベルーシーの弟のジェームズ・ベルーシーです。この死体が発端でユアン・マグレガーのストーリーが始まります。

意外な展開を見せ、あっちゃ〜というショーダウンに向かいますが、観客を十分に引っ張ります。スリラーとしてはとてもおもしろいです。ただし・・・なのです。これを現実と混同しては行けません。ストーリーの軸に使える将棋の駒を観客に渡し、こういう解釈ができると思って作った話だと考えておくのが無難でしょう。同じ駒を使って別な解釈も成り立つでしょうし、映画に使われていない駒も多々あるのではないかと思います。

例えばベルーシーの謎の死。ベルシーが演じるのは(死んでいるので演じると言えるかどうかは分かりませんが)、ユアン・マグレガーが後継者に納まる前のゴースト・ライターの役です。前首相はA4で600ページを越える自伝を自分では書かず、専門のライターに書かせていました。

自伝を本当に自分で書いた人の方が少ないと思いますので、こういう専門職があること自体は別に驚きではありません。私の家にもマーガレット・サッチャーの回顧録がありますが、日本語で上下巻合わせて1000ページ以上あります。日本語はコンパクトな言語なので、これを英文にするとA4で1500ページは軽く越えるのではないかと思います。いくら引退して暇だからと言っても自筆とは考えにくいです。人からもらった本でまだ読んでいないので正確なところは分かりませんが。

読み始めたばかりなので、これからどういう展開になるか分かりませんが、冒頭は非常に文学的な書き出しです。政治学や歴史学の学術書のように書いてあると思っていた私にはちょっとした驚きです。選挙直後のちょっとドラマチックな場面から始まります。こんな文章はある程度人に読ませる本を書くことに慣れた人で無いと書けません。報告書や学術書の類とは違います。

サッチャーの話はこの辺にしておきましょう。さて、そのゴースト・ライターはフェリーに乗り、そのまま海に落ちて死亡、死体が海流で海岸に漂着したことにされます。映画はその死体で始まります。映画と違い現実には海岸に流れ着いた死体は無いのですが、首相在任中に謎の死を遂げた科学者がいます。本人が微妙な時期に亡くなったために分からない部分も多いのですが、重要な情報をリークしたとの噂が立ち、外交委員会の調査中に自殺したことになっています。この事件が記憶に残っている方もおられるかと思われます。小泉首相在任中にブレア首相が来日しましたが、到着時首相は尋常でないうろたえ方をしていました。それがそのまま報道のカメラにおさまっています。訪米の直後で、科学者の自殺は首相の外遊中に起きています。イラク戦争に首を突っ込んだ国々は現在まできれいな解決はできずにいます。各国がためらう中スタートを呼びかける側についていたのがブレア首相です。

映画の中ではアメリカの情報部にいいように操られた情けない英国が描かれています。イラク戦争が始まった頃英国内では「我が国は米国のポチに成り下がった」という論調が強く、ジョージ・マイケルに至っては風刺のアニメまで発表していました。ショーン・ペンも開戦直前まで反戦キャンペーンを張っていました。しかしこういう話も眉に唾をつけるか、話半分に割り引かないと行けません。どの国が本当に強いのか、どの国が属国なのか、どの国がポチなのか、そして首相、大統領として表に出ている人が政治を動かしているのか、その後ろに別な人、団体がいるのかなど、この種の話は何年も経って全然別な説明がつけられることがあります。

例えばあの強そうな鉄の女、自分で政治を主導しているように思えたマギー・サッチャーでも、決して表に出ない複数の男性が「これまで」と言ったためにしぶしぶ首相の座を降りたという話を聞いたことがあります。こんな様子なので、出来のいいスリラーを見ても、そこで言われている話が本当だと考える前にちょっと当時のニュースを当たって見ることをお薦めします。しかもそれだけではなく、何年も経ってもう一度振り返って見た方がいいようです。

★ ストーリー

とまあ長い前置きをしましたが、映画のストーリーに行きます。

冒頭重要な点は2つ。1つは上にも書いたようにゴーストライターを務めていた人物が死体で発見されます。もう1つはこの人物の代わりに回想録を書く人が必要になり、5人の候補者の中からマグレガーが選ばれます。彼の名前は最後まで出て来ず、ゴーストとかゴースト・ライターと呼ばれています。

アメリカの出版社が大金を元首相にオファーし、ゴースト・ライターにもそれなりのお金が入るという契約です。その際彼に深く関わる家族や恋人がいるかと聞かれます。マグレガーは「いない」と答えます。推理小説を読み過ぎた私たちはここで「やばい、命に関わるぞ」と思いますが、一般の人は普通に受け流し、後で「そういうわけだったのか」と思い当たることになっています。ポランスキーは伏線は上手に入れています。

首相に対しては出版社から期限が切られており、内容については1つ条件がついています。テロに対する戦いの内情について正確に書くこととされています。出版社は首相が落ち着いて仕事が出来るようにとアメリカ北部、東海岸の島に豪華な別荘を用意します。この島は実在しマーサズ・ヴィニヤードといいます。本土との行き来はフェリーか飛行機のみ。

政界、芸能界とはゆかりのある場所で、いくつか呆れるような出来事が起きています。また、ジョン・ベルーシの墓もここにあります。政党的に見ると民主党に関係の深い場所です。

実はこの部分の撮影、アメリカでは行っていません。できるわけがなかったのです。ポランスキーがアメリカに入国するわけに行かなかったので、北ドイツ、北東ドイツなどベルリンの近くで撮影しています。屋内などはどうやらポツダムのスタジオで撮ったようです。ベルリン映画祭のコンペに出品することを考えると、ドイツで撮影というのは有利な駒の進め方と言えます。それもドイツ人の好きなポランスキー監督。第60回映画祭の金のクヌート賞を狙ったのでしょう。

豪華な別荘に家族、秘書、ボディーガード、コック、庭師つき、自家用ジェットも備えてあるのでさぞかしセレブ風の楽しい生活だろうと想像したいところですが、ポランスキーは非常に暗く、冷たく描いています。ボディーガードが首相を暴漢から守っているのか、首相が自由に人と交流するのを止めているのかも分かりにくいですし、有能な女性秘書が複数ついていますが、それほど楽しくも見えません。豪華な刑務所かも知れないなあと思いながら見ていました。

そこへ連れて来られるのがゴースト・ライター。出版社との面会の後渡された600ページを越える原稿は家に戻る途中暴漢に襲われ奪われてしまいます。あまり幸先のいいスタートではありません。

首相の住む別荘では改めて600ページを越える原稿が渡され、校正に入ります。前任者が書いた物を読み、内容を取捨選択し、順序入れ替えなどの作業があります。また、首相に改めてインタビューもします。

その頃首相が戦争犯罪人として裁かれるべきではないかという世論が強くなり、窮地に追い込まれて行きます。訴えられた欧州の裁判所を米国は正式に承認していないため、米国にいる限り首相は一応安全です。

首相の話に矛盾点が出たりして、ゴースト・ライターの仕事は思い通り進みません。いらついて島を離れるために荷造りを始めたところで、彼の滞在していた部屋の引き出しの裏に書類と写真が隠されているのに気づきます。溺死した前任者が隠したものと思われます。

前任者は首相のとんでもない秘密を見つけていて、詳しい調査に取り掛かっている最中に命を落としていました。前任者の跡を継げば自分にもそれ相当の危険が迫ると分かりつつ、ゴースト・ライターはそこに残された住所や電話番号をたどり始めます。その彼には追っ手がつきます。結局首相に迎えられまた別荘に戻りますが、空港に到着したとたん、あっちゃ〜という事件が起きます。

そういうこともありかなあと思いつつ、物足りない思いをしていると、話はまだ続きます。ここからは謎解き。そして答にたどり着きます・・・。

★ プロットの穴

どの映画でも失敗を見つける人がいます。The Ghost Writer にもあるのですが、それをここで言うと、重大なネタバレになってしまうので止めておきます。あっちゃ〜の後に取る主人公の行動に穴があります。

★ ここまでやるか

小説も映画もフィクションであります。ドキュメンタリーでも、正確な再現フィルムでもありません。しかしながら露骨にトニー・ブレア夫妻を人差し指で指しています。つい最近まで間もなくEUの初代大統領になるかも知れないとまで言われていた人物とその夫人。こういうのって名誉毀損とはしないのかなあ、有名人はそういうのを有名税だと思って諦めるのかなあなどとのんびり考えていました。しかし現在入って来るニュースでも映画とそっくりな展開になっているので、何も知らないカバの私は口をあんぐり。

ブレア家についてはド素人の私の耳にも一般の報道を通じて噂が入っていました。こちらにいると英国の報道機関の話は耳に入ります。特にベルリンには英国と提携している会社もあり、BBCで英語で報道されているのとほとんど同じ内容がドイツ語のニュースでも時を置かず出ます。時々あれっと思うような話もあります。そういうところに記事が出た後に書かれたフィクションなので問題が無いのか、あるいはトラブルも覚悟で出版しているのか、いずれにしろ、私にはよく、ここまでやるなあと思えるほどきわどいです。

上にも書いたようにあちらこちらに実際に起きた出来事がちりばめてあり、要は世間に対して説明されている内容を鵜呑みにしていいかです。ビーズを糸でつないで作り出した模様が絵空事なのか真実なのかは巷の素人には永遠に分からないでしょう。

★ 色々な要素が影響した?

ブレア夫妻は別々な宗教に属していました。首相退任後2人は同じ宗教になりました。その結果一定の方向からの風当たりが強くなった可能性も否定できません。夫人に対する非難は確認のしようがありませんが、仮に何かしらの真実が含まれているにしても映画通りの筋書きで、映画通りの方向とも言い切れません。もしこの話が本当なら、似たようなケースは他国にもあったように思います。そして映画の中で描かれている力関係が果たしてその通りなのかも分かりにくいです。長い歴史を見るとちょっと違うようにも思え、この10年、15年だけを見るとそうかなあとも思えて来ます。考えれば考えるほど自分の無知に行き当たります。そして知らない方がいいのかも知れません。

監督のポランスキーについては私はいくらか距離を置いて考えています。この時期だけを見ると不運だと思います。ほとんど撮影は終わっていて、ベルリンで最後の仕上げをしていた時に、何を思ったか賞を貰いにスイスへ行ってしまったのです。ご存知のようにそこで御用。現在も身柄を拘束されています。クリスマスの頃だったか、自宅軟禁に切り替えられていますが、裁判を控え、まだ米国に送るかで攻防戦が繰り広げられています。お金の力に物を言わせて強引な解決を目指したようですが、思い通りに事は運んでいません。ベルリンにはポランスキー・ファンも多く、映画祭では概ね好意的に受け取られています。

ポランスキーの私生活、運命は如何ともし難いです。厳しい運命を背負っているからと言って法律上変なボーナス・ポイントを出すのもまずいですし、相手側の狙いを定めた偏見もまずいです。外から見ただけでも素人の私たちなら引いてしまうような力関係、裏事情が色々あるようで、高齢のポランスキーが死ぬ前に問題を解決できるかも不明です。

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