August.29,2002 戦場に音楽はいらない

        この夏はWOWOWの『バンド・オブ・ブラザース』の夏だった。トム・ハンクス、スティーヴン・スピルバーグ総指揮のこの10時間に渡る戦争ドラマに目が釘づけだったと言っていい。どんどんリアルになっていく戦争映画の中で、今、最先端を行っている映像だろう。見ているこちら側まで銃弾が飛んできそうな迫力だった。着弾音は恐怖を感じるくらい身近に迫り、砲撃や手榴弾が爆発すれば、土塊がバラバラと降り注ぐ。負傷した兵士の苦しみは実感として伝わってくるし、一瞬にして命を失う兵士、戦意を喪失してしまう兵士の姿が映し出される。まさに戦争って地獄だなと思う。

        全10話のうち、8話まで見終わったところで、ジョン・ウー監督の『ウインドトーカーズ』封切り初日を迎えた。ジョン・ウー作品となるとジッとしていられない。初日に飛びこんだ新宿の映画館は気が抜けるほど空いていた。戦争映画の描き方の技術は進歩しているから、さすがの迫力はある。しかし、しかしなのだ。テレビの小さな画面での『バンド・オブ・ブラザース』に負けている。

        『バンド・オブ・ブラザース』がヨーロッパ戦線。『ウインドトーカーズ』が太平洋戦線のサイパン島という違いもあるのかもしれない。日本兵が例によって真実味がないことも、その一端。だいたい脚本がムチャだ。ナバホ族の通信兵の通信機が味方の砲撃によって壊されてしまう。そこでナバホ族の通信兵に日本兵の格好をさせ、ニコラス・ケイジが捕虜になったフリをして日本側の陣地に乗り込み、陣地の日本兵を皆殺し。通信機を奪って味方側に連絡をとるというもの。ナバホ族は日本人に見えるから―――って、それはあくまでアメリカ人の考え。日本人から見て、ナバホ族の人間はどう考えたって同じ日本人には見えない。日本兵が何を訊いても、「ホリョダ」しか言わない相手は明かに怪しいだろう。もう、このへんで作り物の胡散臭さが臭いたってしまう。

        ラスト近くになると、ジョン・ウーのテーマでもある男の友情という展開になっていくのだが、どうも戦場という場ではピンと来ない。

        帰宅して、留守中に録画しておいた『バンド・オブ・ブラザース』の9話と10話を見る。シリーズの最後は戦闘シーンは少なく、静かなラストを迎えるがジーンと胸に迫るものがあった。

        ジョン・ウーは戦闘シーンで、やたらと音楽を使っていた。一方『バンド・オブ・ブラザース』は、戦闘シーンに音楽を一切使っていない。飛んでくる銃弾と爆発音だけで、まさに観客も戦場にいるような効果があった。戦場に音楽はいらない。ヒーローも存在しない。


August.20,2002 女性を大切に

        日本でプログラム・ピクチャーが無くなってから特に寂しくなってしまったのがコメディ。松竹は『男はつらいよ』シリーズや、現在の『釣りバカ日誌』シリーズを続けてくれているとはいっても、あくまでシリーズのキャラクターに寄っかかっているように思える。単発の良質なコメディは、ほととんど見当たらないではないか。そこへいくと、香港はまだまだ面白いコメディを作れる土壌があるようだ。

        今や、香港の娯楽映画を牽引しているのは、ジョニー・トー監督とアンドリュウ・ラウ監督だと思うのだが、ふたりに共通するのがアクションものでもコメディでもなんでもござれなところ。ジョニー・トーが今年の正月映画に『Fat Choi Spirit』という麻雀コメディを撮った(当コーナー5月に書いた)が、今度はアンドリュウ・ラウが新作ラブ・コメディ『當男人変成女人』を出してきた。



        イーキン・チェンはカリスマ・ヘア・スタイリスト。ところが名うてのプレイボーイで、まもなく100人切り目前。今日も今日とて、ラジオにゲストとして出演したのをきっかけに、番組の女性DJにアタック。マイケル・ウォンは外国帰りのどら息子。男性上位主義者で、同じ帰国子女と付き合っているが、威張ってばっかりいる。チョン・ダッミンは彼女に貢がせてペット・ショップを開店。ところが、彼女が妊娠したと知ると、ハシタ金を渡して、「降ろして来い!」

        そんな三人が、ある日小型バスに乗合わす。バスの乗客は、あとは色っぽいスー・チーひとり。ところがスー・チーは地獄への案内人。三人とも成仏して地獄行き。ところが地獄は満員だ。地上に戻されることになるが、罰を与えられてしまう。女性を大切に扱わなかった罪で、三人はポコチンを取られてしまうのだ。

        さあ三人は、そこで女性がいかにたいへんなのかを体験することになる。恥ずかしさを堪えて薬局に生理用品を買いに行く。ようやく手にしたナプキン。店を出たところで男とぶつかってナブキンを男にぶつけてしまう。「こんなものをぶつけるんじゃない!」と怒る男に対し、三人の怒り爆発。「女はたいへんなんだぞ。月のものが来るたびに、たいへんな思いをするんだ!」 「トイレだってたいへんなんだぞ。男は立ったままで出来るが、女はいちいちズボンを降ろして座らなきゃならないんだ!」

        なんとかポコチンを返してもらいたいと思う三人。スー・チーが現れて、「それでは、1ヶ月以内に自分が本当に愛する人を見つけて、相手に心を込めて『I Love You』を言いなさい。相手が『I Love You』を言い返してくれたら、ポコチンを返してあげましょう」と言う。

        さあ、三人は必死で女性に「I Love You」を言うが、愛想をつかされてしまっていて相手にされない。イーキン・チェンは女性DJに本当に愛しているんだと「I Love You」を言い、どうか「I Love You」と言い返してくれと頼むが、「女が『I Love You』と言うのはたいへんなことなのよ」と言われてしまう。

        イーキン・チェンは姿をくらました女性DJのかわりに、ラジオ番組を受け持ち、女性の気持ちを理解することをテーマにした番組を作る。やがて、期限の1ヶ月がおとずれる。そのころイーキン・チェンのライバルDJが、イーキン・チェンにポコチンが無いことに気がつき、一気にイーキンを追い落とそうと画策する。公開番組を企画し、そのナマ放送でイーキンの秘密をバラしてしまおうと思いつくのだ。かくて公開放送番組が始まる。なんとその番組のタイトルが『明戦』。このポスターがジョニー・トー監督の『暗戦2』のパロディになっているところが笑える。『暗戦2』のポスターは当コーナー4月をご覧いただければわかるとおり、イーキン・チェンとラウ・チンワンが双眼鏡を覗いているというデザインだが、『明戦』は、ふたりが手で目のところに輪っかを作っているデザイン。香港映画に感心のある人は、大笑いすることだろう。

        さて、いよいよクライマックスになるというわけだが、これ以上は書かないでおこう。それにしても、ジョニー・トーとアンドリュウ・ラウ。いいライバル同士になってきた。


August.9,2002 こういう映画、好きな人もいるのだろうけど・・・

        去年の[TOKYO FILMeX]で評判だった『怪盗ブラックタイガー』というタイ映画。都合がつかずに見逃してしまったが、ようやく一般公開になった。タイで製作されたから、マカロニ・ウエスタンならぬ、トム・ヤン・ウエスタンなんだそうだが、面白そうじゃないですか。こりゃあ、見に行かなくちゃとタイ料理の店でトム・ヤン・クンを啜ってから出かけた。辛さと酸っぱさ、そして外のこの暑さで、汗びっしょり。

        映画館に入って座席に落ちつくや、今度は狂暴なクーラーで寒い、寒い。タイ映画は少し暑いくらいの劇場で、扇子パタパタくらいのがいいと思うのだが・・・そういうわけにはいかないか。ところで、男性が快適と感じる温度は24℃なんだそうで、女性だとこれが27℃になるという話を聞いた事がある。私は、自室でクーラーを入れるときは、とりあえず24℃。長時間過ごすときは、これを27℃にしている。それにしてもこの劇場のクーラーはキツイ。

        『怪盗ブラックタイガー』上映開始。のっけから西部劇もどきの銃撃シーンだ。主人公のブラックタイガーは悪者なのかヒーローなのか不明のまま。フハハハハと笑いながら見ていると、話が過去に遡っていってしまう。第二次世界大戦の最中、バンコクの金持ちの娘ランプイが田舎町に疎開してくる。そこででイジメにあうランプイを守ってあげるのが子供時代のブラックタイガーのダム。田んぼや畑、泥のような川、典型的なアジアの田舎風景だ。西部劇が突然にアジア映画らしくなってしまうのが不思議。それで驚いていてはいられない。ヒロインのランプイは、やがてバンコクに戻って行ってしまう。青年に成長したダムはバンコクの大学に進学する。キャンパスで再会するふたり。 ここからストーリーは突然に青春ラヴ・ストーリーに突入してしまうのだ。海岸で愛を確かめ合うふたり。でもふたりの間には大きな壁が。大金持ちのお嬢さんと、田舎の青年。身分が違う許されぬ恋。

        ここまで来て、「ありゃりゃ、これって、数年前に大ヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』みたいなものなんじゃないの?」と思った。あれも、アクション、恋愛、それにミュージカルまでの要素があり、テーマが身分違いの許されぬ恋。このテーマって永遠のアジア映画のテーマなのかもしれない。実は私はあの『ムトゥ 踊るマハラジャ』が苦手だったのだ。見ている間、ひたすら苦痛だったのを覚えている。なんでこんな映画がヒットしたのだろうと思えるくらい。で、『怪盗ブラックタイガー』も同じ。強すぎるクーラーに耐え、陳腐なラヴ・ストーリーを追っていると、ようやく話は元に戻る。故郷に帰ってきたダム。ところが父親は村の人間に殺されている。怒りに燃えるダム。相手を殺し復讐をとげるが、お尋ね者となってしまう。そこを強盗団のボスに救われ、一転今度は強盗団入り―――って凄い展開! 移動は馬なのに、武器は手榴弾はあるはロケット・ランチャーはあるわって、どういうこと?

        だめだあ、ついて行けない。そういえば、昔の日活無国籍アクションもこんなものだったろうか? パンフレットを買ったら、紙芝居風の作り。そう、そういえば何だか映画の方も紙芝居みたい内容だったみたいで・・・。こういう映画、気を楽に持って、笑いながら見ればいいのだろうが、私にはひたすら退屈で寒い1時間54分でした。


August.1,2002 またもやカレーナ・リンで恥ずかしいのですが

        林嘉欣(KARENA RAM)のことを、てっきりカリーナ・ラムというのだと思っていたら、日本での通り名は、カレーナ・リンなんだそうだ。慌てて先月と先々月の表記を直した。もっとも検索を入れてみると、カレーナ・リンではあまり出てこないで、やっぱりカリーナ・ラム、あるいはカレーナ・ラムにしている。

        それにしても、またもやカレーナ・リンである。『男人、四十』でジャッキー・チュンの中年の高校教師をたぶらかした少女。『異度空間』でレスリー・チャンを夢中にさせちまった陰のある少女。3作目の『恋愛行星』の輸入DVDを見かけて、またフラフラと手を出してしまったのだよ。文芸もの、ホラーときて、ついに今回は恋愛ものらしいと買ってしまう私の心理ってなんなんだろう? 別にロリコンの気は無いと思っているし、どちらかというと暗いイメージのカレーナ・リンは苦手なタイプなのだが、この子、妙に気になる存在なんですねえ。



        今回のカレーナ・リンの役どころは、ダンス・スクールのメンバー。コンペティションを目前に控えて、チームのメンバーと稽古に余念がない。ケーキを作るのが趣味という香港の女の子だ。前2作と較べると暗さがない可愛い女の子という感じ。前髪をうっとうしく垂らしていた前2作とは違って、髪をショートにしたら、若々しい顔が見えた。お肌もツルッツル。いいなあ、若い子は・・・って、おじさんだよね、我ながら。

        相手役はニコラス・ツェー。病気で聴覚を失い、読唇術で相手の言葉を理解するしかないのだが、それでも元気に郵便配達人をしている。

        ふたりが出会うシーンは印象的だ。カレーナ・リンが地下鉄の座席でケーキの本を読んでいると、隣にニコラス・ツェーが座る。そのニコラス・ツェーのさらに隣に座るのが中年男。この中年男がニコラス・ツェーに話しかける。「リチャード! リチャードじゃないか」 「人違いじゃないですか?」 「いつもサウナで会うじゃないか」 「誰か別の人と間違えてますよ」 こう言っても中年男は一向に引かない。あれっ?と思っていると、この男、ニコラス・ツェーの隣に座っていたカレーナ・リンを見て、「隣の女の子、君のガールフレンドかい?」と言い出す。否定するふたり。「本当? 本当にガールフレンドじゃないの?」 どうもこの中年男、最初から目的はカレーナ・リンだったらしい。カレーナ・リンの隣の席が空いた瞬間に彼女の隣にスッと移動。「私はローレンス。怪しいものじゃないんだよ。リチャードが知らんふりんしてるんだ。おっ、ケーキの勉強をしてるの? なんという偶然、きょうは私の誕生日。ねえねえ、『誕生日おめでとう』と言ってよ」 「・・・おめでとう」 しらじらしいね。こうなるとあつかましい中年男。「今夜ウチに来ないか? 一緒に誕生パーティをやろうよ。ワインを買ってさ」 いやだね、中年男って。それにしてもヘタクソな軟派だねえ。カレーナちゃん迷惑そう。そこでニコラス・ツェーがカレーナちゃんの手を強引に引っ張って次の駅で飛び降りる。

        実はニコラス・ツェーが、カレーナたちのダンス・チームがコンペティションの最終選考に残ったという手紙を持っていて、このシーンのちょっとあとにダンス・スタジオに届けに行くと、またカレーナと再会するというわけ。

        なかなか良いではないの、この映画。典型的な恋愛映画らしい・・・と思っていると話が急展開する。カレーナ・リンが交通事故であっさりと死んでしまうのだ。そして幽霊(?)になってニコラス・ツェーの前に現れる。この世に未練を残してあの世から逃げてきたのだ。ここからが、苦手な英語字幕だと理解が難しくなってきた。このカレーナの幽霊、ニコラス・ツェーにだけは見えるが、他の人には見えない。また、昼間はニコラス・ツェーの体内に入ってしまう。そうすると昼間だけは聴覚が戻るので、ニコラス・ツェーはつかの間の喜びも得られるというわけ。カレーナはニコラスの体を使ってダンス・チームに復帰してコンペティションを目指そうとするが・・・。というのが大まかなストーリーなんだけど、かなり設定に無理があるように思いません?

        それでもカレーナ・リンが前2作よりも可愛いので、ついつい見てしまった。いったい私どうしちゃったんでしょうね。カレーナ、今回もちょっと陰のある女の子なんですよ。なんたって幽霊なんだもの。そんな暗さにまたまた惹かれてしまった私。地下鉄でのあつかましい中年男じゃないけど、カレーナ・リンの次の作品が出たら、また見ちゃうんでしょうね。ああ、恥ずかしい。        


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