November.30,2003 山陽の独演会は、字の通り、ひとりで演る会
11月15日 神田山陽独演会 (亀有リリオホール)
最近、神田山陽は独演会というと、前座もゲストを呼ばずに、ひとりで二時間以上を勤める。しかも、その長くて早口のマクラは、予め考えておくのではなく、流れで話していくようだ。「デートと同じなんです。お客さんひとりひとりと付き合っているようなものなんです。段取りを組むと沈没します。そうでしょ。『何か食べに行こうか』と言ったら『食べてきました』って言われた瞬間に崩壊しちゃうでしょ」
会場には子供連れのお客さんが多い。これも山陽がテレビの子供番組に出ているかららしい。ふと思いついたように山陽が、「講談、初めてという人います?」と問いかけると、かなりの手が上がる。「ほとんどじゃないですか!」と、初心者向けに山陽がよく演る講談教室をひとしきり。さらには自分が本牧亭最後の日に先代に入門したエピソードへと繋げていく。そこから二ツ目時代の北陽の名前を貰ったときのエピソードへ。「前座見習い時代、名前が無かったんですよ。よく、先輩が『なんていう名前だ』と訊くので・・・、私、本名は稲荷っていうんです。それで、『稲荷です』と答えると、『神田稲荷? バチ当たるぞ!』なんて言われてね。それで師匠に無理言って名前をつけてもらって。汚い喫茶店でしたよ。師匠はずっと目をつぶって考えている風でした。師匠が『これだよ』と言って、私が『ありがとうございます』と言う瞬間を待っていました。すると、ハッと目を明けると、『アイスコーヒー』。思わず『ありがとうございます』と言ってしまいました。危うく神田アイスコーヒーになるところだった」 このまま先代の話が四十五分続く。
会場に子供が多いのを気にしているらしく、「それでは、お子様のための小噺をひとつ。『ドラえもん、最近大きくなったんじゃない?』 『うん、のび太』」 山陽、これからは、子供向けのネタも独演会用に用意しなければならなくなりそう。「私、古典と新作どちらも演るんです。どっちがいいか拍手の大きさで決めたいと思います」 観客の拍手がやや新作の方が大きかったと、『レモン〜凶暴な純愛』へ。始まってすぐに「これ、聴いたことある人?」と手を上げさせ、「諦めてくだい」と猛然と噺に入っていく。それにしても、人に見捨てられた便利グッズのこの噺、人間に復讐を果たすという後半部分、是非とも一度聴いてみたいものだ。
二席目は、来年のNHK大河ドラマ『新撰組!』の特番のナレーションをやった話、全国牛乳普及協会のテレビCMに出演したことなどから、いよいよ年末、大晦日、そしてクリスマスの話題へ。こりゃあ、演るんだなと思っていると、「文化五年江戸に初雪が降ったときのことでございます」と『鼠小僧外伝〜サンタクロースとの出会い』に入る。鮮やかな導入部、爆笑の中段、いつ聴いても泣いてしまう後半、そして爽快なエンディングへと導くこの山陽の代表作。何回聴いてもいいものだなあ。
November.23,2003 檜常太郎、再登場
11月9日 『接見』 (下北沢OFF−OFFシアター)
小宮孝泰ひとり芝居。観るのは2年半ぶり2回目。この芝居はそのときにも書いたから、内容に関しては詳しくは書かないでおこう。前日の席亭疲れで芝居を観る集中力が欠けていて、ときおりウトウトとしてしまう始末。それでも二度目ともなるとストーリーの細かなところがわかってきて面白かった。
当番弁護士檜常太郎を演じる小宮孝泰は、初演のときに比べてますますこの役を自分のものにしている感じだ。ときおり筋肉が痙攣を起こす病気と、全身が痒くなる病気という、どうやら二種類の、医者から見離された奇病を持っている男という設定が限りなく可笑しい。
一応、ちゃんとした推理劇のような構成になっていて、意外性のある最後は、私もうっかり忘れていた。八代亜紀の『雨の慕情』が鍵となるんだったと思い出したのは、すっかり最後の方になってから。小宮孝泰は『接見』の英語ヴァージョンも上演したとのことだが、この『雨の慕情』をどう処理したのか興味がある。
上演時間1時間15分ほど。「英語ヴァージョンの方が速く終わるはずなんですが、きのう英語ヴァージョンを演ってみたら1時間30分かかった」という小宮さん。しばしトークのあと、前説を担当した石井光三事務所の後輩スリーパーのコント『ボクサーとトレーナー』。後半、ファミコンの『スーパーマリオ・ブラザース』のネタに流れるのが、お客さんを選ぶところ。私なんかより上の世代だともう『スーパーマリオ』に夢中になったりしなかったろうし、今の十代以下の人にはファミコン体験は無いだろうし。あくまで『スーパーマリオ・ブラザース』で遊んだことがある人しかわからないというのは辛いかな。でも私は楽しんでしまった。
終わって小宮孝泰さんたちと飲む。『コメディーお江戸でござる』のレギュラー重田千穂子さんもご一緒。とても楽しい女優さんだ。この番組を観たことない私は、この週に初めてビデオに録って観た。なかなかのコメディエンヌぶりに感心してしまった。最近、古巣のテアトル・エコーに復帰したとか。いつか重田さんの舞台が観たいなあ。
November.15,2003 席亭二回目。もう、辞められない!
11月8日 『落語とブルースのゆふべ』 (人形町翁庵)
四月にやった『三遊亭白鳥とひみつのそば屋』の準備が、ほぼ軌道に乗ったあたりで、私の頭の中では二回目の催し物の企画が形をなしてきていた。一度、五街道喜助さんと呑む機会があって、喜助さんがブルースに造詣が深かったことを思い出したのだ。私もブルースは大好きだ。喜助さんはかわさきFMでDJを担当されていて、番組内でブルースに関するトークもしているとのこと。それじゃあ、落語を一席と、もうひとつブルースをテーマにした漫談を演ってもらおう。その瞬間にもうひとり思い出した人がいた。二年前の夏にたまたま阿佐ヶ谷のライヴハウスで観たブルースマン、ライトニン大内さんのことだ。大内さんはライトニン・ホプキンスのナンバーを中心にしてひとりでギターをかき鳴らしながら、味わいのあるブルースを歌っていた。しかも朴訥としたトークや、出身地の大分弁の歌がなんとも面白い。このときのことは、『Every Day I Have the Blues』の2001年8月に書いた。五街道喜助とライトニン大内。この組み合わせを実現してみたい。落語好きの人にはブルースの楽しさを知って欲しい。またブルース好きの人には落語の楽しさを知って欲しい。こうして、私の頭の中では落語とブルースのコラボレーションという案が進行していた。
喜助さんとはメールや、直接会っての依頼で承諾をいただいたが、はたしてライトニン大内さんとはどうやって連絡を取ったらいいのだろうか? とりあえず、大内さんが出ていた阿佐ヶ谷のライヴハウス[チェッカーボード]を経営している[シカゴプランニング]のホームページをみつけ、そこから「ライトニン大内さんを、御紹介いただけませんでしょうか?」とのメールを送った。一週間ほど待ったが返信が無い。となると、次の手を考えなければならないかなあと思い始めていたころだった。突然にシカゴプランニングから電話がかかってきた。メールの調子がおかしくて返信できないので、電話をしてきたとのことだった。事情を改めて説明すると、「それでは」と大内さんの電話番号を教えてくれた。その日の夜、私は大内さんの家に電話をかけていた。「今は、コージ大内で出ています」と言う大内さんは落語とブルースという企画に戸惑いをみせながらも「面白そうですね」と出演をOKしてくださった。
当初、私の頭の中では、まず大内さんの1セット目、次が喜助さんのトーク、大内さんの2セット目、そしてトリに高座を組んで喜助さんの落語という構想だった。それがスタッフのひとりから、「高座を組むより撤収する方が楽だから、落語を先にしませんか」との提案があった。これは目から鱗。順番を逆にして思い描いてみると、これは寄席ではなく、ライヴハウスということになる。そうか、今回のはライヴハウスなんだ。
スタッフとは何回か打ち合わせを重ね、喜助さんの落語会に足を運び、夏には喜助さんのラジオ番組にも出た。大内さんのライヴを観に朝霞まで出かけたこともある。チラシを撒き、知り合いに声をかけて、お客さんの集まり状況も順調。あとは当日を待つだけとなった。
当日。これといって一日のスケジュールは組んでなかったのだが、午前中から準備を始めてみたらば、何かとやることはあるもので、夕方まで雑用に追われていた。スタッフが集まってくる。手分けして準備を続ける。やっぱり手伝ってくれる人がいると心強い。みんな、こういうことには慣れている人ばかりだから安心してお任せできるのが助かる。
午後6時30分。喜助さん、大内さんが相次いで楽屋入り。よかった、よかった、お二人とも、約束どおりいらしてくださった。午後7時開場。続々と入場されるお客様。店内は徐々に埋まって、スタッフは立見になるのが決定的になる。
午後7時30分、定刻にスタート。まずは開口一番。スタッフのひとりでもある三つの輪セッケンによる三味線漫談。
私の「三味線でブールスを」という注文に答えてくださった。
ありかがとう、セッケンさん!
続いて五街道喜助登場。
まずはマクラでご機嫌を伺う。
この人のマクラも絶品なんだ!!
ネタは何を演ってくださるかと思ったら
『寝床』だった。
義太夫好きの旦那が会を演る噺。
「それじゃあ、何かい?
今夜は誰も聴きにこないというのかい!?」
翁庵の落語とブルースの会は満員だよー。
「そうかい、そうかい、
私の義太夫がわかるのはお前だけだ。
どこが、そんなに哀しかったんだい?」
仲入りを挟んでコージ大内ライヴ
「♪くーみちゃぁん」
初恋のくみちゃんのことを
せつせつと歌う
かと思えば
ブギだぜ!!
ゴーゴーゴー!!
締めは代表曲『オヤジ・ブギ』
コージ大内の1セット目と2セット目の間には、五街道喜助のブルース・トーク。自分がいかにロックからブルースに興味を持っていったかを、実際にCDをかけて、面白おかしく話してくれた。
コージ大内さんは、2回のアンコールに答えて、最後は私の無理矢理の注文『オヤジ・ブギ』標準語ヴァージョンまで披露。午後10時、お開きとなった。
夜も遅くなるので、ウチアゲに残ってくださるお客様は少ないだろうと、10人前程度の簡単な食べ物を用意しただけの二階の座敷。蓋を開けてみれば35人もの人間でいっぱいになっていた。食べ物が足りない! 当日残ってくださった方、どうもありがとうございます。そして、食べ物が足りなくてごめんなさい。
お客さんがひとり去り、ふたり去り。そして私ひとりになった。さあて、気を取り直して跡片付け。なんとか形がついたのが午前3時。片付けをしながら、次回の催しをどうしようかと考えていたら、ふたつほどアイデアが沸いてきた。うふふ、席亭という立場、やめられなくなってしまったなあ。
写真・小林智
イラスト・ちばけいすけ
November.8,2003 苦労して手に入れたチケット
11月3日 東京ヴォードヴィルショー
『その場しのぎの男たち』 (本多劇場)
三谷幸喜脚本の芝居は、ただでさえ入手が難しい上、伊東四朗まで出るとあってはチケット争奪戦は必至。東京ヴォードヴィルショーのDM電話予約に挑戦した。10時の受付開始から、電話のプッシュを続けること2時間以上。ようやく繋がったと思ったら、まずオペレーターに「伊東四朗出演分は完売いたしました」と釘を刺された。さすがに伊東四朗は人気がある。どうしようかと迷ったが、いままで電話をかけ続けた意味が無くなってしまうので、Wキャストの山本龍二でもいいやと、千秋楽のチケットを申し込んだ。
今回の東京ヴォードヴィルショーの公演は創立30周年記念とのことで、二部構成。第一部は『東京オードブルショー』というコントを中心にした20分ほどのバラエティ。緞帳が上がると劇団員全員が板付きで『ファンキー・モンキー・ベイビー』に合わせてのダンス。Tシャツ姿の若手に混じって、佐藤B作らの年長組は白のタキシード。若手たちよりも身体が硬い(笑)のは仕方ないか。ダースベイダーがライトセイバーを振るうとみせて、実はダースベイダーの格好をした工事現場の誘導員だったというショートコントから、両替詐欺コント、文通コント、タクシーコントと繋げていく。私が気に入ったのは最後の山口良一と大森ヒロシによるタクシーのコント。タクシー内のBGMを選択することによってドライバーの運転が変わってしまう。西部劇の音楽が鳴るとタクシーはまるで荒野の幌馬車。ドライバーは鞭を振るう(馬はどこにいるんじゃ)。最後は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のテーマが流れデロリアンと化したタクシーは空を飛び時空を超えてしまう。
第二部がいよいよ『その場しのぎの男たち』。明治24年の大津事件を題材にしたコメディ。ロシアの皇太子が警備の警官に襲われるという事件が起きる。この事後処理に就任5日目の松方総理と内閣の面々が、知恵を絞って対処しようとするが、その処理の仕方がいかにもその場しのぎ。打つ手、打つ手が事態をますます混乱させていってしまう。いかにも三谷幸喜らしい脚本で、「いったいどうなっちゃうのだろう?」という興味で引っ張っていく。一番優柔不断の総理役に佐渡稔。一番の知恵袋のようでいて、どこか考えに穴がある陸奥宋光役に佐藤B作。ただただ混乱を助長させてしまうだけの西郷従道(坂本あきら)、いるだけで何も出来ない後藤象二郎、青木周蔵らが、その場しのぎに打った手がことごとく面白いように裏目、裏目へと出てしまう。それを見守るだけの伊藤博文。この伊藤博文役が伊東四朗と山本龍二のWキャスト。おそらく伊東四朗だと、もっと軽いキャラクターなのだろうと思うが、山本龍二のキャラクター造りもさすが青年座らしい演技プランで面白い。後半、山本ふじこの登場で、座をさらわれたところがあったが、東京ヴォードヴィルショーのベテランたちの芝居は、いつまでも記憶に残るもの。苦労してチケットを手に入れた価値はあった。
November,3,2003 見逃すな! ラサール石井作品
11月2日 『OH! BABY』 (全労済ホール SPACE ZERO)
このところ猛烈なピッチで、舞台の脚本や演出をやっているラサール石井の作による芝居。高感度タレントとしてテレビで大忙しのベッキーの初舞台公演だ。
時は1983年、下宿屋フラワー荘。下宿人は東大生のテッシー(蒲生純一)、留年を繰り返しているマンネン(清水宏)、女子大生のヒトミ(東野佑美)と、その姉のルミ(小林愛)。そこへ、今すぐにでも出産しそうなお腹を抱えた姫子(ベッキー)と、その友人磯子(福島まり子)が、人に追われているのでかくまってくれとやってくる。本棚の裏にある押入れに隠れて事なきを得るが、その場で姫子は出産。そして、どうやらこの押入れには謎があることがわかる。
ここまでが、いわば一幕目。二幕目は時代は過ぎて20年後の2003年。テッシーは出世して国の調査機関で働いている。マンネンは就職したのはいいものの、転職を繰り返しているようだ。ルミの姿は無く、ヒトミの娘と姫子の娘が暮らしている。どうやら、ヒトミと姫子は死んでしまったらしい。磯子は年を取ったがそのままフラワー荘で暮らしている。そこへ記憶を無くしてしまったという男が押入れの中から突如現れる。この押入れは実はタイムトンネルになっているというSFに話は発展していく。そんな中、フラワー荘を明け渡せとヤクザと、この以前の持ち主である孫と称する者が乗り込んでくる。すべての歯車が狂ってきたのは10年前のある出来事からのことだということが次第にわかってきて、マンネンと磯子はタイムトンネルに飛び込み10年前の事実を変えようとする・・・。
タイムパラドックスものとしては、やや強引な気がするが、二時間十五分の上演時間を飽きさせず引っ張っていく脚本は見事。この夏の『こち亀』の脚本の完成度の高さにも驚いたが、ラサール石井はすぐれた脚本、演出の才能がある。大傑作だったと後で知らされた今年の春の『風のオルフェウス』を見逃したのが、つくづく悔しい。これからはラサール石井がらみの芝居は断然チェックだ。