R20
悪の華
XS

第4章  遠い明日の誓い Squalo32-

九代目の死注(XS   家光×スクアーロ、九代目×スクアーロ)
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ボンゴレ九代目が死んだ。
しばらく前から体調不良が噂されていたが、
あまりにも突然の訃報だった。

ザンザスは、その情報をヴァリアー本部で聞いた。
具合が悪いとの連絡は何度もあった。
だが、ザンザスは九代目の見舞には行かなかった。

行く必要もなかった。
あの男は、ザンザスを苦しめる存在だ。
猫なで声で、ザンザスを思い通りにしようとする。
反省しているふりをして、
ザンザスを責めず、
全てを許そうとする。

嘘だ。
やつの言うことなど全て嘘だ。
ザンザスが受けて来た屈辱。
あらん限りの憎しみ。
あの男が憎くて憎くてたまらない。
目にすると息ができなくなり、怒りでまともに物も見えなくなるくらい憎い。

老いぼれを殺したいといつも思っていた。
殺したら、どうなるだろうか。
どれだけ清々することか。

ザンザスは憎しみだけを糧に生きてきた。
ボンゴレ十代目の地位だけを求めて生きてきた。
もう少しで、手に入りかけたボンゴレ十代目の地位は、
ザンザスの目の前から非情にも去った。

何一つ信じず、
誰も仲間と思わなかったザンザスだったが、
ザンザスの手元にはヴァリアーが残った。
九代目の直属部隊となり、
常に半監視下に置かれていたが、
ヴァリアーは残された。



ザンザスは、失望し、絶望し、
憤怒の炎の行く先をもてあました。

ザンザスは十代目こそ継がないものの、
九代目のたった一人の嫡子であり、
その真の実力は誰もが知るものであり、
誰もが腫れ物を扱うように接した。

忌々しいが、
沢田綱吉だけは、
ザンザスを恐れおびえながらも、
まっすぐにザンザスに接してきた。
ボンゴレを継ぐ者は、ボンゴレの地位を恐れない。
ボンゴレという名にまどわされ、へりくだることもない。
その悪名に怯えることもない。

乳臭かった沢田綱吉は、
それなりに場数を踏み、
守護者たちもそれぞれに沢田綱吉を助けてきた。
仲間を思う心が、沢田綱吉を強くしてきた。

ちっ。
ザンザスは、喪服に身を包んで舌打ちをした。
あのジジイの葬式などに行って何になる。
茶番だ。
沢田綱吉に負けたザンザスはいい見せ物だ。
このオレがこれ以上の屈辱など!!

くたばったあの男になど、もう用はない。
葬式には出ねえ。


ザンザスは、いったん見につけていた喪服のネクタイをゴミ箱に捨てた。
「葬式には出ない」
部屋の外で葬式に行く準備をして待っていたルッスーリアは、
表情を変えずにうなずいた。

「わかったわ、ボス。適当に連絡しておいていいかしら」
「必要ない」
ザンザスがにべもなく言うと、
ルッスーリアは、静かにそこを離れた。

いつもと同じ本部なのに、
いつもとは違う張りつめた空気が漂っていた。
いつかはこの日が来るはずだった。
九代目が消えて、
新しく十代目が誕生する日が。
ザンザスが十代目になるという夢は、指輪争奪戦で消え、
誰もが本当はもうそれはありえないことを知っていた。
それでも、ヴァリアーはそれを認めることができなかった。
彼らは、ずっとザンザスを十代目にすることを夢見続けていたのだ。
もう遠い過去のことになるけれど、ザンザスが不在の時もずっとそれだけを信じてきたのだ。
ヴァリアーのボスにふさわしいのはザンザスしかおらず、
そのカリスマ性と実力により、ボンゴレの主に誰よりもふさわしいのはザンザスしかいない。
ボンゴレの主は、すなわちマフィアの頂点に立つということだ。
ザンザスの誇り高さ、怒りのすさまじさ、強靭さと、頂点をめざす意志、
全てが王としての資質を示していた。
ザンザスは今こそは無冠ながら、以前にも増して強烈な磁力のようなものを放っていた。


静かな張りつめた空気を破るように、
ドタドタという音が聞こえて来た。
けたたましい音をたてて、扉が開かれ、
黒で身を包んだスクアーロがずかずかと入って来た。
「ゔぉおおおい、ボス、行かねえのかぁ?」

スクアーロは、行くのが当然といった表情で、ザンザスの方を見ていた。
ザンザスは、常に己のかたわらにいつづける側近の姿にいらついた。
スクアーロは、過去そのものだった。
遠い過去をすべて思い出させる。
幼いころの怒りと憎しみ。
絶望と哀しみ。

はじめて見たその時から、
はるかに時が経った。
はじめてスクアーロに会ったのは、もう18年も前になる。
凍らされていた時間を除いても、10年だ。
それは決して短いものではない。
気の触れた母よりも、
偽りの義父よりも、
ともにある。

スクアーロの髪は、長く美しく伸び、
その姿は、どこにいても、銀に美しく輝く花のようだった。
うるさくて粗野なのは相変わらずだったが、
誰もが振り返ってみるほどの美しさも兼ね備えていた。

この銀の男は、
つま先から髪の先までザンザスのものだ。
ザンザスの所有物だ。
何をしてもいいし、何をしなくてもいい。
忠実で脳なしのサメだ。

「なあ、ザンザス、あんたが命令するなら、沢田綱吉をやってきてやるよ」
スクアーロの言葉に、ザンザスの怒りが爆発した。

「はっ、このオレがそんな浅ましいまねをすると?」
そんな恥さらしなことができるか。
ゆりかごのことも、ボンゴレリング争奪の戦いのことも、
知っている者は大勢いて、何食わぬ顔をしている。

「なんでだぁ?
邪魔なものは殺せばいい」
スクアーロは、デザートでも注文するような口調でさらりと言った。
その顔は能面のように冷たく、その姿は絵のように美しかった。
誰かが二代目剣帝は、死神か墮天使だと言った。
スクアーロは何の感情も持たず、人を殺す。
それはザンザスも同じだった。

沢田綱吉を殺せばいいと思うこともあった。
でも、どこか認めてしまっているのだ。
あのへなちょこでおどおどしたクソガキを。
カス、てめえには分かるまい。
オレのことなど、てめえには何一つ分かるまい。
どれほど忠誠を誓い、
オレに全てを捧げると言いながら、
常に勝手に泳ぎ回るてめえには、何一つ分かるまい。

てめえの存在が、どれほどオレをいらつかせ、
不快にさせ、いらだたせているか。

真の父親は誰かも分からない。
狂った母親は、精神病院で死んでいた。
憎い九代目は消えた。
あと残った過去はこいつのみ。

「てめえも、かっ消されたいのか?」
ザンザスの言葉に、スクアーロは怯むことなくその燃え上がる赤い瞳を見返した。

「いいぜえ、ザンザス。お前がそう望むなら、好きにしろぉ」
スクアーロは静かにそう言った。






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