ローカルの知人がOCXOを購入したらしい。校正手段がないのでお願いしたい旨オンエアで打診があった。二つ返事だったが、最近一部を除いてGPS/D-OCXOやRbに電源を入れていなかった。それではと、引っ張り出してきたGPS/D-OCXOとRb発振器に電源を入れている。しかし3台あるGPS(10MHz出力)がそれぞれ勝手に動いて揃わない。と言っても1E-10レベルの話なのでご注意を。それで1E-12近くの精度が得られるとされるRbを基準にGPSの変化を監視し、一番変化の少ないモノを選んだ。常時通電のThunderboltと引っ張り出してきたVE2ZAZは今回ご遠慮頂き、LockwellのJupiterを使った自作機がグッド。Rbの周波数(位相)を微調整しJupiter出力に合わせておくと、GPSの受信状況でJupiterの位相がRb波形の前後をゆっくりとドリフトする。その幅は幾日経っても1/4周期にも満たないし、ましてや何処かへ飛んでしまうことはない。 写真は校正の様子(Rbを監視中)。カウンター(GPSロック)の最少桁は0.1mHz。この最少桁には0が表示されている。時々±3程度の数字が現れるが、これは前述のドリフトのタイミングと思われる。いずれにしてもこのレベルになるとカウンターでの瞬時測定は無理で、位相比較が一番分かりやすい。オシロスコープ(GPSロック)はRbとGPS波形の位相比較。左上からVE2ZAZ、Jupiter、Thunderbolt。 |
10月29日(日)庵原生涯学習交流館恒例の秋祭りが開催された。台風22号の接近で、設営日の前日から生憎の雨。結局止むことはなく最後まで降り続けた。模擬店も縮小を余儀なくされたが、熱心なファンも訪れそれなりに賑やかな一日となった。室内ホールでは、こちらも恒例の交流館を利用する各種団体の発表会と、庵原学区12地区対抗のカラオケ大会、そして大抽選会が行われた。小生はこのホールの音響設備とオペレートを支援させて頂いた。今年で3回目を迎えるので大凡の感じは掴めているのだが、分かっていても何が起きるか分からない皆さんなので、それなりの想定をして臨んでいる。 写真は午前の部最後、ステージを畳んで行われた清水西高ダンス部の演技。年寄りが中心の演目の中で、客席は若者たちのダンスとそのパワーにビックリ仰天だった。 オンマウスは前夜まで作業した音づくり。提供されたCDやカセットテープをPCでポン再生できる様にファイル化している。またカラオケは前日晩に行った音合わせのリクエストに応じ、特に音程を変更した音楽ファイルを映像に流し込んで最終カラオケを作成するなどの作業を行っている。音程を変更できる再生ソフトは有るものの、そのまま上書きできるソフトが無いため、毎年こうした複雑な作業を行っている。しかしそれも楽しいし、お役に立てるとしたら励みになり嬉しい。 |
10月26日、Hex-Beamの基部に下から差し込んだ48mm×60cmパイプを、Uブラケットで固定して恒久的な設置を完了させた。この日は作業終了時間が日没に至り、写真撮影が出来なかったため、写真は翌27日に撮影したもの。 ただ、作業の終わりが暗がりだったので、HB9CVとHex-Beamの方向が一致していない。これは同軸ケーブルの処理で後日タワーに上る予定があるのでその時に修正する予定だ。 26日の夜、ローカルのJA2AYHと51.140MHz/FMでHex-Beam初運用を果たした。27日朝にはJA2JZと交信し電界測定をして頂いた。 ちなみに「Hex-Beam製作日記」をTest&Dataコーナーにまとめてみた。 写真はタワー下の道路から見上げた様子。Hex-BeamとHB9CVの方向ずれが良く分かる。オンマウスは北側の茶畑から見た風景。 これで一安心の様に見えるが、運用にあたっては無線機(IC-7300)のバンド電圧をでコードして、14〜28MHzのバンド情報を得る必要がある。このためにデコード回路にOR回路とリレードライブTrの追加をする必要がある。更に同軸リレーの追加で、Hex-Beamの接続口を設けることになる。実際には現在のダミーロード口にHex-Beamをつなぎ、ダミーロードは追加リレーへ移す予定。 |
台風22号の接近もあり、タワー上部で横向きに仮固定されていたHex-Beamをタワートップへ移設した。Hex-Beamには48.6mm×60cmの鉄パイプを取り付けてあり、これが内径54mmのマスト(クリエイトM3)に収まる算段だった。Hex-Beamを10MHz/HB9CVを何とか掻い潜り、50MHz/HB9CVをかわしてようやくマストまで引き上げたが、いざ差し込もうとしたら入らない。溶融亜鉛メッキのデブリが内側にへばり付きどうしても駄目。それで止むなくHex-Beam基部に出ているボルトの突起をマストトップに引っ掛けて、鉄パイプ下部をロープ締めして24日の作業を終えた。写真はその様子で、それなりの雰囲気になった。 ところが、当地で25日に吹いた強風が気になり26日朝赴くと妙。風でパイプが振れロープ締めが緩んだ模様で、くの字に折れている。オンマウスはその様子。更にロープ位置が上へシフトしている。このままだと危ないので早々に固定方法を決め対策を施すことになった。 実はこれ以外にも想定があった。10MHz/HB9CVのクロスマウントのUボルト1個のナットが2個共堅く回らない。エレメントを垂直に立ててHex-Beamを上げ易くするため。堅いながら何とかブームを回しエレメントを立てたが、90度まで行かず位相ラインが接触し60度止まり。何てこったぁ!で、最初からトホホが始まっていた。 |
先週の金曜日午前から降り出した雨は、5日間降り続き今朝ようやく快晴の朝を迎えた。この季節にこんなに長雨が降ることは珍しく、温州ミカンには浮き皮を招くことになり辛い。オンマウスは6時半、リモートシャックタワーに取りつけた富士山カメラの景観。天候が回復すると出来なかったことが一気に浮上してくる。自然相手なのは仕方のないことだが、それにしてもやるべきことが多く苦笑する。 先日来タワー側面に吊っていたHex-Beamアンテナが気になっていた。南方を北上する台風21号の動きも同様で、そのままではまずいと昼食前の凡そ1時間タワーへの固定作業を行った。タワートップへ上げるのではなく、Hex-Beam基部に短マストを差し込んで、マストを3角タワーの1辺に固定し台風通貨に備えようとするもの。ここで新しい発見。基部のマスト用穴の直径が48mm。タワーマストトップの直径は54mmの筈。これ合わないじゃん…。そんなことを考えながらローテータ下にHex-Beamをロープで固定。当然ながら上部滑車からのロープで上下にも張り込んでいる。写真は本日の最終形態。これで台風を凌げれば幸いと思っているが、緒作業が無ければタワートップに上げられたのにと…長雨が何とも憎い。 しかしこの好天も1日持たず、午後からは曇り晩には再び雨になった。 |
今年は当地東久佐奈岐神社の豊年踊りが始まって60周年。山切地区と草ヶ谷地区の自治会や氏子、そして子供会や関係団体の皆さんが着々とその準備に励んで来られたが、前日から生憎の雨。朝7時に雨天会場(山切自治会館倉庫)での実施をアナウンス。神事は午前中に神社で行われたが、子供みこしは中止。豊年踊りや夜店、そして記念の餅撒きに子供腕相撲などは雨天会場に移された。関係の皆様大変お疲れ様でした。 60年の間に雨で流れたことは記憶になかったが、1度だけあったぞと自治会長のO氏が豪語していた。関係のOBへ案内状を送ったり口コミの連絡をしたことも手伝ってか、例年とは違う客層が目立ち驚いた。数えてはいないので正確ではないが、神社で行うときと遜色ない人が訪れたと思われる。またこの日は、地区外の秋祭りで行わる予定の「踊り」が雨で中止になり、踊っている人の数は圧巻だった。 写真は豊年踊りの合間に行われた餅撒きの一こま。神社境内なら櫓があるのだが、ここでは天井高の関係で、パレットを数段重ねて用を足している。オンマウスは豊年踊りの楽曲の再生コーナー。今年は予備再生機にWindowタブレットを使ってみた。机の下に飲み干したビールの缶が転がっているが、これは途中なので最終的に何本飲んだか分からない。 |
1979年、名古屋で独身生活を始めた頃、7MHzで豊田と高知からQRVされ幾度もOSO頂いていた原氏。無線と実験が好きで、私が自作機(写真)で運用していたこともあって、大いに盛り上がったことを思い出す。ネット時代になっても7MHzとe-mailで交友を深めていた。福井勤務時代、余呉湖近くに別宅を構えて運用される様になり、赴任先から幾度もQSOして頂いた。一度お会いしたいと、帰省時に木之本ICを下り余呉湖を訪ねたことがあった。何の情報を持たない無鉄砲さ故、辿り着くことが出来ず、後のQSOでニアミスに終ったことをお伝えし苦笑。昨年3月16日、久々に7MHzでお会いすると届けたいモノがあると携帯番号を知らせて来られた。交信後、携帯で連絡を入れるとトラジェネ(オンマウス)の話だったが、転じて病気の話を淡々とされ絶句。アクティブに無線と地元貢献をされて居られたのに…。その後容体が急変し、トラジェネ発送は地元ハム仲間O氏に委ねられた。その後メールと携帯で連絡を入れるものの、音信が途絶えてしまった。連絡方法が無いまま1年半を経過した先週、当時の送状情報でO氏との連絡が実現し原氏の訃報を知った。2016年5月7日にサイレントキーとなられていた。予感はしていたものの残念極まりない…ご冥福をお祈りするのみだった。無線仲間の皆様には、ご存じでない方もいらっしゃると思い、ここに紹介させて頂きました。 |
写真は10月8日14時前、久しぶりに晴れ渡った空を見上げていたらカメラに収めたくなりパチリ。手前にマキノ木と実の色付いた柿木。最近リモートシャックの運用が多く、自宅の無線部屋の稼働が激減してしまった。ところが10月7日の朝、10MHzでRI1Fをリモートシャックで呼ぼうとしたら早々にガス欠で発電機が停止。急きょ自宅無線部屋の設備を生かし交信に漕ぎつけた。ただ、山間と山頂との受信状況の違いをあらためて見せつけられる結果となった。
オンマウスは10月9日午後、友人JJ2NYTより今年3月にQSYしてきたK4KIOのHex-Beam ANTキットの組み立て風景。ここでは構造や組み立ての概要を掴むこと目的。実際の組み立てはリモートシャック送信所周辺の空き地で行う予定。開梱すると部品点数が多く複雑そうに見えたが、同じ作業の繰り返しが多く、実は非常に簡単な仕組みであった。 |
当地には東久佐奈岐神社の燈明登板と言う風習が昔からある。毎日神社の石灯籠にロウソクの火を灯す作業を、木の札を回して申し送りしている。終戦直後は75戸程度だった地区が、今では500戸を超えている。写真は本殿前の石灯籠に火を灯した様子。大したことをしているわけじゃないが、静けさの中で穏やかな気持ちになれる瞬間でもある。14日には60周年の豊年祭り(踊り)を控えており、この静けさが何とも言えない。 オンマウスは十五夜の飾り。地元の和菓子屋「庵昇堂」でカミサンがヘソ餅を仕入れてきて、お決まりの花瓶に裏山から切ってきたススキと庭先の萩の枝を生けた。夜は基本的に曇りで月は見えなかったが、カミサンは一瞬見えたと騒いでいた。庭先の畑ではスズムシやコオロギの大合唱が響き、いよいよ秋真っ盛りと言う感じだった。 |
今年も早や10月です。彼岸も過ぎ寒さをより感じる季節への突入です。 1日は1969年(昭和43年)9月10日に93歳で亡くなった祖祖母の50年忌を行いました。自宅の南側のミカン畑にお墓が隣接することもあり、自宅でお経を上げて貰い、そのままお墓にお参りし、その後お寺へ場所を移し法要をして頂きました。 50年忌で何処までお呼びしようか随分と悩んだのですが、結局祖祖母を知る我々兄弟・姉妹(夫婦)の集まりとしました。 1964年(昭和39年)9月20日に撮影した縁側で祖祖母を囲む家族のスナップと祖祖母のワンショットを額に入れて仏壇に供えました。 写真を眺めていると、当時は気付かなかった色々な思いが脳裏を過ります…祖祖母はここに嫁いで幸せだったのかとか。代が変わって行くと、縁遠くなっしまう親戚が出来るのも仕方ないのですが、やはりそれも気になります。 50年忌を機に今まで無かった過去帳を整えたりの作業も行い、自分たちのルーツを改めて偲ぶ一日となりました。 ところで、自分たち世代の50年忌は一体誰がやってくれるのだろう…と、昼食をしながら妙な話で盛り上がりました。 |
福井単身赴任中に友人のJA9CPYよりQSYしてきたKWM-2に、ネットオークションで入手した電源PM-2を背後に挿入したのが10年近く前。単身赴任解消後は自宅に持ち帰り無線部屋にセットし、一日30分程度の通電を行い機器の活性化を行っていた。 そのKWM-2が1年程前から電源が入らなくなった。不精人間なので何時でも修理できるわいと、何もせずそのまま放置してあった。何で修理する気になったかはっきり覚えていないが、古資料を整理しているうちに壊れたモノの放置が気になってきたのだろう。 それで深夜近くになってから棚から取り出し、初めて様子を診ることになった。早速電源ヒューズ4Aを取り外してみると断。これ4Aを謳いながら7Aが入っていた。5Aのヒューズに交換して電源を投入するとパイロットランプが一瞬と灯るも、ボーと音がしてトランスが唸り再びヒューズ断。KWM-2側かPM-2側かを見極めるため分離して確認すると原因はPM-2側にあった。 購入後初めて覗くPM-2は、コリンズの名が恥かしい程に、部品交換の手が入っていて苦笑。臭いものに蓋をするわけじゃないが、関係する部分の修理のみを行い、動作確認し早々にケースに収めた…逃げる様に。修理の詳細はTest&Dataコーナーに記した。今は極めて良好に動作している。 |