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「魔法の砂だよ」


高山佳己 トップHP 

子供が嘔吐したら…。教室の中のささやかな危機管理。



 「先生、K君が吐いたよ。」 誰かが叫んだ。
 給食中、K君はたくさん食べ過ぎてしまったのか、戻してしまったのだ。
 手洗い場に行く暇もなかったのであろう、自分の席であった。
 K君は、K君なりに必死だったに違いない。
 吐いてしまったものを両手に受けていた。
 それでも半分ぐらい落ちて床が汚れてしまった。
 私は、すぐにK君を手洗い場に行かせた。
 誰かが興味本位でこう言った。
 「あーッ、K君が吐いたぞ!」
 これを聞いた私は、すかさず次のように言った。
 「あなただって吐いたことがあるでしょう。
 体の調子の悪いときは、戻すことだってあるのです。
 先生だって、これまで何百回と吐いてきたのです。」

 小学校では子どもが教室で嘔吐するというのは格別珍しいことではない。
 床に嘔吐物が拡がったときどうするのか?
 濡れ雑巾で拭き取るのがいいのか。
 新聞紙を使うのか。
 それともティッシュの方がいいのか。
 始末は早いほうがいい。
 教室は騒然としている。
 周りの子への対応はどうするのか。
 そして何よりも、体調が悪く心細い思いをしている本人への配慮は…。
  少々大袈裟にいうと、これは担任にとって、教室の中のほんのささやかな「危機管理」だ。

 私は、かねてから用意してあった砂場の砂が入っている缶をテレビの台の下から取り出した。
 缶の中に砂が入っているのを見て、子どもたちは、やや驚く。
 砂をどうするのか、子どもたちは、不思議そうに見ている。

「これは魔法の砂だよ。」 

と言って、私は、パラパラと汚物の上に振りかけた。
 子どもたちは、またまた驚きである。
 私のまわりに人垣ができた。
 この光景は、ちょっと不思議である。
 給食中、吐いたものが近くにあると正視できず、顔をゆがめたり、キャーと言って後ずさりする方が多いからである。
 そして、野次馬が出て、教室が騒然となるからである。
 子どもたちは、汚物と私の様子を見ている。
 私は、これをほうきで、サーッと掃きとった。
 
 「うわー、きれい!」  
 一年生の言葉である。
 汚物を片付けてこんな言葉を言われたのは初めてであった。
 「セメントみたいだね」
と言った子もいた。
 砂を汚物にかけると水分を吸収して固まるのである。
 さらに悪臭もシャットアウトされるのである。
 私は、掃きとったものをちりとりに入れ、外へ捨ててしまった。

学校教育の現場には、このようなささやかだけれども確かな知恵がたくさんある。
 そこに子どもたちのドラマが生まれる。

 数ヶ月後、また給食のとき、教室で吐いてしまった子がいた。
 今度は、ちりとりやほうきを持ってきてくれる子がいた。
 砂をまきたいという子もいた。
 また、足りなくなった砂を缶に補充してくれる子もいた。

空いた缶を持って運動場の片隅の砂場まで駆けていく二人の子どもたちの姿が何ともかわいらしかった。