《楽しみは 新たな日々を 垣間見る》

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 世間との付き合いを縮小してほどほどに関わって暮らしているので,生々しい世間話はスマホの受信通知のタイトルしか眺めていません。詳しくは追いかけてはいませんが,時折,新聞紙上で経過をまとめている記事に目をとめることがあります。それでもほとんどの話題は一過性で通り過ぎてばかりです。
 自治体の長がセクハラをしでかして,問い詰められて退職したという世間話を目にしました。自治体の長に選ばれるような人が何という愚かな行動をしているのかとあきれています。子どもじゃない,大の大人のすることじゃない振る舞いです。「なぜか無性に○○ちゃんを抱き締めたいよ」と女性職員へメッセージを送った顛末などが報じられています。小学生並みの言葉です。背広を着ている大人の頭から紡ぎ出された言葉とは思われません。
 自治体関連では,そのほかに住民によるカスハラ防止も頻発し,条例で対応しようとしている記事がありました。公務員と呼ばれる職員の皆さんは,ハラスメントの対象になって,大変です。公務の遂行についての真っ当な要望であればまだしも,公務とは言えない個人に向けたハラスメントは理不尽だと思わない感覚が理解できません。
 ハラスメントと表現されているように,かつての日本には無かった新たな定義による迷惑行為が登場したのです。世情の変化を学んで受け入れ,それなりの対応が出来るようにしていなければ,公私の別が消えている情報が飛び交っている中,予期しない形で世間から糾弾される目に遭うのです。今の情報社会では予め何らかの形で変化は目に入っているはずで,ハラスメントを知らないことは無いでしょうが,自分には関係ないことと,真剣に受け止めていないのでしょう。それが子どもっぽいのです。
 かつても同じような迷惑な振る舞いはありました。それを受けた方がむかつきながらも,何らかの理由を付けて我慢してきた,我慢すべきという雰囲気がありました。影で大人げないと見下ろす形で鬱憤晴らしをしていたのでしょう。ところが,個人の思いを大事にしようという形に周りの雰囲気が変わってきました。人権の尊重という風が吹いてきて,我慢を強いるようなことをしてはいけないという了解に変わっているのです。さらには,してはいけないことを見つけたら広く告知,公表できるようになり,隠し事が難しくなり,小さなことでもあからさまになっています。
 世間の付き合いは,明るく清い空間でなされるようになり,暗い濁った闇はどんどん縮小されているのです。ハラスメントがたくさん白日の下にさらされている現状は,付き合いを見届ける目が鋭敏になっていることを示しています。
 礼記大学に記載の「まことに日に新たに,日々新たにして,又日に新たなり」は,紀元前十数世紀の殷王朝の湯王が,いつも用いていた青銅製のたらいに刻みこんでいた自戒の言葉です。普段の日々は代わり映えしないように見えていても実は常に移り変わっているので,今日は新しい心で昨日までのことは引きづらないで,明日に向けて新しい世界を生きていこうという意味です。昨日までの自分のままではなく,今日の新た自分になろうという心掛けを遙か昔の人も分かっていたのです。それを学ばなくては・・・。

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(2026年01月25日:No.1348)