*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

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【生きる羅針盤の提案(4):パワハラ】


 人権宣言等から導き出した「人権羅針盤」は,人権という言葉が目指すものに言い換えると人が穏やかに生きるための羅針盤と考えなければなりません。だからこそ,先に示した子どもの育ちを考える羅針盤としても有効になることができたのです。ここでは,「生きる羅針盤」としての様子を描き出しておくことにします。ふと立ち止まって,「生きるとは?」という疑問に出会った際に,その思考のお手伝いができたら幸いです。

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 「私が生きる羅針盤」を考える第4版です。今号では人間関係における不具合であるハラスメントのうちで広く起こりやすいパワーハラスメントについて,羅針盤的整理を試みることにします。


生きる羅針盤の提案(パワーハラスメント)です
 厚生労働省雇用環境・均等局によるパワーハラスメントの定義についてという資料があります。
 →参照:「パワーハラスメントの定義について」
       https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf

 職場のパワーハラスメントの概念について,以下の3要素すべてを満たすものと整理がされています。
 1.優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること。
 2.業務の適正な範囲を超えて行われること。
 3.身体的若しくは精神的な苦痛を与えること,又は就業環境を害すること。

 また,「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」において,「職場のハラスメントに当たりうる行為」として6つの行為類型が考えられています。ただし,行為の態様が上記3要素のいずれかを欠く場合,職場のパワーハラスメントには当たらない場合があることに留意する必要があるとされています。
 以下,環境・均等局資料で想定されている6類型を生きる羅針盤に対照していきます。なお,類型には特段番号は付与されていませんので,生きる羅針盤に沿って説明をしていきます。

類型:身体的な攻撃は,「生きていたい権利の侵害」
 資料の例示では,上司が部下に対して,殴打,足蹴りをするとあります。企業で実際に生じたケースとして,指導に熱が入り,手が出てしまった(頭を小突く,肩をたたく,胸ぐらを掴むなど)。繰り返しミスをする部下に対し,ヘルメットの上から叩く等の体罰を加えた,が示されています。
 身体は誰にとっても,自己管理すべきものであり,他人により支配されるものではありません。私の身体を暴力で「束縛」することは,権利侵害として許されません。

類型:個の侵害は,「信じ合いたい権利の侵害」
 資料の例示では,思想・信条を理由とし,集団で同僚一人に対して,職場内外で継続的に監視したり,他の従業員に接触しないよう働きかけたり,私物の写真撮影をしたりするとあります。企業で実際に生じたケースとして,パートナーや配偶者との関係など,プライベートを詮索する。しつこく飲み会に誘う,職場の懇親会を欠席するに当たり理由を言うこことを強要する,が示されています。
 人とのつながりという環境において,安心できる状況が保証されているべきです。私の安心を脅かすつもりで「差別」することは,権利侵害として許されません。

類型:精神的な攻撃は,「分かり合いたい権利の侵害」
 資料の例示では,上司が部下に対して,人格を否定するような発言をするとあります。企業で実際に生じたケースとして,馬鹿,ふざけるな,役立たず,給料泥棒,死ね等暴言を吐く。指導の過程で個人の人格を否定するような発言で叱責する,が示されています。
 社会において言葉という表現はお互いの意識世界を理解するために使われるものです。私の意識を問答無用で「否認」することは,権利侵害として許されません。

類型:人間関係からの切り離しは,「頼り合いたい権利の侵害」
 資料の例示では,自身の意に沿わない社員に対して,仕事を外し,長期間にわたり,別室に隔離したり,自宅研修させたりするとあります。企業で実際に生じたケースとして,ある社員のみ意図的に会議や打ち合わせから外す。仕事を割り振らず,プロジェクトから阻害する,が示されています。
 社会生活という中での関係はお互い様であることが基本的な認識です。私の社会性を奪うために「排除」することは,権利侵害として許されません。

類型:過小な要求は,「育ち合いたい権利の侵害」
 資料の例示では,上司が管理職である部下を退職させるため,誰でも遂行可能な受付業務を行わせるとあります。企業で実際に生じたケースとして,プロジェクトに参加させてもらえず,本人から経営に貢献したいと相談があった,が示されています。
 人は今日という日が明日に向けて明るく開かれていると信じて生きています。私の明日を閉じてしまう存在を「否定」することは,権利侵害として許されません。

類型:過大な要求は,「明日に向い生きる権利の侵害」
 資料の例示では,上司が部下に対して,長期間にわたる肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずるとあります。企業で実際に生じたケースとして,十分な指導を行わないまま,過去に経験のない業務に就かせる。自分の業務で手一杯であるのに,他の同僚の仕事を振られた,が示されています。
 人は能力を発揮しているときに生きている実感を感じ頑張ることができます。私の能力の発揮を封じてしまうように「妨害」することは,権利侵害として許されません。

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 パワーハラスメントの加害の形が例示され,してはいけないという啓発がされています。仕掛ける方を止めなければ事は収まらないので,最初のステップはそうなります。その次のステップは,被害の形の理解です。どういう被害をもたらすのか,それを知らないと,ハラスメントを避けるようには向かいません。
 ハラスメントの抑制には,加害の形の認知が必要ですが,人権侵害という面からの理解が十分な対策となるのです。
 人は個人で生きているのではなく,社会人という関係を通じて生きているのです。自分と他者の間を意識できるからこそ,人は人間という間をまとうようになったのです。

(2025年02月23日)