*** 子育ち12章 ***
 

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「第 51-12 章」


『子育ちは 支え合いから 学びつつ』


■子育ち12因子■

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『子育ち第12因子』

【社会的協働】

《まえがき》
 この子育て羅針盤では,子どもの育ちを6つの視点と2つの領域から理解することを目指しています。6つの視点とは,誰が育つのか,どこで育つのか,いつ育つのか,何が育つのか,なぜ育つのか,どのように育つのかという問に沿うものです。また,2つの領域とは,自分自身の育ち(私の育ち)と他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ちの領域を想定しています。2つの領域にそれぞれ6つの視点を重ねると,12の論点が生じます。
 第1の誰が育つのかという問には,鏡に映っている自分を見ているもう一人の自分が育つと考えます。しっかりしろと自分を励ましているもう一人の自分が育たなければならないのです。これまでの子育て羅針盤の形式に添って,奇数章では,もう一人の自分の育ちを考えていきますので,この版では特別に分かりやすいように「主体的」という言葉を冠します。偶数章では,人は社会生活が必至なので,自分は他者と対等な関係を持つことができるように育つと考えて,「社会的」という言葉を冠します。他の5つの視点についても,同様とします。

《協働》
 一人ではとてもできないということでも,協働すればなんとかなるものです。この協働をする際に配慮すべきことは,異なる能力の組合せです。例えば,野球チームで投手ばかり集まっても,協働することはできません。違った力が集まるから,協働する意味があります。僕がこれをするから,君はあれをする。チームワークをするためには,部分を確実にこなせる力があれば十分です。幼いときは簡単なことを引き受け,成長と共に難しいことを担当する,そういう協働の中で,子どもは育っていきます。

○お子さんは,一人でいろいろなことに挑戦していますか?

 したことがないから,止めておこう。もしも失敗したら,ひどく叱られるから! 子どもは目の届かないところに隠れます。気がついたときは,大ごとになっていて,手遅れということもあり得ます。目の届く範囲で,多少の失敗を大目に見てやるようにしていれば,無理のない挑戦を続けることができます。したことがないけど,今まで上手くできなかったけど,もうちょっとだけやってみよう,その小さな挑戦が育ちの一歩になります。したことがないことはできない,それが育ちの鉄則です。

○お子さんは,行き詰まったとき,先ず何をすべきか考えることができていますか?

 行き詰まるというのは,その直前までは何とかやれてきたということです。行き詰まっているのは,道筋の選択を間違ったためです。少し振り返ってみて,何らかの選択をした分かれ道に戻ってみます。もう一つの選択を試してみることです。一本道では行き詰まることはありません。分かれ道でそれと気付かずに選択を間違えるから行き詰まります。どこでどのような選択をしたか,落ち着いて考えることができれば,道を正すことができます。なすべきことは,自分がした選択ポイントに気がつくことです。ここで間違えた!

○お子さんは,周りの人から多くのことを学べると知っていますか?

 友達がたくさんいるから,多くのことを学んでいるだろうと思ってはいませんか? 周りの人の構成が大切です。同級生だけでは,周りの人にはなりません。同級生は,学ぶ相手ではなく競う相手になります。同じだと思っているので,勝ち負けの気持ちが先立ちます。異年齢の相手には,できるできないの違いは当然なので,素直に学ぼうという気持ちになります。お兄ちゃんの真似をしたい,という憧れという意欲も重なります。生きる力を学ぶのは,地域の異年齢の人たちが主力です。子どもの周りの人を豊かにしましょう。



 協働の場,そこは社会であり,人が生きている場です。生きている場が人を育てる場です。家庭は親と子どもが協働して暮らす場であり,その営みを通して,子どもは生きることの意味を学んでいきます。親たちと子どもたちとが協働する場が地域であり,その関わり合いを通して,子どもたちは生きる力を育んでいきます。家庭と地域における生きる経験を整理して,子どもたちに知恵として意識化させる場が,学校です。そのことを確認して,協働するために,PTAの存在意義があります。

★落書き★

 コンビを組む相手のことを,相方とか相棒と呼びます。相方は,相手の方だから素直に分かります。一方で,相棒とは? 昔の乗り物である駕籠を一緒に担ぐ相手のことです。駕籠は棒の前後を担ぐ二人の息が合わないと上手く動くことができません。昔の荒れた道ではなおさらです。駕籠の棒が取り持つ間柄から,相棒という言葉が生まれました。ところで,息を合わせるのはお互いに合わせようと意識するときに可能になります。合わせてもらおうと求めているようでは,相棒にはなれません。


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