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「第 57-13 章」 |
『子育ちは 生きる感動 支えにし』
■子育ち12針路■
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『子育ち第13針路』
【感動あり】
《まえがき》
この子育て羅針盤では,子どもの育ちを6つの視点と2つの領域から理解することを目指しています。6つの視点とは,誰が育つのか,どこで育つのか,いつ育つのか,何が育つのか,なぜ育つのか,どのように育つのかという問に沿うものです。また,2つの領域とは,自分自身の育ち(私の育ち)と他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ちの領域を想定しています。6つの視点にそれぞれ2つの領域を重ねると,12の論点が生じます。これが羅針盤の針路構成となります。
《育つということ(育てるということ)?》
子どもの誕生は感動です。動物の出産に対しても,人は誰でもがんばって生まれるように応援します。いのちというものについて,人は特別な感情反応があると思わざるを得ません。懸命に生きようとする姿を美しいと感じる美意識も,いのちへの共感があるからです。子どもが誕生して生きていく,それは子育ちです。いのちの営みである子育ちそのものが感動であることを,思い起こしておかなければなりません。
立場を交代すると,子育てもまた感動です。子育てという営みの中では,傍目にはよくできるなと思われる難儀もないわけではありません。親でなければやれないという但し書きがつきます。親にとっては,細部はあれこれあったとしても,子育てそのものは感動なのです。たまたま障害を持っている子どもを授かった親御さんも,子育てに感動を見つけておられます。生き方は人それぞれですが,みんなちがってみんないい,同じいのちだからです。
私たちは豊かな環境に慣れて,考える暮らし方を選んでいます。幸せになるための条件は何かと考えて,そこに向かっていこうとしています。意識を優先する生き方です。よりよく生きようと考えて努力しています。幸せであるとか,よりよく生きるとか,それは今生きているということへの素直な感動があってはじめて実現可能になります。考える生き方には感動が織り込まれていないので,美しくありません。
生きることは感動であるというメッセージは,子どもたちに伝わるのでしょうか? もしかしたら伝わらないのではと危惧します。感動するという認識はなくて,感動させてもらうというスタンスが当たり前になっているようです。たとえば,美味しく食べるのではなく,美味しく食べさせてもらうのです。楽しく過ごすのではなく,楽しく過ごさせてもらおうとしています。待っている生き方から抜け出すきっかけを与えなければ,生きる感動は絵空事になります。
★落書き★
廊下は右側を歩きましょう。車は左,人は右側通行と決まっています。ところで,街を歩いていると,歩道を歩く人は,左側を歩いています。駅の階段も左側通行です。人の流れは自然に左側通行になるようです。そうなる理由は,ほとんどの人が右利きであるからです。右利きということで右足の蹴りが強くなるので,段々と左に寄っていくのです。そういえば,足の蹴りを競う陸上競技のトラックが左回りになっています。右足の蹴りが強いので,左に回りやすいのです。人は右?
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