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「第 59-06 章」 |
『子育ちは いった言葉に 責任を』
■子育ち12省察■
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『子育ち第6省察』
【情報】
《まえがき》
この子育て羅針盤では,子どもの育ちを6つの視点と2つの領域から理解することを目指しています。6つの視点とは,誰が育つのか,どこで育つのか,いつ育つのか,何が育つのか,なぜ育つのか,どのように育つのかという問に沿うものです。また,2つの領域とは,自分自身の育ち(私の育ち)と他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ちの領域を想定しています。6つの視点にそれぞれ2つの領域を重ねると,12の論点が生じます。これが羅針盤の針路構成となります。
《情報とは?》
情報とは情に報いると書く,といわれます。日常的な会話というレベルでは,お互いの意思の疎通が目的であるはずの情報交換が,人を騙して金を巻き上げる道具に使われています。オレオレ詐欺と言われている情報犯罪が蔓延している現実は,情報を危険視する動機になっています。個人情報の保護も,情報の悪用を警戒しなければならない社会という背景があります。情報社会は危険なので用心しなければなりません。子どもたちが馴染んでいるネットも,要注意という声が聞かれます。
情報に対する責任を考えることが必要です。情報を悪用できる条件は,匿名性です。電話であれネットであれ,情報それ自体は匿名です。「金よこせ」という情報からは,誰が言ったかということは不明です。情報だけが行き交う現在の社会は,匿名社会なのです。子どもたちがいじめに使うネット,匿名という自らを消去した発言,責任を逃れた情報を生み出す卑怯さを恥じないことは,やがて自尊心をじわじわと蝕んでいきます。個人が責任を持つ情報,対面情報が本当の情報であると教えておきましょう。
学生が論文を書くとき,ネット検索をして他人の著作から部分を切り取って,自分の論文として張り付けることがかなり蔓延しています。もちろん大切な部分を参考にすることはあり得ることですから,引用をきちんとすればいいのです。この部分は自分の発言であるという責任を明らかにしようとすれば,必然的に引用を明瞭にしなければなりません。著作権という責任のある情報を確保するルールは,自分を大切にすることにつながります。受け売りだけの情報は,自分を育てることに無益です。
子どもたちならず若者たちを見ていて感じることは,自分は自分という覚悟がなさ過ぎということです。自分が周りからどう見られるか,どう思われるかということを気にしすぎです。もちろんどう思われても構わないという勝手気ままも困ります。いずれにしても,極端は生き辛くなります。個性を大切にと言いながら,個性を消そうとしているようです。個の独立,それが育ちであることを見落としてはなりません。人の思惑に左右されて育つというのは,もう一人の自分の消滅を意味します。
★落書き★
お坊さんがお経を上げるとき,木魚をポクポクと叩きます。お経のリズムが単調なので眠くなるために,眠気覚ましに叩いているそうです。木魚の音も単調で眠気を誘いますが,手を動かすことで,眠気を消しているのでしょう。ところで,木魚とは魚ですが,何故でしょう? 魚はいつも目を開けているので,昔は眠らないと思われていました。そのことにあやかったのです。もちろん,魚も眠るのですが,まじないとして今も続いています。勉強をするときは字を書くという手の動きを添えれば,眠くはならないのですが・・・。
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